第12話 家訓


 一人で帰ってきた陽菜。

妹の葵はどこで何をしているのやら。


「何か飲むか?」


 何となく落ち込んでいるような気がした。

メガネの奥に見える瞳に薄らと涙、頬には涙の流れた跡が見えた。

喧嘩でもしたのか?


「……うん」


 だいぶ落ち込んでいるな。

やっぱり家族と離れ、知らない奴と同じ家に住むのは相当な負担になったんだろう。

まったく、葵の奴。もっとフォローしてやればいいのに。


 俺は慣れない手つきでポットに紅茶を入れてやる。

えっと、確か冷蔵庫にレモンがあったかな?


「ほれ、とりあえずこれでも飲んどけ」


 陽菜は差し出した紅茶を両手でつかみ、飲み始めた。


「ぁりがと」


 声も小さく、うまく聞き取れない。

何があったのか聞いてあげた方がいいのか?


「何かあったのか? 葵の奴、変な事でも言ったか?」


 カップをテーブルに置き、俺の方を見てくる。


「違うんです。葵ちゃんは何も悪くない」


「そっか。何かあったら話してくれ。できる範囲で相談にも乗るよ」


 それから彼女はずっと無言だった。

男の俺に話せる内容じゃなかったのか?


 つか、さっき父さんと話したけど、俺はこの先何も考えず今迄通りでいいのか?

葵の事もあるし、陽菜には話しておいた方がいいのか?

いや、話さない方がいいな。陽菜から葵に漏れてしまうかもしれないし。


「もし、俺に話せない事だったら、葵に遠慮なく話してくれ。根は真面目な奴だからさ」


 とりあえず葵をフォローしておこう。

ここで女子二人が喧嘩になったら俺まで巻き込まれてしまう。


「ぃいね、兄妹って。やっぱり、本物の家族って違うね……」


 陽菜の目が冷めたような気がした。

光を失ったとか、焦点が合っていないと言うか。


「そうか? 喧嘩もするし、あいつ結構わがままだし」


「卓也さんは、葵ちゃんの事信じてますよね?」


 陽菜は何を聞いてくるんだ?


「まぁ、それなりにな。陽菜だって家族の事、信じてるだろ? それと同じだよ」


――ガタンッ!


「何も知らないで、勝手なこと言わないでっ! 卓也さんに私の何がわかるの!」


 突然立ち上がり、大きな声で俺に訴えてきた。


「ちょ、陽菜。どうした? 何をそんなに――」


「家族って両親の事? 両親を信じられるかって? そんな事ありえない! だったら、なんで私はここに……」


 溢れだすように陽菜の瞼から涙が。

流れだした涙は、ほほを伝ってやがてテーブルに落ちる。


「親と、何かあったのか?」


「話す必要なんて、ないわ。信じても裏切られるだけよ」


 涙も拭かずに陽菜は自室に戻ってしまった。

一体なんなんだ?


 テーブルに残ったカップを見つめ、数分。


「お、お兄?」


 ゆっくりと台所の扉が開いた。


「葵、どうした? つか、帰って来たのか?」


「うん、ちょっと前に。陽菜ちゃんの声が聞こえて……」


 聞かれたのか。


「何かあったのか?」


「分かんない。でも、陽菜ちゃんすごく寂しそうだった」


 葵から出かけている時の話を聞いてみる。

俺と陽菜の話も合わせると、恐らく陽菜は親とうまくいっていなかったんじゃないかな?


「どうしたらいいかな?」


「うーん、どうもしなくていいよ。普通にご飯食べて、風呂入って、買い物行って。普通の生活していればいいさ」


「それでいいの?」


「それでいい。別に陽菜とは家族じゃないし、ただの同居人だろ?」


「そうだけどさ……」


――――


 人前で、しかも葵ちゃんと卓也さんの目の前で取り乱してしまった。

なんでこんな事になってしまったんだろう。

もっと、冷静になって行動する必要があったのに。


 これで、完全にあの二人に距離を置かれてしまう。

私、何してるんだろ。


 一人ベッドの上で天井を見つめる。

前の家でも天井をボーっと見る事が多かった。

本当はもっと色々と話しをしたかった。


 少しでも自分を変えられるかなって、思ってしまった。

そんな考えを持つこと自体、間違いだったんだ。

私は――。


――コンコン


 誰だろう。


「はい」


『陽菜ちゃん! 今夜はお好み焼き作ったの、一緒に食べよう!』


『陽菜、作り立てが一番だ。早く来いよ』


 私はベッドから起き上がり戸を開ける。

そこにはさっきと同じように二人が立っている。


「お、出てきた。ほら、早く食べようぜ」


「早く早く!」


 葵ちゃんに手を引かれ、いい匂いにする台所に連れて行かれた。

そこには三人分の食器が。


「いいの?」


「食事は家族そろって! うちの家訓だ、陽菜も忘れるなよ?」


「陽菜ちゃん沢山食べる? 四枚くらいかな?」


「そ、そんなには……」


「一杯食べて元気出してね! ご飯のあとは、一緒にお風呂だよ!」


 他人なのに、この二人は他人なのに……。


「何立ってんだよ、早く座れよ」


「……うん」


「あー! お兄、それ私の!」


「なんだよ、どれでも同じだろ?」


「違う! それはエビが多く入っているの!」


 目の前で一つのお好み焼きで喧嘩を始める二人。

見ていると、頬が緩んでしまう。


「なんだ、そんな顔もできるんだな」


「陽菜ちゃん、笑顔の方が可愛いよっ」


 この二人なら、もう少し好きになってもいいのかな。

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