#4 身侭 Ⅰ
アルマスは気を失ったロランを小脇に抱えて、グラウンドの端まで悠々と歩いてくる。思わず駆け寄ったけど、結局ロランに触れる気になれなかった。触れちゃいけない気がした。
「ロラン君は体内魔力を乱されて寝ているだけだ。世話は任せるぞ」
「う、うん」
戸惑っているあたしも悪いけど、アルマスは問答無用でロランを押し付けてくる。何とか抱きかかえて地面に寝かせた。不意に腕を掴んでしまって、手がロランの血で濡れる。
もう罪悪感しかない。
ロランが勝手にやったことだけど、この怪我はあたしがロランを止められなかったせいだ。ロランを巻き込まないようにあたしが解決すればよかったのに、それができなかったからこうなった。
ロランの傍にいてあげなきゃいけない。一方で、あたしが常に足を引っ張るのは目に見えている。赤銅色の血がそれを証明している。
「何を呆けている。さっさと手当てしてやれ」
アルマスがあたしの頭上から急かしてきた。あたしだってそんなこと分かっている。
「もちろん医務室に連れてくよ。ちょっと気になっただけ。ロランの血ってこんな色だったかなって」
するとアルマスは、あたしの隣にしゃがんで鼻を鳴らす。
「至って普通のことだ。魔力の過剰出力に体が適応していく。より多くの魔力を体中に行き渡らせる必要があるからな。そうやって人間から遠のいていくんだ。血の色が変わるのは副次的な作用だな」
アルマスは飄々としているけど、充分大ごと。怪我だけじゃなくて、ロランがこうなったのは全部あたしのせい。そんな真実は聞きたくなかった。あたしはロランのために何もできない。虚勢ばっかりのただの女の子だった。いじめから救えないどころか、あたしのせいでロランの人生がどんどん壊れていく。
「じゃあ俺は帰るぞ」
アルマスは立ち上がって踵を返と、軽く手を振った。
――呼び止めないと。
本当はここで確認しておくべきことも、根回ししなきゃいけないこともごまんとある。ロランを支えるためなら何だってやらないと、恩を返せない。でも、あたしの存在はロランの負担になっていく。
どうすればいい。何がベストアンサー?
その時、腕を引っ張られてその場に立たされた。
「シェリル。何か悩んでるでしょ?」
「クロエ」
驚いて隣を見ると、あたしとロランのことを見守ってくれていたクロエがいた。いたずらっぽい笑顔をこっちに向けている。
「今まで好き勝手やって来たんだからいいじゃん。そのままで」
彼女の言う通りだ。あたしが勝手にやればいい。ロランが苦手なことはあたしが補う。この役は誰にも譲らない。あたしが何にもできないただの女の子だなんて、絶対に思わせてやらない。
考えろ、シェリル・キングストン。
アルマス・ヴァルコイネンが出歩いていたなんて話は聞いたことがない。でもショッピングモールでロランが暴れた時は、あたしの目の前に現れた。しかもあの『スズランの手記』に描かれた容姿そのままで。
その後もあたしたちに魔道具のピアスをくれたし、古代魔法についての資料だってたくさんくれた。今も、ロランとエイナルの喧嘩を止めてくれた。
――身を隠して生きているのに、何であたしたちの前でだけはアルマス・ヴァルコイネンとして現れるの?
杞憂かもしれないけど、探れるならそれに越したことはない。緊張するし声が震えそうだけど、あたしはやれる。今がそのチャンス。シェリル、平静を装って。軽く、学校でやるみたいに余裕で構えて。ロランのこと好きなんだから、何が何でもやるの。
ふと、ロランの穏やかな寝顔が視界に入って、それで少しだけ落ち着いた。行ける。
「ありがとね、アルマス。それにしてもお爺ちゃんは暇そうだね。こんな昼間に来てくれるなんて」
「言うに事を欠いて暇とは、失礼な」
アルマスはため息を吐きながら振り返る。黒いフードの奥ではやっぱりノイズが蠢いていて、彼の表情は確認できない。
「ごめんごめん、言い方が悪かった。わざわざここまで来るのって、アルマスに手間を取らせちゃうでしょ? それに折角アルマスにピアスの魔道具を貰ったから、あたしがロランを止めても良かったのにって思ったの」
「なんだ、覚えていないのか? 渡すときに説明しただろ。一度使ったら、次は術式をまともにアクティベーションできない。使い捨てなんだよ」
確かに聞いた。使えるのは一度きりだから滅多なことでは魔力を注ぐな。そう忠告されている。
だからこそ、アルマスがあたしたち対して思っていることを引っ張り出すにはちょうどいいネタになるはず。本当に良心から助けてくれているなら申し訳ないけど、今回は強気に行かせてもらう。
「あー、少し慌てちゃって忘れてた。でも、だとしたらもう一度魔道具を作ってくれる方が、アルマスにとって楽じゃない? 急いであたしたちの所に来なくていいんだもん」
「あれは貴重なものだ。そう簡単には増産できない」
アルマスは不機嫌そうに声のトーンを落とした。まだアルマスの狙いはわからない。けど確実に言えるのは、次のあたしの台詞に対するレスポンス次第ってことだ。
ロランをまたいでアルマスの前まで進む。恐らく弱虫なのが彼の素だから、パーカーの襟を両手で掴んでやればアルマスは怖がるはず。いつも通り半泣きになりながら、無茶ぶりだと主張するはずだ。――疚しいことがないのなら。
吹っ掛けてみれば分かる。
「でも不可能じゃないんでしょ。ロランがまた怪我させられるのは嫌なの。使い捨てだっていうなら、次の魔道具をちょうだい」
「だから作れないって言ってんだろ」
「『簡単には作れない』でしょ? 言い換えれば、気があれば作れるってこと。じゃなきゃ『簡単には』なんて言い方しない。違う?」
靴を横から蹴って脅してやっても、アルマスは動じない。あたしの手を払って威圧的に距離を詰めてくる。
「なあ、俺がお前らのためにそこまですると思ってんのか?」
「思ってるよ。じゃなきゃロランのこと二度も助けたりしない」
「馬鹿か」
アルマスは怒気を込めて吐き棄てた。あたしをひるませようって魂胆なのかも。退いてたまるか。ここで念を押せば、それなりの結果を得られる。
「今度は論点ずらさないでね。何でロランを助けに来たの?」
アルマスは沈黙した。めちゃくちゃ怖い。顔が見えないから、返答に詰まったのか、敢えて黙っているかも判別できない。そんな中で不用意に挑発なんてしたら、悪手も悪手、これまでの駆け引きが全部水の泡になる。こんな言い争い如きで汗まみれになるとか本当にサイアク。
ゆっくりと、アルマスが息を吸い込んだ。
「知りたいか?」
頷いてみるしかない。この状況でどう返すつもりか知らないけど、どんな答えでもいい。アルマスのあらゆる反応が、あたしの
返答を待つ。アルマスは軽く笑い声を漏らして――言い放った。
「誰が教えるか」
真正面から告げられたのは、嘲りを含んだ言葉だ。アルマスは黒いパーカーをはためかせて空間の歪みに消えていく。
「シェリル、大丈夫?」
「アルマス・ヴァルコイネン相手に、どんだけ胆が据わってんだ。シェリル、もっと自分を大事にしてくれ」
クロエとジェイの二人が不安そうに駆け寄ってくる。大袈裟に感じるけど、考えてみれば二人の感覚の方が普通かも。
「もう、心配しすぎだって。別に何もされてないから。むしろあたしがアルマスに手を出したってくらい」
「マジで心臓止まるかと思ったぞ。やめてくれよ」
「やめなーい」
アルマスは逃げた。語調は強かったけど、立ち去ることを選択した。これは大きな収穫だ。彼は目的があってロランに接触している。
「アルマスは、教えないって選択肢を選ばなきゃいけなかった。その理由とは何なのか」
これからの言動如何によっては、アルマスの企みを阻止してやる。ロランを守るのはあたしの役目だから。あたしの決断は、誰にも覆させない。
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