第44話
莉緒が風邪を引いて翌日。
朝から心配していたが帰ってくると昨日話した通り莉緒がいた。
「景子さんお帰りなさい」
「熱は?」
玄関で迎えてくれた莉緒の顔色は昨日よりいい。
しかし、まだ昨日の今日だ、侮れない。
「昨日より下がりましたよ?ちょっとまだ熱はありますけど」
「そう。ご飯は食べたの?」
「景子さんと食べたかったからまだです。今日はクリームシチューを作ったんですよ?」
「安静にしててって言ったでしょ」
莉緒のために一応スーパーに寄ってきたのに無駄骨をした。部屋に入って冷蔵庫に買ってきた物を入れていると莉緒はそわそわしだした。
「景子さんの言う通り安静にはしてましたよ?今日は授業も早く終わったから横になってましたし…」
「体調悪いのに料理なんかしてたら安静とは言えないでしょ」
今日は私が作ってやるつもりだったから予め言っておけばよかった。冷蔵庫を閉めると莉緒はしゅんとしていた。
「でも、簡単に作れるやつにしましたし……、景子さん疲れてると思ったから……」
「……莉緒」
「あの、……ごめんなさい。怒ってますよね?…今日は昨日より体調が良かったから…大丈夫だと思ったんです」
昨日よりはましだろうが私の心配は消えない。それにこの子は本当に私だけのために作ったんだろう。私は莉緒におもむろにキスをした。
「怒ってないからもう座ってて。あとは私がやるから」
「はい…」
幾らか安心した顔をする莉緒をソファに追いやって、莉緒が作ったクリームシチューを暖めながら何か他にも作ってやろうとしたら莉緒はサラダやおかずも作っていた。体調が悪いのに私のためにここまでするとは健気なやつだ。
「今日は食欲あるの?」
ソファに座っている莉緒に話しかけると莉緒は笑った。
「はい。あります。今日はなんでも食べれます」
「そう」
食欲があって良かった。昨日で大分よくなったようだ。私は夕飯の用意をして机に持っていって一緒にご飯を食べた。
そのあと莉緒にはしっかり薬も飲ませてシャワーだけ浴びさせた。まだ少し熱っぽい感じがするが昨日よりボーッとしている感じではないのでもう少し安静にしていれば良くなるだろう。
いつもは寝る準備を済ますとソファでゆっくりするのだが今日はベッドに莉緒を早々に寝かせた。
「景子さん。昨日の約束したいです……」
しかし私にねだるような視線を向ける莉緒に私は頭を撫でながら答えた。
「いいけど何したいの?」
「景子さんを食べたいです」
「どうぞ?」
今日はこれを楽しみにしていたんだろう。莉緒は腕を広げるとすぐに私の胸にやってきて首に舐めながら噛みついてきた。
「……美味しい。……景子さん、いい匂いします……」
「そう。あんまり汚さないでよ?」
莉緒を抱き締めながら背中を擦る。莉緒は嬉しそうに笑っていた。
「はい。……汚しません。景子さん?……頭撫でてください」
「こう?」
「ふふふ。気持ちいいです」
頭を撫でてやっただけなのに喜ぶ莉緒に私は訊いた。
「あとは何したい?」
「……はぁ、あとは……、あとは、……キスしたいです」
「そう。じゃあこっち向いて?」
昨日の約束は守る。莉緒にはこうやって愛情を注いで寂しい気持ちや嫌な気持ちを無くしてやらないと。
私は食べるのをやめた莉緒にキスをした。
「好きだよ莉緒」
「はい。……景子さんもっとしてください。いっぱいしたいです」
「うん」
莉緒が求めるままに何度もキスをしてあげた。軽く唇を合わせながらするキスに莉緒が喜ぶから私は分からないあの胸の暖かさを感じた。
「景子さん?」
「なに?」
「深いのもしたいです」
「ダメ」
私は即答してキスをするのをやめた。このガキはまた盛り始めたようだ。
「なんでですか?」
「莉緒がしたくなるから。風邪が治ってからじゃないとダメ」
「一回だけならしたくなりません…」
むきになる莉緒に私は呆れるように言った。
「いつもしたくなってるでしょ」
「したくなるというか気持ちがよくなるだけです。…景子さんがいつも嬉しくさせてくるからです」
「……したくなってるでしょそれ。とにかくダメ。もうキスも食べるのも終わり」
これ以上駄々を捏ねられたら困る。莉緒がやる気になってしまうと勝手に始めてしまうので強制的に終わらせると莉緒はしょぼくれていた。
「ケチです景子さん……。昨日甘えさせてくれるって言ったのに…」
「今甘えさせてるでしょ。そんな事言うならもう寝るよ」
「それはダメです!」
全く我が儘でどうしたら良いのやら。私はため息をつきながら頬を撫でた。
「じゃあ、あんまり我が儘言わないで。昨日約束したでしょ?風邪が治ったらできるんだから我慢してくれる?」
「……はい。ごめんなさい……」
今度はあんまり悲しそうにするので私は仕方なくキスをしてやった。
「抱き締めててあげるから寝て?頭も撫でてあげるから」
「はい!私が寝るまでしててくださいね?」
これだけですぐに嬉しそうにする莉緒はガキそのものだ。単純な莉緒に私は鼻で笑った。
「起きてられたらね」
「じゃあ、ちょっとだけ話しましょう?今度景子さんのためにお菓子を作ろうと思うんです。景子さんは何が一番好きですか?景子さんの好きな物を作りたいんですけど…」
また私の話だ。まだ熱があるのにこの子は全く。私は嬉しそうな莉緒の頭を撫でながら少しだけ付き合ってあげた。
「好きなのなんかないけど」
「なんでですか?景子さんちゃんと考えてください」
