第31話
家での試食を経て、妹以外は大絶賛してくれた自作メニューをバイト先で店長、社員へのお披露目となる当日、開店前の少し早い時間帯にそれは行われた。
「よし、始めてくれ」
店長の一言で、まずは普通の平たいハンバーグではなく、ボールのように丸状になっている和牛のハンバーグを焼き始める。そして業務用のごまドレッシングを器に入れる。そこにおろしにんにくを少量、そこにラー油を垂らしてすりごまを多目にまぶしてかき混ぜる。薬味ネギ、オニオンフライを最後に乗せてソース自体は完成だ。あらかじめ熱した鉄板に玉ねぎスライス、ポテトなどをいつも通りの飾りを乗せて、焼けた和牛ハンバーグを置く。完成したごまドレッシングソースをたっぷりとかけ、熱した鉄板の上でソースに熱が入れば少しとろみが増し、味にも旨味が増す。煮詰まり過ぎないようにするのがポイントだと自宅で学んだ。
「で、出来上がりました!」
指に跳ねてくる熱々のソースに歯を食いしばりながら耐え、店長と社員の前にそれぞれ並べた。ホールの影から五十嵐や他のアルバイト達がこっそりと見守っていた。緊張感漂う中で試食は行われた。実際、プロに素人が試食をしてもらうなど、どこの料理番組なんだと思いつつ直立不動で黙々と食べる様子を見守った。やがてそれぞれが順に食べ終わりナイフとフォークを置く。食べ終わった社員はちらちらと店長の方を伺っていた。店長はじっくりと味わい、時に手が止まり考えるような仕草をしたり、プロとして冷静にかつ真剣に向き合っているように見えた。
やがて「ご馳走様」と店長がナイフとフォークを置き、ナプキンで口を拭いた後、大きく息を吐いた。いよいよ判定が下る。
「期待してたんだけどなあ」
そうぽつりと呟くと、他の社員達も頷いていた。自分はその一言に俯くしかなかった。自信があったからこそショックが隠せない。託してくれた店長達の期待を裏切り、自分自身が期待していた結果にも裏切られてしまった。やはり素人は素人なんだと痛感した。軽く一礼し、開店の準備に戻ろうとした。
「それを更に超えてきちゃったな」
体がぴたりと止まる。
「正直謝る」と店長が自分に頭を下げた。訳も分からずうろたえていると、店長が顔を上げた。
「渡部君を舐めてた。期待していたラインを遥かに超えてきた。これでいこう!本審査で駄目だとしても、うちの店はこれをメニュー化する」
店長、そして社員達も大きく頷いてくれた。先程の一礼よりも更に深々と一礼すると、見守っていたアルバイト達から大きな拍手が起こった。心地良い達成感と言葉では言い表せない喜びの感情でごった返していた。五十嵐が「パーティーしましょう」とはしゃいでいたが、社員に開店準備をしろと一喝されていた。
それから更に一週間後、いつものように開店前の準備をしていると、慌てて来た社員に手招きされた。
「え、何でしょう?」
「社長、専務がお前に会いに来てんぞ!」
自分も慌てて手を洗い、小走りでホールに出ると、そこには社長と息子である専務が店長と話をしていた。何度か二人を見た事はあるが、面と向かうのは初めてかもしれない。高そうなスーツに洒落たネクタイ、白髪の短髪で少し色の付いた眼鏡をかけたお洒落な人である。息子の専務は体格が良く、迫力があるが実は優しい、そんな人だと聞いていた。
「渡部君か?」
「は、はひい」
ただならぬ緊張で足がすくみ舌が絡まる。それを遠くから見守っている他のアルバイト達の中から「レジの金やっぱり盗ったんすかね?」と五十嵐の懲りない一言が聞こえた。
「おめでとう」
「へ?」
優しい笑顔の専務がそう言うと、社長が紙のような物を筒から取り出した。それは賞状だった。
「渡部光輝殿。貴殿は新メニュー考案において、日頃の経験、努力を基にお客様を喜ばせる事のできる新メニューを開発した事を賞します。」
そう言うと金一封と書かれた封筒と、持っていた賞状を渡してくれた。
「早速、宣伝させていただく」と取り出したのは、カラー印刷されたチラシだった。
「新メニュー!和牛ごまソースハンバーグ」と名付けられた自分が考案した新メニューが堂々と掲載されていた。これからこのメニューを食べるお客さんがどんな反応をするのか、美味しいと言ってくれるのだろうか、また食べに来てくれるだろうか、楽しみは増すばかりだ。そして何より幾多の考案された新メニューから、アルバイトの自分のが選ばれた現実に驚いた。
「あ、ありがとうございます!」
二人に向かって感謝を述べると、社長が手を差し出した。その握手に応じると、隣にいた専務が口を開いた。
「いつか渡部君と仕事ができたら、なんてね」
「そうだな。いつかうちの力になってくれたらいいなぁ」
その二人の言葉がその日の仕事中、ずっと頭に響いていた。自分がこの店、この会社の社員としてという事だろう。冗談のようで冗談ではない二人の言葉に嬉しさと戸惑いがあった。しかし自分の中で何かが動いた事も感じられた。これまで自分自身で見えていなかった事、それがようやく形として見えた気がした。
「よし」
旅行に行った父、母に一通のメッセージを送信した。時期としては割とぎりぎりだが、まだ間に合うはずだ。
「調理士の勉強がしたい」
そうメッセージを送った。すぐに返事が返ってきたが、泥酔しているようで、全く関係ない仲良くなった他の宿泊客達と宴会をしている写真が送られてきた。帰宅してから、今日の中で一番嬉しい事があった。両親は旅行で不在のため、妹の夕飯は妹が自分で用意する事になっていた。既に食事は済まされており、シンクの中に食べ終わった後の食器が入っていた。覗いてみると、それらの皿にはハンバーグを食べた跡があった。いくつか試食用に店長から貰ったハンバーグの残り、そして余ったごまドレッシングソースをかけた跡があったのが何よりも嬉しかった。そんな食事を澄ました食器を嬉しそうに眺めていると、後ろから「まじ気持ち悪い」と、今の自分の姿の全てを要約する妹の一言が放たれた。
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