魔女の願い

 長閑なはずの森が荒らされていた。金属がぶつかる音。人の声。魔女の眷属となった猫には、時折、木々の叫びも聞こえた。

 魔女が気付いたときにはすでに家は武装した兵士に囲まれていた。扉に鍵をかけ、防御の魔法を施すだけで精一杯。それほど長くもつものではない。

「あなたにはお使いに行ってほしいの」

 猫を抱き上げて、魔女はその首に光る木の実をかけた。

「これを届けてね」

 魔法樹の実は願いを聞いてくれる。ただし、叶えてくれるかどうかはわからない。叶ったとしても、いつになるのかわからない。

 今すぐ必ず願いが叶うなら、どれだけ良かったことだろう。

 猫は抵抗した。お使いなんて嘘に決まっている。

「ダメ。おとなしくして」

 魔女は猫の額を軽く突く。それだけで猫は動けなくなった。魔女は手早く魔法陣を描くと、猫を乗せた。意識を失う前、猫が最後に見たのは魔女の笑顔だった。

「あなたに幸せが訪れますように」

 遠くに飛ばされた猫は必死で魔女の家を目指した。けれども、やっと帰り着いたときには家もなく、魔女もいなかった。

 猫はぐったりと倒れこむ。魔法樹の実がころんと転がった。


「おかえりなさい」

 猫は懐かしい声に目を開ける。そこには魔女がいた。最後に見たときと変わらない。

「お使い、ありがとう」

 魔女に抱きしめられると、自分がみるみる元気になっていくのがわかった。

 時間が巻き戻っている。

 驚く猫に魔女は微笑んだ。

「今度は一緒に幸せになりましょうね」

 魔女が願った猫の幸せは、魔女の幸せでもあったのだった。





----------

2020.02.05 21:03


本田モカさんの「魔法樹の実」という作品のおまけペーパーに掲載される「魔法樹の実のお話」のひとつとして書いたもの。

※ペーパー掲載作はこれよりもちょっと短いバージョンです。


★本田モカさんのTwitter

https://twitter.com/hondamoca

★「魔法樹の実」について

https://twitter.com/hondamoca/status/1209440706084790274?s=20

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る