#1 方略 Ⅴ
先のことなんてこれっぽっちも分からないけど、あたしは確信する。
シェリル・キングストンはロラン・D・アグノエルと添い遂げる。ロランからどれだけ文句を言われようが、絶対譲らない。
「――あたしがおんぶするには大きすぎるかも。でも、きっとあたしだけが背負うことはないから。二人三脚上等」
あたしが言い切ると彼――アルマス・ヴァルコイネンと思しき誰かは、心底嬉しそうに顔を綻ばせた。
「……あはは、こりゃ彼も惚れるな」
嘘、あたしロランに好かれているように見えるの⁉
正直啖呵切った瞬間より恥ずかしい。超恥ずかしい。
「……あぁ、えぇと、違くて、いや、違わないけど、うぅん……!ロランは慕ってくれてるっていうか、むしろ惚れてるのは……んうー‼」
駄目だ、自分で墓穴そこら中に掘りそう。
「――そうじゃなくて‼ こんなことしてる場合じゃないの!」
「まあ、そうだな。ロラン君だっけか? 彼を呼び戻すにはあまり悠長なことはしていられない」
彼はあたしの言葉に同意する。ならやることは一つ。ダッシュあるのみ。
「じゃあ早速ロランのところに――」
「おいおいおいおい、ちょっと、ちょっと待て!」
何故か彼はあたしの腕をつかんで引っ張る。びっくりして振り返ると彼は必死の形相になっていた。
「お前! 頭すっからかんとまでは言わないが、ちと足りてないんじゃないか⁉ 死ぬぞ‼」
超失礼。学園女王に向かって、ほんと最悪なんだけど。あとあたしめっちゃ頭回るんだからね。
彼は優しげな声を限界まで張り上げて、あたしを叱りつける。あたしは心外だから言い返すことにした。
「ひど! だってロランのとこ行く流れだったじゃん! それに護衛してくれるんでしょ⁉」
さっきのは絶対そういう雰囲気だった。悠長なことしてられないって、確実に言ったし。
でも彼は、あたしをもといた壁際まで強引に連行して座らせる。そしてちょっと泣きそうになりながら叫んだ。
「今突っ込んでいってお前を守り切る自信はねえよ! 俺、ほとんど丸腰なの!」
「なんでよ! ロランに負ける気はしないんでしょ!」
すると彼は額に拳を当てて溜息を吐く。それが終わるとあたしに向かって、ちっちゃい子にするみたいに語りかけた。
「耳を澄ましてみろ。何が聞こえる?」
癪だけどあたしは言う通りにする。低く響く音が近づいてきているみたいだ。
「なんか……、足音、っぽい? それがこっちに来てる」
「そうだな。その通りだ。じゃあ、今足音が向かってくる理由は?」
言われてみれば、この足音をスルーするのは油断しすぎかも。
多分逃げているお客さんのじゃない。だってあたしたちがいるのがロランのすぐ近くだから。こっちの出入り口から避難するなんてありえない。
なら、もう竜災対策軍が来たとか。
「対策軍が出動?」
「正解だ。じゃあ俺がお前を引き戻した理由も見当が付くだろう」
理解とかそういうの求めなくていいから、早く説明してくれればいいのに。あたしは時間の無駄だから思考を
「いや、分かんないし。全部言ってよ」
彼はまた自分の額に手を持っていった。なんか無性にむかつく。
「いいか、俺たちはロラン君を元に戻したい。対策軍は確保して殺処分したい。これは分かってるな?」
あたしは適当に相槌を打つ。すると彼は半眼になって続けた。
「それとな。対策軍は、怪しい場所で俺を見つけたら、絶対に確保したいと考えている。これも分かるな?」
そこに異論はない。怪しい奴が怪しいところに出没したら疑う。でもあたしには納得できないことがある。
「まあ、わかるよ。ロランから攻撃され、対策軍からも攻撃され、ってことでしょ? でもアルマスだったら、丸腰でもドラゴンになってバァーン! ってやれるでしょ」
「……お前な。アルマスが竜化したら、それこそ今世紀最大の事件になるよ」
「あっそ。いまいち頼りになんないな」
彼は頭を横に振って、壁を背中でこすりながら深く沈みこんだ。そして立てた膝の上で一本指を立てる。
