第11話 そのとき何があったのか(樹里愛視点)
転校生が生意気でムカつく。このあたしに口ごたえして、ただで済むと思うなよ。
そう思って、思いつくいじめを全部ふっかけてやった。上履きを隠したり、机に落書きしたり、無視したり、トイレで水ぶっかけてやったり。
なのに、なんなんだあいつは。なんで全然効いてないんだ。わけがわからない。
無視して、みんなにそうしろって言ってもこれまたムカつく委員長がカバーしにいくし、その近くにいる平良のやつも気にくわない。
本当にムカつく。あたしは日本一かわいいモデルなんだぞ。もっとあたしにひざまずくべきなんだ。
……そう思ってたんだ。あのときまで、あたしはわりと本気でそう思ってた。
だから 終わった今になっても、どうしても罰が下ったんだって思っちゃうときがある。
だって、いつも通りにしてたら、いつの間にか周りが赤くなってて。おまけに誰もいなくて。
声を出しても返事なんてこなくて、急に怖くなって……赤い学校から出たところで、あたしはバケモノに襲われた。
治療が終わった今はもう、ただの思い出として思い出せるけど。かといって絶対に忘れないだろうなってくらいには気色悪い、そんなバケモノに。
パッと見た感じは、大きなヘビ。だけど長さも太さも、あたしの倍以上はありそうで。頭には白い三日月の模様があって。
そんな頭が四つ。身体からは絶対触りたくない見た目のぬるぬるした液が出続けてて……はっきり言って、超キモい。
そんなのが、あたしを襲ってきたんだ。悲鳴を上げるに決まってるし、逃げるに決まってる。あのとき、腰が抜けなかった自分を褒めてあげたいね。何せあそこでへたってたら、たぶんあいつが来るまでもたなかったから。
そのまま逃げて、全力で逃げて。街のあっちこっちを走り回ったり、隠れたりしたけど、それでもヘビのバケモノはあたしをどこまでも追いかけてきたし、どこに隠れても見つけてきて。
おまけにどんどんヘビが増えていって。頭が四つあったのは一匹だけだったけど、それでも気色悪くて大きなヘビはいつの間にか周りを埋め尽くすくらいたくさんいて。
あたしは赤い空の下で、完全に追い詰められて……食べられた。
ただ食べられたわけじゃない。全身にヘビがまとわりついて、服の隙間からたくさんのヘビが入ってきて。当然汚く濡れたべろと身体がべたべたしてて、それがもう死ぬほど気持ち悪くて……。
そんな状態のまま、四つ頭のヘビは他のヘビごとあたしを丸呑みにしやがったんだ。
ただでさえ死ぬほど気持ち悪かったのに、呑み込まれたあとはその何倍も気持ち悪かった。それ以上に言えないくらい、とにかく気持ち悪くて……それ以外のことは考えられなかった。
おまけに痛くて臭くて怖くて何もわからなくて、頭がどうにかなりそうで……。
「嫌だ、嫌だ嫌だ! こんなのいやあぁぁ! なんで、どうしてあたしがこんな目に! あたしなんにも悪くないのに! 誰か、誰かぁ!」
バケモノの喉の奥で、涙と鼻水と、それからバケモノの気色悪い体液だらけになりながらあたしは叫んだ。
叫んで、何度も叫んで……それで。
「ああそうとも、お主は何も悪くない!」
いきなり目の前が縦一直線に明るくなって。あたしはそこからぼとりと外に出た。
そしてヘビだらけ体液だらけのあたしを、真っ正面から受け止めたのが、あの転校生……トー子で。
「ぁ……う、ぅえ……?」
「よかった、なんとか間に合ったな! 意識はあるか? おい、わしがわかるか!?」
小さな手が、汚れるのも無視してあたしの顔をなでる。それで少しだけ体液が落ちて、ここであたしはようやくそれがトー子だってことに気がついた。
「な、ん」
「意識はあるんじゃな。よし、ならばなんとでもなる。まずはここから離れるぞ!」
