第24話 終わりを始める初詣
そのあと、結局ひーちゃんはうちに泊まることになった。お父さんが気にしてたことは、魔法でなんとかしたのか何も気にされなかった。
で、一緒に年越し蕎麦を食べて、一緒に寝て、次の日。つまり元日の朝。
わたしとひーちゃんは、お父さんに連れられて初詣に来ていた。街の名前の由来にもなってる、柊神社だ。
衣装は二人とも振袖。おかげで出発前に撮影会をされたけど、まあ、確かに振袖姿のひーちゃんはびっくりするくらいかわいかったから、気持ちはちょっとわかっちゃう。悔しい。あとでデータ分けてもらおう。
「思っていたより空いておるな」
「由緒正しくても所詮は地方都市の神社だからねぇ。神宮とか大社とかと比べると、これくらいになるさ。でもこの柊神社だって、歴史では負けてないんだよ?」
入り口の鳥居近くまで来て、思わずって感じでつぶやいたひーちゃんにお父さんが言う。
「ああ、それは知っておる。関東最古級じゃよな」
「お、詳しいねぇ。逸話もいくつかあるのは知ってるかい?」
「ふむ、現代に伝わっておる中では、戦国時代の妖狐伝説辺りが一番有名なのではないか?」
「おお、そこまで知ってるとは。おじさん脱帽だよ」
列の最後尾に向けて歩きながらの、そんな会話を横で聞きながらわたしは周りをきょろきょろ。
これは別に、歴史の難しい話についていけないとかそういうのじゃなくって、昨夜せっかくだからって誘ったみんなを探してるだけだ。本当だよ?
「あ、いた。おーい、ふーちゃーん! こっちこっち!」
なんてやってるうちに、まずはふーちゃんが見つかった。背伸びしながら大きく手を振ったら、すぐに彼女も気づいてこっちにやってきた。その後ろには、家族の人がいる。何回か家にもお邪魔してるから、みんな顔は知ってる。おじさんおばさんと、それと高校生のお兄さんだ。
「平良さん、光さん、明けましておめでとう! 今年もよろしくね」
「うん、あけおめことよろー!」
「おお、奏か。明けましておめでとうじゃ」
わたしたちの目の前まで来たふーちゃんは、にこりと微笑んで丁寧に頭を下げてきた。それにつられるように、わたしたちも遅れて頭を下げる。
続いてうちのお父さんにもしっかり挨拶を欠かさないのは、さすがふーちゃんだなって感じだ。
そのふーちゃんも、振袖を着ていてかわいい。全体的に落ち着いた色合いなのは家庭の色っていうか、そういうのが感じられる気がする。
なんてやってるうちに、ふーちゃんの家族……おじさんとおばさんがお父さんと話し始めた。あれはしばらく終わらないやつだな。
「今日は誘ってくれてありがとうね」
「いーのいーの、わたしもみんなに会いたかったしさ〜」
「うむ。積もる話もあるしのう」
なので合間に話しながら、三人で笑う。
ただ、ひーちゃんの言う積もる話、ってのは本当にガチな話だ。マジメな話でもある。
つまりは昨夜、わたしが聞いた話なわけだけど、どんな反応されるかなぁ……ちょっと心配。
でもこれついては、みんなが揃ってから話そうって決めてたし、後回しだ。
「で、花房さんは?」
「まだ見てないよ。わたしたちも来たばっかりだし」
ただそういう話は置いといても、はーちゃんがいないのはつまらない。だからふーちゃんに聞かれるまま周りをぐるっと見てみたけど……それっぽい姿はまだ見えなかった。
「近くまでは来ておるようじゃな。あちらから近づいてくる」
「え、ほんと?」
「また光さんはなんにもないときに魔法を使って……」
最近になってなんだかお母さんみたいなリアクションが増えたふーちゃんに、思わず顔がにやける。本人は気づいてないんだろうけど、指摘したらきっとかわいく赤くなるんだろうなぁ。
いやまあ、わたしお母さんのこと覚えてないから本当にそうかはわかんないんだけど、それはともかく。
ひーちゃんが指さしたほうに顔を向けるけど、それっぽい姿はまだ見えない。
だけど少し待ったら、それらしい家族が見えてきた。はーちゃんはひーちゃんとは違う方向にかわいいし、おしゃれさんだから遠目にも他と違うなってのがわかるんだよね。
「おっすみんな! あけおめことよろ!」
「うん、あけおめー!」
「うむ、明けましておめでとうじゃ」
「あけましておめでとう、花房さん」
近づいてきた彼女はお父さんお母さんに左右を囲まれる形で両方と手を繋いでたんだけど、わたしたちに気づくとそれを払って駆け寄ってきた。
合流してきたはーちゃんはにーっと笑ってて、もうなんっていうかズルい。