「俺たちが注視すべきことは、ロラン君のほかに大きく二つ」
さっきの話だと、対策軍の動向だけ見ていればよさそうだけど。どうやら違うみたいだ。
「一つはさっきも言った竜災対策軍。俺は見つかるわけにはいかない。……でだ。残念ながらと言うべきか、ありがたいことにと言うべきか、ロラン君は非常に強い。接近してくる雑兵どもじゃ歯が立たないだろう。すると、撤退と本部出動要請が発生するのは間違いない。俺たちが狙うべきはこの間隙だ。俺の見立てでは、基地の距離からして取れる時間は約七分。この間にロラン君をどうにかする」
「じゃあ、もう一個は?」
あたしが尋ねると、彼は膝の上に置いていた手の指をもう一本伸ばした。ピースサインを作って立膝の上で揺らす。
「二つ目は、『監視・記録・ネットワーキング複合術式』。こいつが厄介なんだ。だから俺が
知らない単語がたくさん並べられる。でも術式と名前が付いているからには魔法だし、監視、改竄って語感がもうやばい。
「監視なんちゃらって何? それに改竄術式も。超物騒だけど」
「まず『監視なんちゃら』について。非常に平たく言えば、全世界の人間の位置情報を特定する魔法だ。一つの専用魔石につき、一定範囲内の魔力の動きを記録し続けるもの。これが網目の様につなげられているのが、『監視・記録・ネットワーキング複合術式』。記録されれば一貫の終わり、各地で集められた魔力動のデータから個人が特定されて、どこに居てもお縄だ」
あたしたちの居場所を全部把握しているってことか。そうすると、今ロランがいる場所も、あたしがいる場所も全部丸わかりになる。
「普通は逃げても無駄、ってことだよね。……ほんとに誤魔化せるの?」
あたしが疑問をぶつけると彼はにやりと唇を吊り上げた。
「なあ、対策軍に見つかっちゃいけないのに、何で俺はこんなところで買い物しているんだろうな?」
またクイズだ。もしかすると彼は対策軍が撤退するまでの間、暇つぶしをしたいのかも。仕方ないからあたしは答えてあげる。
「買い物しないと生活に困るからでしょ?」
「そんなわけないだろ。究極的には『領域』に籠っていても暮らせる。通販で事足りるからな」
一昔前のロランみたい。「移動に時間を掛けるのは非効率的です」とか言っていたから、彼とロランで理由は大きく異なるけど。
それはともかく、彼が買い物している理由。きっと彼は内向的ではないから家の外に出たいのかもしれない。でも監視が――
「もしかして、監視されてない?」
彼はこっちを見ていたずらっぽく微笑んだ。
「大正解。『監視・記録・ネットワーキング複合術式』は何故構築されたのか。何故ロストテクノロジーを今でも制御できているのか。それは、アルマス・ヴァルコイネンがあたかも存在しないかのように見せかけるために必要だからだ」
「すっごい陰謀を感じる。術式、アルマスが自分で作ったでしょ?」
「ノーコメント」
本人が名乗らないからいまいち確定じゃないけど、言っていることがスケール大きすぎ。彼は絶対にアルマス・ヴァルコイネンだ。
特に、この術式を利用しているのは警察や竜災対策軍。取り締まる側の組織が、取り締まられる側の提供する術式を使っているなんて、闇が深い。
「じゃ、その対策軍がいなくなるのを待って、その間に改竄術式ってやつで記録いじって、そのあとロランを止める。これでオッケー?」
「いや、少し違う」
彼はあたしの自信たっぷりの回答を訂正する。これで正解じゃないとか回りくどすぎるんだけど。
「改竄術式は遠隔制御ができない。直接魔石に触れるしかないんだ」
そう言われて、あたしは会ったときの意味深な行動を思い出す。
「それで最初、天井を確認してたんだ」
「ああ。この通路には魔石はないようだ。しかし奥へ行って魔石を探すとロラン君から目を離すことになる。ロラン君の近くにいることを考えたら、対策軍がいなくなるまでは何もできない」
