エレベーターのある家
@tunetika
第1話
変わった家
とにかく変わった家なんだ。誰も知らないことなんだけど日本でコンクリートではじめて作られた個人向け住宅なんだ。明治時代に建てられた家のくせに四階建てになっていて、家の中央には上階まで行くエレベーターが附いているんだ。それで四つの階をすべてつないでいる。それぞれの階に雑魚田の家族がみんな住んでいる。しかし、一階は駐車場のようになっていて人の居住空間ではないんだ。車はないんだけど。二階には雑魚田の一人娘の萌子が住んでいる。萌子は十八才で今年高校を卒業した。三階には雑魚田俊光と妻の良江が住んでいる。そして四階には母親の亀が住んでいるんだ。それらの階をつないでいるのはおもにエレベーターで、明治時代に建てられた建物なのにエレベーターがついているんだ。非常階段もあるんだけど、めったにつかわれないんだ。そして四人の家族は食事のとき意外はほとんど顔を合わせないんだ。食事は一階の駐車場の一角を区切って小さなダイニングが作られていてそこでおこなわれている。だから家族のあいだでふだんからほとんど交流はないのさ。外からその建物を見ると墓地のそばにあると云うこともあるんだけど大きなコンクリート製の墓があるように見えるよ。曇り空の日なんか、その建物が灰色を背景にして立っている姿なんて特にね。でも一階の玄関のドアだけは古びた木製でしゃれた大きな葡萄のレリーフが彫られている。そんな結構な家に住んでいるのに雑魚田俊光は自分の家を呪っているんだよ。それも特に自分の住んでいる土地が売れないと云う理由からね。
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じゃあ、ロバチェフスキー嬢は自分の目の前で肉を切り分けている人物がめざす家に住んでいる人間だとわからなかったと云うことなんだね。雑魚田俊光自身もそのことがわからなかったわけだから。
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そうなんだ。
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でも、そこだけなのかい。クレオメディス建築商会の建てた家と云うのは。
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僕の知る限りではもう一軒ある。この家のある場所は言わなくてもいいだろう。その家も明治時代にクレオメディス建築商会に建てられたのさ。こちらの家は平屋建てで何故だか家の形は六角形をしている。部屋も大小さまざまな部屋があって、それらもみんな六角形の形をしている。家は木材で造られているんだ。百年の歴史が経っているよ。玄関には大きなレリーフがついている。もちろん木彫のものだよ。Bと云う文字が彫られたレリーフが木製のドアにはめこまれているのさ。家自体は大きなもので、小学校のプールが二つぐらい入る大きさなんだ。
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そこの住人も自分の家が誰に建てられたのかわからないんだよね。
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そうだよ。そこに住んでいるのは二十一才になったばかりの若者でね。吉見はしごと云う名前だ。最近まで吉見穴子と云う父親と一緒に住んでいたんだけど、父親も死んでしまって今は一人住まいなんだ。この若者もその家に住んでいることを呪っているのさ。おもに自分の家を売って引っ越そうと思っているのだが、何故だか、家も土地も売れないのだ。不動産屋に話しをすると地盤が悪いのでそこには高い建物を建てることが出来ないから値がつかないと云っている。きっとほかにも理由があるんだろうけれど、何故だか家が売れないんで、金が入らない、それで引っ越すことも出来ないのさ。隣りの家のどら息子がスポーツカーを買ったことも、その家を呪う原因になっている。吉見はしごがある日、目をさましたら、隣りの家の駐車場に銀色のさきのとがったスポーツカーが停まっていた。車高がやたらに細くて形は流線型をしている。流線型なんて、やたら懐かしい言葉だな、昔は乗り物でやたら早く走りそうで性能の良さそうなものは流線型をしていると言ったものさ。前後についている窓ガラスも地面と三十度の角度をしている。走っているとき風を後方に飛ばすためだよ。それに雨の降っているときだったら、その方が雨粒が後方に飛ばされるからね。普通の自動車では上から見たとき、屋根とボンネットしか見えないものを上から見ると前のガラス窓を通して運転席の茶色のダッシュボードと黒いステアリングホイールが見えるんだ。椅子は革張りだ。運転席のメーターには黒い文字盤の中に三百キロの数字が刻まれている。最高で三百キロ以上のスピードが出ると云う証拠だ。