小学生にアドバイスを乞う高校生の図

 あれから、暖かい服と毛布に包まれて夜を越したというのに、僕はあまり眠れないままに朝を迎えた。


 理由は分かっている。この毛布を貸してくれた時しかり、今回の服の件しかり、何故か急に液体窒素さんが僕へ対して優しくなる時があるのだ。


 そしてそんな時は決まっていつもと違う、どこか寂しげな顔をするものだから、気になってしょうがない。

 なかでも昨日、僕が将来の夢を尋ねた際の様子のおかしさはことさらに際立っていた。


 結局昨日は彼女が教師になりたがっているかも分からないまま、隠れていた地雷だけを的確に踏み抜き、ただただ心の距離が遠ざかっただけだった。成果は最悪だ。


「ちょっとは近づいてた気がしてたんだけどな」


 何だかんだ、向こうから話しかけられることも増えていた。だから僕も少し調子に乗っていたというところはある。

 けれど、僕に対して彼女の心は固く閉ざされたままだった。将来の夢という質問は、その固く閉ざされた部分だったのだろう。


 やはり僕には彼女を教師に導くなんてことは無理なのだろうか。僕ではなく、僕のせいで出会うことができなかった何者かでなければ、彼女の心は開かないのだろうか。そんな情けない考えが脳裏をよぎる。……自分で考えておいてなんだけども、それはなんだかとても悔しかった。


 あーだこーだと悩んでいたら、あたりはあっという間に夕焼け色だ。

 今日「は」というか今日「も」見覚えのない小学生が新たに一人公園にやってきた。

 

 小学生は僕を視野に入れるや否や、ロックオンしたかのようにわき目もふらず僕のところへ向かってきたことから、十中八九うまい棒をたかりに来ただろうことが予想される。

 

 一人か。もっと大勢群がってくるかもと覚悟していたけども、予想に反して訪問者は少しおどおどとした様子で歩いてくる気の弱そうな子一人だけだった。

 喜ばしいことに、絶対来ると思っていた図々しいクソガキ、藤崎瑠璃子の姿は無い。いや、橘恵美と一緒に来る可能性がまだ残っているので、ぬか喜びは禁物か。


「あ、あの。」

「何かな」

 

 少しどもりながら話しかけてきた小学生に僕が返事をすると、彼女はビクッと怯えたように身体を震わせた。僕の心が少し傷ついた。


「お兄さんが、うまい棒くれるっ人ですか?」

「うん。まぁ違うんだけどそういうことになってるね」

「あ、ありがとうございました」


 僕の返事を聞くと、彼女はくるりと回れ右した。


「あれ、うまい棒もらいにきたんじゃなかったの?」


 そのまま帰ってもらえば良いのに、何を血迷ったのか、僕は残り少ないうまい棒を狙いにきたかもしれない彼女を呼び止めてしまった。

 彼女は相変わらず僕が何か仕草するたびにビクビクと怯えていて、なんだか申し訳なくなってくる。


「えっと、ほ、本当かどうか確かめてきてって、言われただけなので」

「あー、ふーん。そ、そっかぁ」


 反応しづらい答えがどうも気が弱いことを利用され、面倒ごとを押し付けられてしまったらしい。

 彼女もそれを理解しているのか、俯いて、目には涙が溜まって来ていた。一体どうしろというのか。


「イジメはいけません!!」


 今にも泣き出しそうな小学生の前で途方にくれていた僕の耳を、最近聴き慣れた声が突き刺さった。橘恵美だ。なんと良いところに来たのか。同じ小学生だ。是非なんとかしてほしい。

 

 そう思い歓喜して声の方を向くと、眉をつりあげてこちらを睨む橘恵美と……その横に僕からうまい棒を強奪した張本人、藤崎瑠璃子がほけーっと立っていた。


「実はね、あの液体ち……星野せん……ほ、星野澪さんを怒らせちゃったみたいなんだよ」


 もう半ば慣れてきた誤解を解くという作業を終えた後、なぜか僕は小学生ズに相談をしていた。一体僕はなにをやっているんだろうか。


 小学生ズのメンバーは橘恵美、藤崎瑠璃子、そして名前も知らない、気弱そうな女の子だ。本当にどうしてこうなったのか。


「誰だそれ」


 藤崎瑠璃子は相変わらずぼけっとした間抜け面でそんな疑問を投げかけてきた。こいつは本当に何でここにいるんだ。


「えーっと。この近所に住んでるカッコいいお姉さんだよ」


 橘恵美が僕以外にもわかりやすいように情報を捕捉してくれた。


「まぁ端的に言うと嫌われたかもしれないというかね……」

「え、気づいてなかったんですか」

「まるで僕が最初から嫌われてたみたいな反応はやめてほしいんだけどなぁ」

「ま、まぁ、直接聞いた訳じゃないですけど」


 橘恵美に、側から見るとどう見ても嫌われていたと言外に伝えられ、視界がぼやける。心が、心が痛い。何故子供はこうも悪意無く人の心を抉るのが得意なのか。


「ま、まぁ、ほら、あれっ。喧嘩するほど仲が良いとも、言うし」


 現実を思い知らされて凹む僕があんまりにも哀れだったのか、気弱そうな小学生はそんなフォローを入れてくれた。

 

 藤崎瑠璃子はまだしも、この子はなぜ僕の相談を聴いてくれているのか本格的に謎である。

 見ず知らずの僕をフォローしてくれたところを見ると、悪い子ではないらしい。


「うん。ありがとね」

「あの、仲直りなら何かプレゼントすれば」


 気弱そうな子は、フォローの次はアドバイスをくれた。

 なるほどプレゼントか。僕があげられる物と言ったら……あったな。


「ああ、うまい棒」「いやエサで釣るのは」「物で釣るのもダメ」「気持ちで……」


 言い切る前に全員からダメ出しをされた。その後、僕のことを置いてけぼりにして、小学生3人の間で議論が交わされていく。

 

 あれ、もしかしてこの場で一番要らないの僕だったりしないか。いやまさかね。そんなこと…ないよな?


「あの、今いくらぐらい持ってるんですか? それによって何を買えるかが変わってきますし、参考までに聴かせてもらえませんか」


 僕が自分の存在意義について頭を悩ませていると、橘恵美が遠慮がちにそんなことを尋ねてきた。ほかの二人も僕を見ている。


「ああ、ゼロだよ」


 僕はにっこりと笑って懐からペラッペラの財布を取り出した。もちろんこの行動に小学生諸君はドン引きである。いや待てよ?


「あ、ちょっと待った。今のは嘘だ」


 そう続けた僕の言葉に、小学生諸君は肩をなでおろして、ほっとしたように息を漏らした。


「六円あったのを忘れてた」


 チャリンと乾いた音を立てて硬貨が僕の手のひらに転がった。


……おかしいな。所持金がゼロではないとわかったはずのに。何故か小学生諸君はみんなして、示し合わせたかのような深いため息をつくのだった。


  彼女たちのその呆れたような目には見覚えがあった。それは昔、僕が捨て猫をペット禁止の自宅に連れ帰ってきたとき、母が僕に向けてきた視線とそっくりだった。

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