成功率0%の絶望
「こんなの嘘だ……。」
総告白数、十四回。告白成功率、0%。つまりほぼ全滅。……クラスメイトにビッチがいないというのは喜ばしいことだ。
なんて素晴らしいクラスなのか。……自分で言っておいてなんだが、涙が溢れそうになった。
とてもじゃないがこのままじゃあ終われない。これは他クラスにも手を伸ばすしかないか。いやいっそのこと教師も視野に入れるべきか。
星野先生とか余裕でアリだ。何歳なんだろうか。まだアラサーには足を踏みこんでなさそうだけども。
新人らしいが、教師って何歳からなれるんだっけと考てみたが、分からん。
若くて20代前半くらいだろうか。アリアリだな。
しかし全滅と言ったものの、実のところこのクラスにも告白してない女子はあと二人残っている。チラリと目線を右隣の席に向ける。
そこにいるのはヤンキー女二人組である。正直睨まれるし罵倒されるし怖いからスルーしても良いのだけど、それだとまるで僕が逃げたようでプライド的によろしくない。
「あのー、二人の名前ってなんだっけ。」
「は?」「あ?」
ループする度に初会話なので、毎度この威圧を受けなければならないというのもなかなかに辛い。
「お前、秋にもなるのに隣の席の奴の名前も覚えてないのかよ。」
金髪ヤンキー女がマジかと目を見開いて僕を見てきた。ごもっともだ。
「マジで?私らって不本意ながら割と有名な方だと思ってたんだけどー。」
「悪名だけどな。」
なるほど。二人の反応からしてクラス内での知名度は高いらしい。
この外見からして確かに話題になりそうだ。ギャルギャルしいし。
「へー。確かに見るからに悪名は高そう」
「ケンカ売ってんのかコラッ!」
僕の素直な感想に金髪ヤンキー女が拳を上げてきた。
「まぁまぁ菜々子。悪名の高さ実演しちゃってっから抑えて抑えて。」
しかしそれを茶髪ヤンキー女がどうどうとたしなめる。このやり取り、デジャヴを感じるなぁ。
「私は馬かよ。」
金髪ヤンキー女は不貞腐れたように唇を尖らせた。
「まぁまぁ。けど私たちに声かけてくる時点で金出せばヤれるって噂に踊らされた童貞ぐらいなもんだしね。あと噂を本気にした教師とか。にしてもクラスメイトに名前覚えられてないとかショックですわー。」
「あの噂流した奴は絶対殺す。5000円でヤらせてくれるってマジ?って聞いてくる奴も殺す。だからおまえも聴いてくんなよ。殴るかんな。」
「あ、僕プラトニックな恋愛希望なんで大丈夫。」
女の処女だけじゃなく男の童貞にも価値があると思ってる人間なんで。
愛もなく、ただ一時の快楽のために童貞を捨てることに価値があるとかちゃんちゃらオカシイと思ってる派なんで。
つーかそんな気の迷いで妊娠でもさせちゃったらどうする気なのか。気持ち良いという一利の為に百害を背負いこむのはただのアホウである。
「わー、童貞っぽいこと言ってる。じゃあ君はゲスくない童貞さんか。」
「即答されるとそれはそれでムカつくな。」
ずっとケラケラ笑ってる茶髪ヤンキー女に比べて、金髪ヤンキー女はエベレストの山頂かってくらい沸点が低い。またキレかけてるし。
チラリと時計を確認すると、ループまであまり時間がない。僕は脱線した話を戻すように咳払いをした。
「んん。どうでも良いけど名前は」
「どうでも良いって言うな! 菜々子だよ。加藤菜々子!いちいちイラッとする奴だなお前は。クラスメイトの、それも隣の席の女の子の名前覚えてなかったんだぞ。もっと申し訳無さそうにしろ」
「名前はなんていうの」と言い切る前に食い気味で答えられた。
どうせループするしと思うとこんなに怖いヤンキーも平然と相手が出来る。正真正銘の後腐れないってやつだ。
ただ殴るのはやめてください痛いのは嫌なんです。暴力はいけないよ。
なんだかんだでまだ僕が殴られずに済んでいるのはひとえに茶髪ヤンキー女様のお陰です本当にありがとうございます。
「じゃあさ。そういう菜々子はこの童貞君の名前言えるわけ?あ、ちなみに私は加賀恵、よろしくー。」
ヤンキーAさんは加賀恵というらしい。
加藤菜々子に加賀恵。彼女たちの名前が、僕の脳内でヤンキー女に上書きされた。どちらもヤンキーなのに随分と可愛らしい名前である。
