第二章 仲良しのその先へ!

第17話 風邪を引いた?

 ○月○日


 今日はさっちゃん先輩が心配で何もする気が起きなかった。

 まさか、電話の相手に何かされたんじゃ……!

 早速今日も見に行――きたいけど、理沙ちゃん気づいてるしなぁ……

 もう、どうすればいいのか!

 そ、そうだ……差し入れ持ってけばいいよね。


 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。


 ☆ ☆ ☆


『ん?』


 ブランが疑問を感じたのは、夏祭り中盤での出来事だった。

 何が……と言うわけでもなく、なんとなくとしか言いようがない。


 ブランは長いウサギの耳を持っているため、他人より多くの情報がこの耳に入ってくる。

 だからかもしれないが、凄く音に対して敏感になっている。


 誰か……神か、それとも霊なのかよく分からないが、実体のない“何か”が居るような……そんな気がした。

 違和感を覚えた方へと足を進める。


『はぁ……はぁ……』


 どれぐらい歩いたのだろう。辺りは森のようで、木々が騒めいてる。それでいて、ちゃんと土で出来た道が整備されている。


『それほど歩いたわけでもないのに……すごく辛い……』


 そうなのだ。時間にしてわずか10分くらいしか歩いていないはずなのに。

 息は切れ、体力も物凄く削られているのが分かる。

 まるで外からの侵入者を拒むかのように、ブランの好奇心を削いで来ている。


『帰ろうかな……』


 ポツリと独り言を呟いた、その時だった。


『――帰るのか?』


 ブランの目の前に突如として現れた“それ”はあまりにも眩しくて……すごく、綺麗だった。


「――……ちゃん、ねーちゃん! 『シシミミ国のブランちゃん』始まったぞ……!」

「ごほっ……り、理沙……頭に響くのです……」


 理沙の好きなアニメが始まり、理沙のテンションはものすごく高くなっている。

 対照的に、沙友理は顔色が悪く、ベッドに横たわっている。


「ねーちゃんが風邪引くなんて珍しいよな〜。ほとんど体調崩したことないのに」


 沙友理の看病をしながら、理沙が言う。

 昔から沙友理は健康優良児といった感じで、小中学校で皆勤賞を取っていた。

 それなのに風邪を引いてしまうなんて、何かあったとしか思えない。


「ねーちゃん、なんか変なものでも食ったのか?」

「けほっ……特に変なものなんて食べてないのですよ……いっちゃんのお弁当食べただけなのですから……」

「――今、なんて……」


 沙友理の言葉を聞き、理沙は目を見開く。

 料理部に所属しているのに一向に料理が上達しない沙友理だから、お昼は食堂で食べているものだと思っていたのだ。


 それは間違っていないが、最近の沙友理は華緒のお弁当を食べている。

 そのことを知った理沙は、唖然として言葉が出なかった。

 その時――


『え……シシミミ? それって“あの”シシミミ様!?』

『? 他に誰が居るんだ?』


 ポカーンとする事しか出来なかった。

 まさかシシミミに拝謁出来るとは思ってもみなかった事だから。


 シシミミの容姿は――一言で言うと、獅子だった。

 太陽に照らされて一層輝きを増す茶色のたてがみに、もっさりふわふわしたマフ、全身が黄金の毛に覆われた獅子の姿がそこにあった。


 ――少し長いCMが終わり、『シシミミ国のブランちゃん』の続きが始まっていた。

 それに気づき、理沙はいち早くテレビの前に戻る。

 理沙の瞬速スピードが、沙友理の目では追いきれなかった。

 まあ、沙友理でなくともあの瞬間移動を目にできるものはいないだろう。


「ふおおお! シシミミ様かっけー!」


 理沙は年相応の無邪気さではしゃぐ。

 理沙の周りに花が咲いているように、とても綺麗な情景が浮かんでいる。

 それを見ていると、沙友理は自然と口元が綻んだ。


「理沙は本当に子供なのですね〜……」


 感慨深そうに呟くと、タイミングよくインターホンが鳴った。


「げほっ……だ、誰なのでしょう?」


 少し体調が良くなっておかゆに口をつけたのだが、インターホンの音でむせてしまった。

 理沙も好きなアニメの観賞を邪魔され、怪訝な顔つきをしている。

 そんな時、か細くて儚い声が沙友理の耳に届いた気がした。


「……さ、さっちゃんせんぱーい……」

「いっちゃんなのですか!?」

「え、な、なに!?」


 突然飛び起きた沙友理と、状況を理解できない理沙。

 少しばかりドタバタした後、沙友理は病人だと思わせない足取りで玄関へ向かう。

 理沙には姉の奇行がわからず、ただ呆然と見ていることしか出来なかった。


「いっちゃん!!」

「えっ、さ、さっちゃん先輩!? だ、大丈夫なんです――」


 沙友理が勢いよくドアを開けると、そこには案の定、華緒の姿があった。

 感極まったのか、はたまた勢い余ったのか。

 気づけば華緒が言い終わらないうちに、沙友理は華緒に抱きついていた。

 あまりにも突然のことに、華緒は思考が追いつかない。


 なぜこんなことになっているかわからず、石のように固まる。

 沙友理の小さな身体から、熱を感じる。

 それは普通の体温というわけではなく、本当に熱っぽかった。


「さ、さっちゃん先輩……おでこ失礼します……」


 そう言い、華緒が沙友理の前髪をかきわけておでこを触ると、とても熱かった。

 火傷しそうになるぐらい。


「あっつ!?」


 華緒が叫び終わる前に、沙友理はその場に倒れてしまった。

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