それらのハンドルもみんな手作りなんだよ。スピードを出す必要のない日本でなんでそんなものを作る必要があるのだろうかと思うんだけど、そのフロントガラスと云うものも薄い青色が入っているんだよ。エンジンは三千CCでエンジンをスタートさせると黒く塗られたエンジンがぶるんぶるんとふるえてシリンダカバーの上の方についている点火ブラグのコードも揺れるのさ。吉見はしごが目をさますとその車が隣りの家の駐車場に停まっている。それも隣りの家のどら息子の車だ。どうせ助手席にはどら息子がひっかけた女でも乗せるのだろう。それに引き替え、自分は父親も早くに死んで苦労している。まあ、それは最近のできごとと云うわけだけど万事がみんなそうで、世の中のすべてが自分以外の人間をひいきにして、幸福にするために動いているように思われる。それもこの家に住んでいるからではないかと云う感じがするわけだ。
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吉見はしごの父親の名前はなんと云ったけ。
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吉見穴子だよ。
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かなり若い年齢ではしごを残して死んだみたいじゃないか。
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吉見はしごは父親を憎んでいた。その住んでいる家と同様に父親を憎んでいた。
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それはまたどういう理由でなんだい。
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吉見穴子は全くなにもしない男だった。その家を建てたじいさんの遺産で食いつないでいたと言っても言い過ぎではないだろう。吉見はしごがその六角形の家の中で六角形の部屋から部屋へとわたり歩いて父親を捜し歩いても、父親はどこにいるのか、わからなかった。その家の中はそれほど部屋がたくさんあったと云うこともあるが、父親が自分の息子に全く無関心だったと云うわけだからじゃないだろうか。君はそう思わないかい。人間が数え切れないぐらいいるこの都市の中で、思いもかけず人に出逢ったりすることがある。ちょっとした理屈では説明がつかなかったりするわけだ。だってたんに確率の理論を持ち出してもあまりに低い数値が出て来て、説明がつかないからね。きっとその人同士がお互いに逢いたいと思っているからではないだろうか。お互いに逢いたいと云う気持ちがふたりを出逢わすわけだ。しかし、吉見穴子は全く自分の息子に興味もなく、逢いたいとも思わなかったわけだ。だからいくら広い家だと云っても、個人の家だよ。家の中であるのにもかかわらず、自分の息子と顔を合わせなかったと云うわけだ。
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じゃあ、その家の中で吉見穴子はなにをしていたと云うわけなんだい。
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その家は平屋の大きな木造で外見は六角形、部屋も大小、さまざまな六角形の形をしていると云っただろう。家の中にはいくつもの六角形の部屋があって、廊下はつまり部屋を結ぶ空間はいろいろな数字の多角形となっていたわけだ。三角形はいくつわけても三角形だけれども、六角形の中に六角形を入れると角度が余るからね。その部屋はみんな畳がしかれていて、壁のまわりには本棚になっていて、くすんだ緑色の本がぎっしりと部屋の周囲を囲むようにつめこまれていたんだ。穴子はじいさんの遺産を食いつぶしながら、朝から晩までその本を引っ張り出したり、しまったりとそんなことしかせずに一日をつぶしていたんだ。その様子を見て吉見はしごは父親を憎んでいた。そして父親が死ぬとはしごは学校に給食を卸している会社に入って、大きな釜で御飯を炊く仕事をしている。学校に御飯を卸していると云っても、その御飯のおいしさは格別で有名だ。君は知っているか。**炊飯と云う会社のことを。
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うんにゃ。知らない。
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知らないのかい。一度は食べてみろよ。
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うん。
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