第36話 この少女は何者?

 ○月○日


 あ、やばい。さっちゃん先輩を差し置いてちょっと眠っちゃった。

 しかも寝る前の習慣で日記書いてたから、この日に書くのが二つになっちゃったよ。

 それにしても、さっちゃん先輩のあの様子……なんか引っかかるんだよな……

 うーん……まあ、一人で考えてても仕方ないし、明日にでも聞いてみようかな。

 明日も会えるんだし、恋人同士なんだし、きっと大丈夫だよね。


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。


 ☆ ☆ ☆


 沙友理は必死に歩く。

 沙友理と華緒は20cm以上の身長差がある。

 華緒の方が高く、体重もそれに相まっているのだ。

 だからこそ、沙友理にかかる負荷も相当なものだった。


「ふぬぬ……」

「だ、大丈夫ですか……さっちゃん先輩……」

「大丈夫なのですよ。なんのこれしき……!」


 華緒はだいぶ呼吸が楽になったようだ。

 しかし、安心はできない。

 また症状がひどくなるかもしれない。


 その前に家に連れていかなければ、大変なことが起きてしまうだろうというのは目に見える。

 少し無理をしてでも、責務を全うしなくては。


「んむむ……」


 沙友理がふんばって角を曲がると、いきなり目の前に人影が!


「きゃっ……!」

「ひゃあっ……!」


 華緒を背負っているから、沙友理は避けることができなかった。

 その人影とぶつかり、全員バランスを崩して道にたおれた。

 その時とっさに華緒をかばって、沙友理が下敷きになる。


「あ、ご、ごめんなさっ……大丈夫ですか……?」


 沙友理の状態が尋常ではないようで、その人はとても心配そうに声をふるわせている。

 やがてその人は手を伸ばして、沙友理たちを引っ張る。

 それにつられ、沙友理はゆっくりと立ち上がる。


 その時、ちゃんと相手の顔と容姿を見た。

 どこかの学校の制服を着ていて、スカートは膝丈。まじめそうな印象がある。


 華緒と同じくらいの身長。紫がかった黒色の短い髪。

 前髪はきちんと切りそろえられているが、毛先が所々跳ねている。

 瞳も髪と同じく、紫色に輝いている。それはまるでアメジストのようで、沙友理は思わず目を奪われた。


「あ、あの……?」


 その人が、不思議そうに首を傾げた。

 顔が少し赤くなって、涙目になっている。

 人に注目されるのは苦手なようだ。


「あ、ごめんなさいなのです。あなたこそ、怪我はないのですか?」

「え? あ、はい。私は大丈夫です……」

「ならよかったのです」


 こんなところに長居するわけにはいかない。

 一刻も早く、華緒を家に帰さねば。


「じゃ、さよならなのです」

「え……? わ、わかりました。お気をつけて……」


 沙友理はすばやく挨拶を終え、せっせと華緒をかつぐ。

 その時ボトッという音が聞こえた気がしたが、そんなことに構っていられない。

 華緒は相変わらず顔色が優れないようだし。


「あ、あの……っ!」


 少女が声をあげるも、沙友理は取り合わない。

 他の人に構っている余裕はないのだ。

 その少女を置き去りに、沙友理は華緒の家へ向かった。


 幸い、華緒の家にすぐ着いた。

 沙友理はさっそく華緒をベッドに寝かせ、薬箱を持ってくる。

 このままよくならなかったら心配だ。

 華緒には、早くよくなってもらいたい。


「いっちゃん、早くよくなるのですよ……」


 沙友理は華緒の手を握り、涙目でそう呼びかけた。

 薬を飲ませたおかげか、少し顔色がよくなった気がする。

 今はすやすや寝息を立てて眠っている。


「よかったのです……今は落ち着いているようで……」


 家には誰もいなかったが、華緒のおばあさんは買い物にでも出かけているのだろうか。

 帰ってきたら、ちゃんと説明しなくてはならない。

 そう考えながら台所へ向かう。

 料理は苦手だが、華緒になにか食べさせれば活力が出るのではないかと思ったから。


「勝手に借りるのもあれなのですが……今は緊急事態だし仕方ないのですよね」


 沙友理は自分に言い聞かせるようにして、台所に立つ。

 するとその時。


 ――ピンポーン。


 軽快にインターホンが鳴った。

 わざわざインターホンを使うということは、来客なのだろうか。


「はいはーい。ちょっと待つのです〜」


 沙友理はこの家の人ではないが、今動ける者は自分しかいない。

 出ないという選択肢もあるけど、沙友理には思いつかなかったようだ。


「はーい? ……あれ、もしかして……」

「あ、その、さっきぶりです……」


 沙友理が扉を開けると、さっきぶつかった少女が立っていた。

 わざわざ怒りにでも来たのだろうか。

 しかし、どうもそんな雰囲気ではない。


「えっと、多分これ、あなたたちのですよね……? あ、違ってたらいいんですけど……」


 そう言って少女が差し出したのは、使い古されたであろう一眼レフ。

 だけど手入れはしっかりされていて、とても大事にされているということが窺える。

 しかし、沙友理には見覚えが――


「え……? これって……」


 ――あった。

 その一眼レフは、以前沙友理が道端で見かけたことがあるものだった。

 それがわかったのは、紐の色が真っ赤なのが印象的だったから。

 そしてその中には、おそらく沙友理が写った写真が入っているに違いない。

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