第142話
クラリと揺らぐナーオット殿下の身体。
どうやら少しばかり血を流しすぎたようだ。
「・・・くそっ!ヤークッモ!!先に私の傷を癒やせ!!」
「はい。」
ナーオット殿下はとうとう余裕がなくなってきたのか、私に血を飲ませることよりも自分の傷を治すことを優先させたようだ。ヤークッモ殿下に治療してもらうようにお願いしている。
・・・あれ?
ヤークッモ殿下は治癒魔法が・・・使えるの?
もしかして、ヤークッモ殿下はナーオット殿下に操られていない?
そうだとするのならば、もしかして今までのやり取りはナーオット殿下を焦らせるため?
操られているのにしては今までのヤークッモ殿下のやり取りにどこか疑問を感じていたのだ。ナーオット殿下は気づいていなかったようだけれども。
ヤークッモ殿下は持っていたグラスをガシャンッと床に落とし、ナーオット殿下の元に近づいた。
グラスに注がれていたナーオット殿下の血は、グラスが落とされて割れたことにより床に広がっていく。高級そうなふかふかの赤い絨毯にナーオット殿下の血で染みができる。
「なっ!!ヤークッモ!なぜグラスを落とすんだっ!!」
血を失いふらつく身体でヤークッモ殿下に激を飛ばす。
ヤークッモ殿下はそれでも微笑んだままだ。
「グラスをどうするかは命令されなかったので。ナーオット殿下に治癒魔法をかけることを優先させました。」
ポワッとナーオット殿下の身体が淡い光につつまれる。
どうやらヤークッモ殿下がナーオット殿下に治癒の魔法をかけたらしい。
「ちょっ・・・!!」
ナーオット殿下は自身の傷が塞がったことに慌てる。
傷を治せとは言ったが、グラスに入った血が絨毯に吸収された今、私に飲ませる血がない。
そのことに気づいたのだろう。
もう一度自身を傷つけて血をグラスに注げばいいのだろうが、だいぶ血を流してしまったようでナーオット殿下の身体はふらついている。
この状態でもう一度、グラスに血を注ぐことは出来るのだろうか。
「くそっ!!私は部屋に戻るっ!!国王陛下とヤークッモはその女を地下牢に拘束しておけっ!!」
ナーオット殿下はそう吐き捨てると、ふらつきながら部屋を後にした。
それを笑顔で見送るヤークッモ殿下。胸元で小さくナーオット殿下に向かって手を振っているが、ナーオット殿下は後ろを振り向くことがなかったので気づかなかった。
ナーオット殿下が出て行ったことを確認してから、ヤークッモ殿下は私に視線を合わせた。
そして、にっこりと笑う。
「茶番に付き合わせましたね、レイチェル嬢。」
「ヤークッモ殿下・・・。もしかして、貴方は・・・。」
「ええ。私は迂闊にもナーオット殿下の血を飲んでしまいました。でも、何故か私には効果がなかったのです。ですが、ナーオット殿下を欺くため操られていたふりをしていました。」
「そうだったのか・・・。」
「そうだったんですね。」
ヤークッモ殿下は操られたふりをしていたのだと教えてくれた。
どうやら、このことは国王陛下も今まで知らなかったようだ。
それだけ、ナーオット殿下の影響力がこの王宮では強いのだろう。
「おや。父上も気づいていなかったとは。私の演技力は素晴らしいですね。」
そう言ってヤークッモ殿下はおどけて見せた。
「さて、レイチェル嬢。教えていただきたい。私たちを監視していたナーオット殿下の手の者たちが明らかにナーオット殿下の血の力から解放されたように見えた。レイチェル嬢が来てすぐにだ。彼らに何をしたんだい?」
ヤークッモ殿下は椅子に座り直すと、そう切り出してきた。
「治癒魔法です。操られている方々に治癒魔法を施しました。ヤークッモ殿下がナーオット殿下の血で操られなかったのも、ヤークッモ殿下が治癒魔法を使えるからでしょう。」
私がそう発言するとヤークッモ殿下の目が大きく見開かれた。
「ああ。そうか。そうだったのか。そんな単純なことに気づかないとは。私もどうかしていたな。」
そう言ってヤークッモ殿下は声を出して笑った。
「レイチェル嬢。ありがとう。おかげでどうにかなりそうだよ。ナーオットも、今ここで血の力のことを自供してくれたしな。レイチェル嬢の力によって側近や重鎮も正気に戻った。これでナーオットを追い落とすことができる。」
「ええ。そうですね。彼らが正気に戻らないことには身動きが取れなかったですからね。もし、私たちが動いて彼らがナーオット殿下の命令で自害しろとでも言われたら我が国は優秀な者たちを多数失うところでした。感謝しています。レイチェル嬢。」
「いいえ。そんな・・・。でも、これからどういたしましょう。ナーオット殿下をこのままにしておく訳には・・・。」
「ええ。そうですね。そこは、私に考えがあります。」
ヤークッモ殿下は国民や側近、重鎮を人質に取られて身動きができなかったらしい。
そこに私が来て、次々と治癒魔法をかけてナーオット殿下の血の影響を取り除いていったのでやっとヤークッモ殿下も国王殿下も動き出せるようになったとのことだ。
そして、ナーオット殿下をこのままにしておく訳にはいかない。
それは私たちの共通の認識であり、私たちは力を合わせてナーオット殿下の動きを封じることにした。
「では、手はず通りに。レイチェル嬢はナーオット殿下の言う通りに地下牢に入っていただきます。よろしいですね。」
そう言ってヤークッモ殿下は私に微笑んだ。
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