DQNなんだからもっとDQNなネームかと思ったのに。意外と普通だ。生まれた時はDQNもただの子ということか……。
あと加賀恵、僕を童貞君って呼ぶのやめろ。童貞は誇るべきことだが、性行為を連想させる単語を呼び名に使うのは非常識である。
「し、知ってるよ。知ってるに決まってんだろ。」
そう言いながら、あんなに僕のことを睨んでいた加藤菜々子が今は目をキョロキョロと左右に泳がせていた。声も萎んでいる。
ああ、人の心に理解のない僕にもわかる。これは覚えてないやつだ。
「だよねー!あんだけクラスメイトの名前知らないのを非常識扱いしておいて、自分が分かんないなんてあるわけないよねー!ごめんごめん。」
加賀恵はわざとらしくそう言って、「たはーっ」と自分の額を手のひらでペチンと打った。なんか面白いなこいつら。
「お、おう。あたり前だろうが」
相変わらず加藤菜々子の目は忙しなく左右にスイミング中だ。
「ウンウン。だよねー。で、彼の名前は?」
「えっと……あ、あー」
加藤菜々子はこちらをチラチラも伺うが、僕の名前は「あ」からは始まらない。僕は呆れたような目を彼女に向けた。
「じゃなくていー」
「でもなくてうー」
彼女はチラチラと僕の方を見てきては名前の出だしを変え続け出した。
まさかこいつ、これを五十音順全部やるんじゃないだろうな。
「ハ行だよ。」
ついヒントを出してしまった。何せどう見ても覚えてないのがバレバレなのにまだ隠し通せると思っている姿があまりにも哀れだったのだ。
「は、橋」「藤崎仁だよ。」
どうやらヒントは無駄だったらしい。
しかし、自己紹介したところで次のループでは全てなかったことになる。
これは絶対に覚えてもらえない自己紹介なのだ。そう思うと少しだけ虚しくなった。
「あれれー? 菜々子あれれー? さっき自分で彼になんて言ってたっけ?あっれれー? そのくせ自分の方は彼の名前覚えてなかったんだー!へー!」
嬉々として加賀恵が畳み掛けた。ニヤニヤと実に楽しそうである。
対する加藤菜々子はグゥの音も出ないようでプルプルと下を向いて震えている。
「ぐっ、どうもすいませんでした……」
「んー? 聴こえないなー!」
加賀恵はボソボソとした謝罪をする加藤菜々子の口元にぐいっと聞き耳を立てながら顔を近づけた。
「どうもすいませんでした!私の方こそあなたのお名前をお覚えしてなくてすいませんでした!これでいいだろうが!」
加藤菜々子は涙目で逆ギレである。そして何故か加賀恵ではなく僕の方を睨んできた。
なんともスムーズな逆ギレからの逆恨みの不条理コンボである。
「あー面白。やっぱ悪いことしたら謝らなきゃねぇ。」
加賀恵がゲラゲラ笑って、加藤菜々子はぷいっと拗ねたように顔を背けた。
「あ。漫才終わった?」
「はぁ!? 漫才ってなんだテメェ、やっぱ喧嘩売ってんのか!」
ようやく茶番が終わったのかと僕の放った一言で、加藤菜々子は顔を真っ赤にして、加賀恵は腹を抱えて笑い出した。そして更に激昂する加藤菜々子。
なんとからかい甲斐のある奴だろうか。加賀恵がニヤニヤしながら揚げ足を取りに行くのも分かる気がする。
いちいち僕の言葉に律儀に反応してくれるところをみると、加藤菜々子は言葉遣いの悪いだけのただの良い人のようである。
ふと時計を見た。ああ、残念なことにそろそろタイムループだ。もっと二人のコントを見ていたかったのだがしょうがない。
多分二人はヤンキーよりも芸人の称号がふさわしいと思う。
いや、ヤンキーは僕が勝手につけた称号だけども。
ヤりたい盛りの童貞君達も「ヤらせてくれ! 」ではなく、「コントを見せてくれ!」とお願いすべきだろう。そうすれば殴られることもないし、茶番も観れる。いいことづくめである。いや結局殴られはするかもしれないな。
もう次のループから「あ?」とか威圧されても笑っちゃうかもしれない。
もしこのループが終わりを迎えたら、みんなの前で「コント見せてくれない?」と聴いてみよう。
もしかしたらヤらせてもらえるという噂を、コントを見せてもらえるという噂でかき消せるかもしれない。なに、笑わせてもらったお礼というやつである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます