第23話 中学時代の同級生と再会した?

 ○月○日


 私とさよならした後、さっちゃん先輩が誰かと会っていた。

 野暮ったそうな身なりだったけど、念には念を入れなきゃね。

 って、やばい! そろそろバイト行かなきゃ……

 もう少し見ていたかったけど、仕方ない。

 明日きっちり説明してもらうから。


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。


 ☆ ☆ ☆


 華緒と一緒に帰り、途中で別れた。

 それぞれの帰路についた後もずっと、沙友理の心は晴れやかだった。

 スキップしながら自分の家へ向かっている。


「ふ、ふふ……」


 若干気持ち悪い笑みを浮かべ、通行人に奇異な目で見られてもいるが。

 沙友理はそんな通行人のことなんて意識していない。

 この気持ちを誰かに伝えたいという思いが強かった。

 そしてそのままスキップしながら角を曲がると、ドンッと誰かにぶつかってしまった。


「あ、ご、ごめんなさいなのです」

「いえ、こちらこそ……あ」


 沙友理とぶつかった誰かが謝り合うと、お互いが顔見知りであることに気づく。


「沙友理ちゃん……」

「ひ、久しぶりなのです……」


 沙友理もその人も、気まずそうに目を伏せる。

 お互いの顔を見られない。

 それもそのはず、なぜならこの二人は――


「久しぶり。三年ぶりくらい……だっけ?」

「わたしたち、高校入ってから会わなくなったのですからね……」


 中学時代の同級生だから。

 しかも、ただの同級生というわけでなく、この二人は少し訳ありなのだ。

 二人の間にある空気はどこか重い。

 沙友理は少し息苦しさを感じていた。


「でも、また会えてよかったよ。ここで立ち話もあれだし……どこか遊びに行かない?」

「え……?」


 沙友理は今すぐにでも帰りたかった。

 彼女を見ていると、罪悪感で心が支配されそうになるから。

 でも、同級生の誘いを断る勇気もなく。


「いいのですよ。どこ行くのですか?」


 と言って彼女と行動を共にすることを選んだ。

 そんな沙友理の答えに、彼女は満足そうに笑った。


「ここのタピオカ、すごく美味しくてついつい買っちゃうんだよね〜」

「あ、ほんとに美味しいのです。タピオカもちもちなのです」


 沙友理たちはさっそく、近所のカフェに寄っている。

 そこで新メニューのタピオカを頼み、美味しくいただいているというわけだ。

 沙友理は王道のミルクティーを、彼女は抹茶ミルクを飲んでいる。


「ねぇ、ちょっと交換しない?」

「いいのですよ。はい」

「わー!」


 沙友理たちはタピオカを交換し合い、楽しそうに打ち解けていた。

 二人の間になんのわだかまりもないかのような感じで、昔から付き合いが続いている友人のように色々なことを話している。

 くだらない世間話、お互いの家族のことや学校での出来事。

 とても仲良さそうに、二人は時間を忘れて笑いあった。


「……いっちゃんともいつか、こんな風に遊びたいのです……」

「いっちゃん?」


 沙友理の呟きに、彼女が耳ざとく反応する。

 それを受けて、沙友理はハッと我に返って言う。


「な、なんでもないのですよ?」


 わたわたとわかりやすく慌てたが、彼女は深堀することなく「ふーん」と流した。

 興味がないように振る舞い、青空を見上げる。

 そんな彼女に倣い、沙友理も顔を上げると、そこにはあの頃と同じような澄んだ空があった。


「もう、あの頃には戻れないんだよね……」

「……あ。その、あの時はほんとに悪かったのです……」

「あー、いいよ。気にしないで。未練はないし、それに――」


 彼女が懐かしむように言うと、沙友理は申し訳なさそうに青空から目を離す。

 そんな沙友理を正面から見つめる彼女は、とても美しかった。

 この顔は、沙友理にも見覚えがある。

 華緒がいつも、沙友理に見せてくれる表情だ。


「――恋人、いるしね」

「……え?」


 予想通りのような、予想外のような。

 そんな相反する言葉を受けた沙友理は、一瞬ポカンと馬鹿みたいに口を開けっ放しにした。

 そして、その口のまま叫んだ。


「えええ!? そうなのですか!?」

「びっくりしたぁ……」


 大声を出されると思っていなかったのか、彼女は顔を顰めながら耳を塞ぐ。

 ここは店外だから、他のお客さんの迷惑にならずに済んだ。


「あ、ごめんなさいなのです。でも、すごく驚いてしまって……」


 そう、沙友理は本当にひどく驚いた。

 彼女は、沙友理が“好き”の違いがわかるまで待つと言っていたのだ。

 その約束を忘れ、華緒との仲を進展させた沙友理も大概だが。


「……うん。でも、いつまでも過去に囚われてちゃいけないと思って。あと、すっごくタイプの子に出会っちゃってさ」


 でへへと、照れくさそうに惚気ける。

 その顔を見て、沙友理は少し羨ましく思った。

 自分も彼女のように、眩しく綺麗な表情を浮かべてみたいと思った。


「わたしも、“好き”がわかるようになりたいのです」


 沙友理は無意識にそう口にしていた。

 彼女は沙友理の呟きに目を見開いたが、すぐに笑顔を浮かべる。


「うん、わかるといいね」


 そう言って彼女は立ち上がり、「そろそろ帰ろうか」と提案する。

 言われてみると、もう青空がオレンジ色の空になっている。

 そろそろ帰らなくてはならない。


「楽しかったよ、沙友理ちゃん。また遊ぼうね」

「はい! わたしも楽しかったのです!」


 あれだけ帰りたいと思っていたのに、いざ帰るとなると寂しくなるのはなぜだろう。

 彼女のことを少し知ることができたからだろうか。

 彼女といると、“好き”を見つけられそうな気がするからだろうか。

 なんにせよ、少しセンチメンタルになった。


 だけど、未練はない。

 彼女となら、またすぐに会えそうな気がするから。

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