そしてトー子は、汚れだらけのあたしを……その小さい身体でどうやってるのか、抱き上げて空に浮かんで。
あたしはそれまでとは違う怖さに襲われた。思わずあいつの身体にしがみついたのは、誰にも言いたくない。
まあ、それもすぐに元通りの怖さに戻ったんだけどな。なんせ、すごい速さで飛んでるトー子を、やっぱり飛んでヘビどもが追いかけてくるんだから。
なんなんだよマジで。ヘビが空なんか多分じゃねーよ。今ならそう言えるけど、そのときはみっともなく泣き叫びながら、暴れるしかできなかった。
「ちっ、この感じ……木っ端とはいえ神格が出てきておるな。これでは一時の撤退も難しいか……しからば!」
だけどトー子は、邪魔だろうにあたしにはなんにも言わないで、追いかけてくるヘビどもをにらむだけだった。
それから、その青い目が光った。ように見えた。
錯覚だったかもしれない。そこんところはよくわからない。
でも、すぐ目の前にあったあいつの青い目が……少し前までは気にくわないって思ってた目が、不思議ときれいに見えたのは間違いなくて。
次の瞬間、いきなり現れた竜巻がヘビどもを空のもっと高いところに巻き上げて蹴散らした。
それでなんとかヘビどもをぶっちぎって、トー子はあたしを連れて赤い空を飛び続けて……どこかの銭湯で降りた。
相変わらずどこも赤、赤、赤ばっかりで不気味で。あたしたち以外に誰もいないのが余計不気味だった。
「まずは身体を清めよう。そのままでは色々と面倒なことになる」
そしてトー子は、あたしを抱き上げたまままっすぐ誰もいない女湯に入った。
そのまま風呂場まで行くと、そっとあたしを下ろして……あたしの服に手をかけた。
「すまんが脱がすぞ。服も一旦洗いたいのでな」
「ぅ……」
このときのあたしはまだ混乱してた上に、ヘビに口にしたくもないことをされながら飲み込まれたショックが抜けてなくて、何も言えなかった。
なんとか目だけはトー子に向けていられたけど、それでもあたしを脱がす手をとめる気力はなかった。
それからトー子は、ものすごく丁寧にあたしの身体を洗ってくれた。魔法で。
空中にお湯の塊がいくつも浮かんだり、ボディーソープの容器がこれまた空中に待機してるのは、はっきり言って普通じゃなかったけど。その隣で、やっぱり空中で何もないのに洗濯されてる服、っていうのもおかしな光景だったけど。
ヘビのバケモノに襲われるよりは何百倍もマシだった。
おまけにあいつは洗うだけじゃなくて、ずっと何か話し続けてくれて、励ましてくれた。
おかげで、あいつが服を着せ直してくれる頃にはなんとかあたしも言葉らしい言葉を出せるようにはなっていて。
「なん、で……」
だからあたしは、わからなくて。ずっと思ってたことを言っていた。
「たす、けて……くれる、の……? あたし、あたしは……」
「確かに、わしらは主義主張の違いから対立した。じゃがわしが腹を立てたのはお主の主張であって、お主ではない。花房樹里愛という人物を嫌っておるわけではないのじゃ。じゃからそんな立場なんぞは関係ない。それはそれ、これはこれじゃよ」
着るのがそこそこ難しいあたしの改造制服に苦戦しながら、トー子は言った。
「それにな。ああいう、人間の常識でくくることのできぬ異形や怪異と戦うことこそわしが生まれた理由。襲われておるものがいたら、助けるとも。それが誰であってもな」
言って、にぃっと笑って。
それが、悔しいくらいカッコよくて。
あたしはまだ服が整ってないのに、あふれてくる涙がとめられなくて、気づいたらトー子に抱きついていた。
「ありが、ありがとう……ごめん、ごめん……あたし、あたし……!」
「うむ。その謝罪しかと受け取った」
それからしばらく、あたしはそのまま泣き続けて……だけどそれは、風呂場の壁が吹き飛んだことで急に終わった。
「ひっ!?」