彼女も格好はやっぱり振袖。でもなんて言うか、こう……現代的? って言えばいいのかな。あっちこっちに和風じゃない飾りとかがある辺り、彼女らしい。こういうのがまた似合うんだよね、この子は。
それから追いついてきた家族の人にもあいさつ。お父さんやふーちゃんの家族の人もそれに続いて、親同士がさらに話し始めた。しばらく挨拶が色々形を変えて繰り返されてる。
うーん、大人の人たちってどうして回り道しながら話すんだろう。長くなるだけだと思うんだけどな。ちょっとよくわかんない。
「ねえお父さん、わたしたち先にお参りして来てもいーい?」
「ん? あー、しまった話し込んじゃったな。皆さんどうされます?」
だからそう話しかけたら、お父さんは空気を読んで確認を取ってくれた。
おかげで三家族で初詣することになったけど、放置されるよりはいいか。
とはいえ、初詣だもんね。普段より何倍も人がいて、お参りするのにもそれなりに並ばなきゃいけない。並んでる間は立ち止まってるわけで、その間は大人は大人同士で、子供は子供同士で話が進む。出店に寄るのはダメだって言われちゃったけど、それはそれとして。
その最中、ちらっとひーちゃんの様子を見てみたけど、彼女はそれに対して小さく首を振ってきた。ここではまだ話さないみたい。
でも確かに、ここで話したら絶対モメるだろうし、それが正解なんだろうな。彼女の事情を先に知っちゃったわたしには、ちょっとだけ憂うつだけど。
そうやってたどり着いた賽銭箱にはちょっと奮発して、百円玉を入れる。
お願い事は、決まってた。ひーちゃんと離れ離れになってもまたいつか会えますように、だ。
いつもだったら成績のこととか、ほしいゲームとか、そういうことをお願いするんだけどね。今回はそんな気持ちにはならなかった。
どうせ叶えてもらうなら、ひーちゃんがどこにも行きませんように、のほうがよかったかなぁ? でも、それはたぶん、彼女が行くはずだったところで助かるはずの人が助からなくなりそうだし……。
ともかくお参りも済んで、みんなでおみくじも引いて……ひとまず神社から離れて、せっかくだからってことでみんなでご飯を食べることになった。
神社近くの食事処にみんなで入って、注文して。
頼んでたものが届いて、それも食べ終わって。
みんなが落ち着いたところで、ひーちゃんは遂に切り出した。
「今日は皆に話したいことがあるんじゃが、少し時間をもらってもよいじゃろうか?」
その言い方は、普段と違ってちょっと固かった。
だからなのか、はーちゃんもふーちゃんも、なんだか不思議な顔をしながらうんと言う。
そんな二人にひーちゃんも小さく頷いて……彼女は、魔法を発動した。
何かが起こるような、目で見てわかるやつじゃない。ただ、うっすらとわたしたちを覆うような感じで、一瞬だけ青い光がふわふわと煌めいただけ。
けれどそれだけで、わたしには彼女が魔法を使ったことがわかった。どういう効果があるのかはわからないけど、知ってる人には使われたことがわかると思う。だって、青い光は彼女の魔法だもん。
それは他の二人もわかったみたいで、これは普通じゃないぞって緊張した顔になっている。
ひーちゃんは、そんな二人の様子を確認してから、一つ深呼吸をして……それで、まるでつぶやくように言葉を続けた。
「……転校することになった」
それを聞いて、はーちゃんもふーちゃんがピシッと凍りついたのがよくわかった。
大人たちはまったく気にした様子がなかったけど、それはたぶん、さっき使った魔法の効果なんだと思う。
「ど……どーいう、ことだよ……」
最初に言葉を返してきたのは、はーちゃんだった。けど、その声は震えていた。
ふーちゃんも似たような感じだ。信じられない、って言いたそうにひーちゃんをまっすぐに見つめてる。
そんな二人の様子に、ひーちゃんは悲しそうな、けどどことなく嬉しそうな雰囲気もにじませて、淡々と事情を説明し始めた。
内容は、昨夜わたしが聞いたことそのままだ。だからわたしは取り乱すことはなかったけど……それでもやっぱり、悲しい気持ちでいっぱいになるのは変わらなかった。
「……と、そんなわけでじゃな……突然のことで本当にすまんと思……」
ひーちゃんが説明を終える。途中、彼女にしては珍しく伏せていた顔を上げて……そこで彼女は、これまた珍しく言葉をつまらせた。
なんでかは、考えるまでもなかった。だって、だってはーちゃんが、何も言わないで、何も受け止めたりしないで、ただぼろぼろと涙を流しっぱなしにしてたから。