「私はなんでも好きだよ」
「なんでもはダメです。ちゃんと答えるまで寝ませんよ?ていうか怒ります」
私の好きな物をいつも詮索してくる莉緒はこうやってしつこく訊いてくる。私はこれにいつも返答に困っていた。私はそんなに好きなものがないから黙っていたら莉緒はまた訊いてきた。
「じゃあ、景子さんはチョコとイチゴどっちが好きですか?」
「……チョコ」
「んー、じゃあ、ビターの方が好きですか?」
「甘い方が好き」
「そうですか。あとは……、あと、……抹茶とかも好きですか?」
「まぁ、好きだけど」
なんか本格的に作るのだろうか?莉緒は私の話した事を必ず覚えているからすぐに行動に移してくる。
「分かりました。じゃあ楽しみにしててください。景子さんのために頑張って作りますね?」
「そう。じゃあ、もう話したから寝よう?明日もあるんだから」
気になったが付き合うのはここまでにする。あまり長く付き合っていると体に響く。莉緒は素直に頷いた。
「はい!景子さん暖かいからすぐに寝れそうです」
「そう」
「景子さん大好きです」
「分かったから早く寝て」
いつもの様子の莉緒は小さく呟いた。
「おやすみなさい景子さん」
「おやすみ」
莉緒は話したいと言っていたくせにそれからすぐに眠ってしまった。すぐに眠ってしまうくらいなら最初から寝てれば良かったのにこの子は本当にガキだ。
でも、このガキな感じは莉緒らしくて憎めなかった。
私は莉緒をしばらく撫でながら眠りについた。
風邪が治ったらセックスもしないと怒るだろうが、それよりも先にキャバクラだ。また話し合わないと莉緒の体調の事もある。私は莉緒が本調子に戻るまで莉緒を見守っていた。
莉緒はそれから二三日微熱が続いたけど一週間もすれば本調子に戻っていた。
前と変わらずに笑う莉緒にもう頃合いかと思っていた私は話そうとしていたが、莉緒は前よりもキャバクラのバイトに出向いていた。
いつもは二三日朝方までいなかったりするのだが、今はほとんど朝方に帰ってくる。それに学校もあるみたいで私の家にあまり来ない。
そのせいで話す時間が取れないし莉緒にはさすがに疲れが現れていた。バイトがない日は私の家に来るが帰ってくるとソファで眠っている。
それに夜も疲れからか甘える余裕もないようにすぐに眠ってしまうので私は心配だった。
この子はいつも何も言わない。様子を見ればなんとなく分かるけど、本当にいつも通り嬉しそうに笑って私に尽くしてくる。ソファで眠っているくせに、家事はいつもみたいにこなすし料理はいつも作ってある。そんな莉緒が私はただ心配でもう様子は無視して話してしまおうと思った。
このままじゃ、きっと体調が悪くなる。
その思いはすぐに当たる事になった。
それはいつも通り仕事が終わって家に帰ってきた日だった。
今日は莉緒が家にいるから疲れていても話そうと思っていたが部屋に入ると莉緒は眠そうに疲れた様子でソファに座っていた。
「ただいま」
少し眠っていたのだろうか、莉緒は私に気づくと目を擦った。
「景子さんお帰りなさい」
「お風呂は入ったの?」
「まだです。あとで入ろうと思っていたので」
「そう」
この様子で話すのはあれだが話さないとダメだ。私は荷物をおいて莉緒の隣に座った。
「疲れてるの?」
莉緒はそれに少し笑った。
「ちょっと忙しいだけですよ。疲れてはないです」
「…そう」
そんなのは嘘だ。私を心配させないように言っているのか。私は胸のモヤモヤを感じながら話した。
「最近ずっと朝帰りでしょ?学校もあるのに」
「私の友達も皆そんな感じですよ。だから平気です」
「……そう」
やっぱりダメだ。莉緒をこのままにしたくない。
「莉緒」
私は莉緒を呼び掛けて腰に腕を回すと顔を近づけてキスをしようとした。すると莉緒は一瞬怯えたような顔をして体を引いた。まるで拒絶するかのようなそれが私には衝撃的だった。
「…あ、……あの、これは違うんです。……あの、違います……!絶対、違いますから……!」
莉緒は自分のした事にはっとして慌てて立ち上がると辛そうな顔をしながら腕を擦りだした。莉緒は何度も何度も腕を擦りながら必死に弁解するように私に説明した。
「今のは本当に違うんです。……嫌だったんじゃないです。……私、景子さんにしてもらうなら何でも嬉しいんですよ?本当です。……だから、今のは……違います。……違いますから誤解しないでください。私、……私、驚いただけですから……」
莉緒は腕を擦るのをやめないし自分でも困惑しているようだった。それだけで胸が痛む。
私はなんで早く話さなかったんだ。莉緒の様子なんか無視して話せば良かった。私の意見を初めて言った日に無理矢理にでも通してしまえば良かった。後悔だけが胸に募る。
「莉緒。私は…」
とにかく莉緒を落ち着かせてあげよう。そう思いながら声をかけるも莉緒は私に言わせないかのように話しだした。
「ほ、本当なんですよ?!……本当です。私、嘘は言ってません。……景子さんは愛してますから、嘘は言いません……。本当に、驚いたんです……。いきなりだったからびっくりしちゃって…ごめんなさい。……もうしないから、許してください……」
「莉緒……」
莉緒は泣きそうになりながら懇願するかのように呟いた。
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