「来たか」
それでもトー子は冷静だった。あたしを引き寄せてまた抱きかかえると、大きくジャンプ。
天井にぶつかる! と思ってあたしは目を閉じたんだけど、そのときなんだか固い所に置いたスマホがバイブするような音がして……何も起きなかった。
でもどういうことかと思って目が明けたら、そこはいつの間にか外で。たぶん、銭湯の屋根の上だったと思う。あたしたちは一瞬でそこに移動してたんだ。
だけどあたしには、それに驚く余裕なんてなかった。
「……これはまた。イグの子どもめ、随分とたくさん集まったものじゃな」
だって、周りをたくさんの巨大なヘビが取り囲んでたから。
どいつもこいつも頭に白い三日月みたいな模様がある。頭の数はバラバラだけど……でも、そんな怪物みたいなヘビが少なくとも十匹以上見えて。
何より、そこらへんの小さいビルよりも大きなヘビ……七つも頭があるでかすぎるヘビが見えて……。
「うわああぁぁーっ!?」
あたしは少し前までの恐怖が一気に戻ってきて、頭を抱えた。怖くて怖くて、身体がガクガク震えて。なんだか身体が冷たくなっていくような感じすらして。
「案ずるな」
でも、すぐ近くから、トー子の声が聞こえて。少しだけ震えが収まった。
おっかなびっくり顔を上げると、そこにはトー子の顔があって。とてもきれいで、まるでどこかの星みたいに光ってる青い目が、あたしをまっすぐ見つめてた。
……そうだ、星みたいな目。これと似たような写真を、どこかで見たことがある気がする。どこだろう。これは……そうだ、確か、理科の――。
「『
トー子の目に吸い込まれそうになってたあたしの耳に、そのトー子の声が聞こえた。それと一緒に、あたしの身体が青い花で覆われる。
同じだ、と思った。トー子の目と、同じ色の花。それがあたしを守るように、周りをすっぽり覆ってる。
「この中にいれば大丈夫じゃ。この百合の花があらゆる害からお主を守ってくれる」
そしてトー子はそう言って、にっと笑った。どこからどう見ても自信あります、って感じの笑い方。それが、やっぱりカッコよくてあたしは一瞬何も考えられなくなった。
だけどそうなるのと一緒に、あたしの身体は震えなくなった。身体も、少しずつ温かくなってくる。
怖くない。もう怖くなくなった。だから、あたしはこくんと頷いた。
「よし。では、わしはあれらを片付けるゆえ。終わるまで騒がしいじゃろうが、少しだけ辛抱しておくれ」
それを見たトー子がそう言って、ぐるっとあたしの反対を向く。トー子のポニーテールが少しだけ遅れて動いて、トー子の横顔が隠れる。
でも隠れる直前に見えたトー子の顔は、今まで見たことのないキリっとした真面目な顔で……それがまた、やけにカッコよかった。
そして完全にあたしに背中を向けたトー子は、ぴたりととまる。その先には、一番大きな七つ首のヘビ。
正面からそいつと向かい合いながら、トー子が右手を頭の上に上げた。ちらりと手首に真っ黒な腕輪が見える。
「……っ!?」
その腕輪がやっぱり青く光って、あっという間に杖になった。トー子どころか、あたしよりも大きい、とんでもなく長い黒い杖だ。先っちょが三日月みたいになってて、そこにトー子の目見たいな青い宝石が、何もないのに浮かんでる不思議な杖。
トー子はそんな杖をチアバトンみたいに軽々と振り回して、ビシッと構えた。
「――参る」
そして静かにそう言った、次の瞬間。トー子の身体は、大砲の弾みたいにとんでもないスピードで空に飛んで行った。
そこからは、映画みたいなとんでもない戦いがずっと続いた。トー子はずっと空を飛びながら、青い弾を飛ばしたり杖を振り回したりして、ヘビどもをぶっ飛ばしていく。
だけどワンサイドゲームってことはまったくなくって、あの七つ首のヘビはトー子の攻撃を受けても全然効いてなくって。なのにそいつの攻撃は地面がアスファルトごとへこんだり、建物が一発で吹っ飛んだりするくらいヤバい威力で。