ひーちゃん並みに勝気な彼女が、ここまで大泣きするなんてよっぽどのことだ。でも、ひーちゃんのいきなりな転校の話は、そのよっぽどのことだったんだろうな。
そう思ったのはわたしだけじゃなかったみたいで、わたしとふーちゃんはおしぼりを慌てて差し出していた。ほぼ同時にだ。
でも、はーちゃんはそれを受け取らないままひーちゃんを見つめている。
「……すまぬ。すまぬ樹里愛。じゃが」
「わ、かってる……わかってるよ……あたしだって、トー子に助けられたんだもん……わかってる……」
改めてひーちゃんが謝って、ようやくはーちゃんは再起動した。
そこでようやくわたしたちからおしぼりを受け取って、顔を覆った。そのまま泣き出してしまう。
声を抑えながらではあったけど……間違いなく、あれは泣いてる。
「……すぐ、行ってしまうの?」
そんな中、静かなのを嫌がるかのようにふーちゃんが口を開いた。
「すぐにでも移れと言われておるが、何があっても卒業式まではいようと思っておる。まだ最後の大物も残っておることじゃしな……」
「そう……それなら、せめてお別れ会か何か、したいわね。次の日登校したらいきなりいなくなってた、なんて私絶対嫌だもの」
やけに淡白な言い方をするふーちゃんに、わたしは思わずぎょっとして顔を向けた。はーちゃんも同じようにしてた。
でも、ふーちゃんも普段ならしないような苦しそうな、悲しそうな顔をしてたから、わたしたちはそれについては何も言わないでうんと頷くだけにした。
それを見て、ひーちゃんはなんだか安心したように息をついた。
不思議に思って顔を向けたら、「喧嘩するかと思うたからのう」と言って苦笑いされる。
ああうん……確かに、下手したらそうなってたかも。はーちゃんなんか特に、嫌じゃないのかよって胸ぐら掴みそうだよね。
そう言ったら、はーちゃんが唇をとがらせて抗議してきた。
「失礼だな、あたしだってそんな何でもかんでも手出したりなんかしないし」
まあ、そう言うはーちゃんはまだ涙が収まりきってなくて、妙に声が上ずってて可愛かったけどね。
同じことはひーちゃんも思ったのか、彼女はくすくすと笑った。
彼女に「なんだよトー子まで」ってはーちゃんが突っ込んだところで、ようやく雰囲気が緩んでくる。
そしてそれを見計らったかのように、今までの空気を吹き飛ばすように、「そういうわけで!」とひーちゃんが声を張り上げた。
「……もうあまり、お主らと共に過ごす機会はない。ないが……せめて最後まで、共にいさせてほしい」
で、そう言うんだ。
だから、
「あったりまえだよ!」
わたしは昨夜と同じように、できるだけ元気よく答える。
「当然だろ!」
「ええ、もちろんよ」
他の二人も、それは一緒だ。
そしてわたしたちの答えを聞いて、ひーちゃんはようやく笑った。
いつもみたいな、どこかいたずらっ子みたいな笑い方じゃない。今回のは、見た目通りの……わたしたちと同い年の、女の子らしいふんわりした優しい笑い方だった。
あ、それ。なんだか久しぶりに見た気がする。彼女のこの笑い方、わたし好きだなぁ。
「ありがとう。わしは良き友を持った」
そしてそう続けた彼女は、次の瞬間いつもみたいににやっと笑い方を変えた。
ふふふ、こっちのひーちゃんもいいなぁ。わたし、どっちも大好きだよ。
「ところで、今まで話す機会がなかったんじゃが、実は今日元日はわしの誕生日でな」
でもそこでいきなり話題を変えてきたものだから、わたしたちは目が点になったよね。
で、次の瞬間わたしたちは、一切にひーちゃんに向かって身体を乗り出して抗議する。
「……は!? 嘘でしょ!?」
「ちょま、おっまえそう言うことはもっと早く言えよな!」
「そうよ、なんにも用意してないわよ!?」
ところがひーちゃんときたら、何を言ってもまったく効いてない風に笑うんだ。
ああもう、悔しい。こういう顔も、どうしてかわたしは嫌いになれないんだなぁ。
なんとなく、暗い雰囲気を無理やり変えようとしたんだろうなってわかっちゃうから余計かもしれない。ひーちゃんは、ちょこちょこ悪ぶってるところもあるけど、本当は優しい子だから。
その日は結局、わたしの家に集まって即席の誕生日パーティーをすることになった。食べ物はお正月とダダ被りだったけど。
やったこともいつもとあんまり変わらない、ゲームとかおしゃべりだったけど。
それがなんでか、いつもより楽しく感じたのは……きっと、このいつも通りがもうあんまりできないって知っちゃったから、なのかもしれない。
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