第30話 真価
宗一郎と別れ、母屋へ戻った時には午後九時になろうかというところだった。
通用門をくぐると母屋に明かりが点いているのが見えた。夜空はまだ起きているらしい。敷地内を照らす光はなく、辺りには闇が広がっていて様子がよくわからない。
まずは狼のいる離れを訪れる。引き戸に手をかけようとしたところで、磨りガラスの向こうにヌッと人影が現れ、八尋が驚いているうちに扉が開いた。狼がそこにいた。
「戻ったな」と口にする狼に、八尋は動揺を隠しながら「話ってなんだよ」と問いかけた。
「わからないか」責めるでもなく、淡々とした口調で狼が言う。「母屋へ近づいてみろ」
「そうすればわかるのか」
八尋は半ば諦めて訊ねた。
「おまえの注意深さによる」
身も蓋もないことを言う狼に呆れながら八尋は母屋へと向かった。狼は離れから出てきたが、八尋にはついてこず外塀のそばに立っている。
やがて、八尋も異変に気づいた。暗がりだったのでわからなかったが、近づいたことでようやくぼんやりと様子が見えてきた。
母屋のそばの地面があちこち荒れていた。よく見ると一カ所大きく陥没している箇所があり、そこから四方へ細く伸びるように土が崩れている。何があったのだろうか。
いや、待て。八尋はふと違和感を覚えた。
ここには何があった?
そうだ。あったはずのものが、なくなっているのだ。何があったか思い出せ、と考えを巡らせる。
足元に転がる落ち葉が目に入り、はっとする。
あの大樹がなくなっている。
陥没しているのは大樹がそびえ立っていた場所だ。そうすると、地面の荒れ様は前後左右に伸ばされた根があった場所に発生しているようにも見える。地中に張り巡らされていた根が突如消失し、出現した空白を埋めるように土が崩れたのではないか。
スマートフォンのライトで照らしながら、もう一度地面に視線を落とす。
ない。渡り廊下から見たはずの軒下のコスモスがなかった。雑草まで根こそぎ消えている。
今歩いてきた道を振り返って照らす。植物が生えている箇所と生えていない箇所のラインを見つけた。そこに壁でもあったかのように、くっきりと境界を作っていて、母屋を中心とした内側にあるのはむき出しの大地だけだ。
八尋は狼を見た。塀の作る暗闇とほとんど一体化していたが、「確認しろ」という声はしっかりと八尋の耳に届いた。狼はそれだけ言うと離れへと戻っていった。
母屋へ入ると、出かけた時と同じ部屋で、同じように座りながら、夜空は本を読んでいた。
「お帰りなさい」
顔を上げた夜空がちらりと八尋を見てすぐ本に目を戻し、それから再び八尋に顔を向けた。八尋が突っ立ったまま自分を見ているので不審に思ったのだろう。
「どうかしましたか」
「表の樹がなくなってる」
夜空は窓のほうへ視線を投げるようにしてから、「そうですね」と言って八尋へ顔を戻した。驚く様子もない。
「君がやったのか」
「私の意思ではありませんが、その通りです」
淡泊に答える夜空。
「私の呪いがかかった生物は全て消滅します」
八尋は改めて思った。無差別に周囲の生命を奪うギフトを、自分はどうすればいいのだろうか。
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