トー子も必死にかわしてたけど、バケモノは一匹じゃない。たくさん頭があるヘビは他にもいて、そいつらがサッカーかバスケみたいなチームワークでトー子を追い詰める。
だからトー子は何度も攻撃を食らって、服はどんどんボロボロになっていった。あいつの血もたくさん見えた。
それを見るしかなかったあたしは、何度も何度も目を閉じた。周りにはたくさんヘビがいて、あたしに襲ってきてたから、余計に。
だけど青い花のおかげで、あたしに攻撃は届かなかった。おかげでだんだん慣れてきて、トー子の戦いを見る余裕ができてきた。
そこではトー子が、何回も攻撃を食らっていて……だけど、立ち上がり続けていた。
それを見て、あたしは……気づいたら、トー子に声を飛ばしてた。
がんばれ。負けるな。そんな声をだ。
おかしな話だよな。今日の昼まで、あたしはトー子をいじめてたのに。生意気で、ムカつくやつで、だいっきらいだって、そう思ってたはずなのに。
でも同時に、当然かな、とも思った。
だって、あいつはあたしを助けてくれた。いじめてたあたしを、助けに来てくれた。今も命がけで戦ってる。
だから……終わったら、ちゃんと謝ろう。素直にそう思えた。
……まあ、結局あたしは終わる前に気絶しちゃったんだけどな。
しょうがないだろ、それまでなんともなかった周りの青い花が、あの七つ首のヘビの尻尾ビンタ一発でヒビ入ったんだもん。
完全に油断してたこともあって、それで死ぬほどびっくりして……気づいたら、救急車の中だったよ。
近くにトー子がいなかったから、急に不安になってすごい慌てたけど……パパとママがいるのに気づいて、安心して。
そしたら涙がとまらなくなっちゃったんだよな。
いつの間にか見たことのない指輪をしてるのにも驚いたけど……その指輪、トー子の目の色と同じ色だったから。たぶんあいつがくれたんだろうなって思って、「友達からもらった」って答えた。
……友達、って言うのはだいぶ悩んだけど。
そう言っていいんだよな? だってトー子、あたしのこと、嫌ってなかった、って言ってたし……いやでも、どうだろう?
「当り前じゃろ、共に死闘から生き延びた仲ではないか」
けど、病院にお見舞いに来てくれたトー子の返事は本当にあっさりしたものだった。
悩んでたあたしがバカらしくなるくらいさらっと言われたものだから、あたしはわりと長い間ぽかんとして……それから笑った。
で、今までのことを謝って、最初のケンカの原因のことも謝って。本当の意味であたしはトー子と仲直りした。
次の日にはトー子が平良……イズ子を連れてきたときは、ものすごくびっくりしたけど。実際はイズ子からお見舞いに来ようとしてたって聞いて、もっとびっくりした。
なんだ、お前すげーいいやつじゃん。あたし、本当にバカなことしてたんだな。
イズ子の話を聞いてて、あたしは素直にそう思った。だからイズ子にも、ちゃんと謝ろうって思えた。
ありがたいことにイズ子も許してくれた。やっぱりお前、いいやつだよ。
アニメとかゲームの話はやっぱりよくわからなかったし、何がそんなに楽しいのかもわからなかったけど。
それでも、本気で楽しそうに話すイズ子を見てたら、少しだけ……ちょっとだけやってみてもいいかなって思うようにもなってて。
それがなんだか無性に悔しくってさぁ。
じゃあこっちだって、トー子とイズ子にファッションってやつを教えてやろうじゃないか。二人だけ同じ話題で盛り上がるなんて、ズルいぞ。
夜の病室で一人そんなことを考えて、あたしは気合いを入れたのだった。
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