鍵のなる木

 ひとつだけ選んだのはディンプルキーだ。爪先立ちで枝を引き寄せ、鍵を何度か捻ると、ぽきりと軽い音を立てて外れた。

 冷たく硬い、よく熟した鍵だ。銀色に輝いている。手に取って構えてみると、誂えたようにしっくりなじんだ。

「名を刻みましょう」

 案内人に促され鍵を渡す。彼は両手で鍵を挟み、拝むように額に当てた。

「何と?」

「烏の足音」

 初めから決めていたわけではなかったのに、鍵の名はするりと浮かんだ。

 返答の代わりに案内人の手の間から光が漏れる。それは一瞬で、彼はすぐに私に鍵を返した。

「開閉のたびに烏が訪れる、良い鍵です」

 案内人の言葉と共に、強い風が吹く。視界を遮る髪をかき分けると、私は延々と両側に扉が並ぶ廊下にいた。眩しいほどの明るさに目をつむる。ぎゅっと握った拳には冷たくて硬い鍵があった。


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2020.05.12 18:50

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