彼はそこまで呟くと急に振り返った。姿勢を低くして、曲がり角ギリギリまで身を乗り出す。
すごく不穏な動き。嫌な予感がする。
「……どうしたの?」
あたしが聞くと、彼は人差し指を唇に当てて鋭く息を吐き出した。
「あいつら初手からロラン君を攻撃するつもりだ。くそ、想定外にも程がある。下手すりゃ死人が出るぞ……!」
「なにそ――」
「お前はここにいろ。タイミングが来たら報せる。合図をしたら、ロラン君を全力で呼び戻せ」
彼はあたしにそう言いつけると、中腰のまま素早く走っていった。
もう全然状況が追えない。
一人取り残されて、あたしの頭の中には彼の言葉がめぐる。
死人が出る。
彼の言い方だと、きっと死ぬのはロランじゃない。だって、アルマス・ヴァルコイネンと思しき彼が、「強い」って表現するんだから。殺されるのは対策軍の方だ。
彼はそうならないために走っていったんだろう。でも彼が完全にロランのことを、対策軍のことを守り切ってくれる保証はない。
その時、男の叫び声が聞こえてきた。
「――堕ちるような糞虫に手加減は無用だ‼ さっさと殺せ‼ お前たちが耐えられたことに、その程度のことに耐えられないような雑魚はこの世に要らん。暴れだす前に害虫は駆除しろ‼」
「なんでそんなこと言うの……⁉」
規則正しい足音を止めて、ロランの近くまで来る対策軍。指令を飛ばしているのはたぶん対策軍の奴。がなり立てている内容は、隊員を鼓舞するためとはいえ聞くに堪えない。
確かに、ドラゴンに成ることも堕ちることも、全部自己責任。堕ちる人は心が弱いって考えるのは、普通の感覚。
でも、堕ちたからこの世に要らないなんておかしい。
だけどあたしにできることは何もなかった。文句の一つも言ってやれない。それをいいことに、対策軍の奴は追い打ちをかけるように侮辱した。
「堕ちるような輩だ! どうせドラゴンになった理由も、碌でもないに決まっている!」
あたしは一気に血が回るのを感じた。
最悪。本当に最悪。人生で一番頭にくる。
衝動に任せて強かに拳を床に叩きつける。冷たく鈍い音がして、押しつぶされた肉が傷みを訴えた。でもそんなのどうだっていい。
「ふざけんな……! 命を懸ける理由がろくでもない理由でたまるか……!」
あたしが襲われているのを見て、誰も助けようとはしなかった。身の危険があるから、それは当たり前の反応。
なのにロランはあたしを助けるために死にそうになった。それでも諦めないで最後には救い出してくれた。今日だって。結局は、好きでも何でもないあたしを守るために、付き添ってくれているだけ。
あたしは、ロランは
それでも助けようとしてくれる心の強さが、ろくでもないものなわけがない。
自分のことのように怒って、他人を守ろうとしてくれる優しさが、ろくでもないなんて言われていいはずがない。
けど、怒ったところで、今すぐあたしに出来ることはない。できるのは彼の合図を待つことだけ。
「……あたしもドラゴンに成れば、ロランを救えるのかな」
「――怒り、怒り怒る! 母さんは激昂。僕、おかしい? おかしいから! 母さんは幸せになれないの、ね!
ロランの言葉が過激さを増していく。理性はもう残ってないのかもしれない。
涙は止まらなかった。
「ばか……。そんなに否定しないでよ……」
ドラゴンは耳が良いんでしょ。あたしのお願いくらい聞いてくれてもいいのに。
そんな想いはロランにはまるで伝わらなくて、暴れるのをやめる気配はない。ショッピングモールは灼熱の世界と化し、青紫色の火が断続的に空気を焼く。
ぴたり、と。
ロランの動きが止まった。
妙に静かで気味が悪い。この場にいるみんなが、そう感じた瞬間だった。
「――ぅぅううああああああああああああああはははははははは‼」
フロア中を、ロランの絶叫と紫の爆発が支配する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます