#11、大型クエスト④


 夜明け前。

 集合場所の門には、既に冒険者がちらほらと立っていた。傍にはギルドが用意したらしき馬車が七台あり、職員だろう男性や女性が馬に餌を与えたり毛並みを整えている。

 あれに乗って目的地まで行くのだろう。

 フィール及び黄金の剣は、それらに近付くと指揮官のガイウスの姿を捜す。


 大型クエストというのもあり、こういった報告はきちんとしなければならないのだ。いまは絶対に無いわけではないが、昔、前払いの金だけ持ってとんずらした冒険者がいたのだとか。



「ガイウス。黄金の剣だ」


「ほう、時間前に来るとは感心だな。よし。出発は夜明けの鐘が鳴り次第だ。それまでは待機していてくれ」


「了解」



 バインダーに閉じた紙へガイウスが、ペンで○を書き込む。恐らく出欠表か何かだろう。特に話す事もないのでフィール達は、自分達が乗るであろう馬車に近付いた。

 朝の冷たい空気に混じって、獣独特の臭いが鼻をつく。

 荷台を引く馬は二体。よく調教された、がっちりとした馬がブルルと鳴いていた。

 カタールの村にも数馬在籍していたが、ここまで凛々しくはなかった。

 本当に同じ馬なのか。フィールは栗色のそれに駆け寄り、まじまじと眺める。



「ナンデェ、嬢ちゃん。馬は初めてか」



 右から太く、やや酒焼けした声がかかり、振り向く。

 夜明け前のため、少々見辛いが顎に立派な髭をこさえた老齢の男が一人立っていた。

 誰だコイツとフィールは首を傾げる。どれだけ記憶を漁っても、会議室にいた面々の誰とも一致しなかったからだ。

 かと言ってギルドの職員かといえば、そうでもない。何せその男はガイウスとまではいかないも、老人にしては逞しく、重厚な鎧に身を包んでいた。その姿から傭兵或いは冒険者としか思えなかった。


 頭に疑問符を浮かべたフィールに、男は「ああ」と一つ頷く。



「いきなりすまねえな。ワシはドリトラ。今回、この依頼に引っ張り出された元冒険者じゃ」



 元冒険者とはその言葉の通り、加齢やパーティーメンバーの喪失、負傷など様々な理由で冒険者を辞めた存在をさす。

 話を聞くと顎髭の人物、ドリトルはハーピー討伐に限り御者兼救出補助として三人の弟と共に加わったのだと言う。



「ハーピーの退治にゃ参加できねえが、これでも元Cランクパーティーだ。しっかり救助者の保護すっから宜しくな」


「フィールだ」


「良い名じゃのぅ。ワシがあと三十年若けりゃお前さんにアタックしてるところじゃ」


「……アタック」



 なるほど手合わせか。

 この男は戦闘好きなのだろうと誤解釈していると、ドリトルの後ろから彼と全く同じ顔が話に乗ってきた。唯一違う点といえば、重厚な鎧ではなく、軽装備と背中に大弓を背負っている事くらいだろう。



「四十年の間違いじゃろうに、兄者」


「なんじゃ、ドリトレ。せっかく美女と楽しくお喋りしとったんに水をさしおって」


「ブルルル」



 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人に、栗毛色の馬が抗議するように嘶く。



「なんじゃオメエラまたそんな騒いで。馬がおごっでんぞ」


「んだんだ。周りの迷惑になっがら静かにしろアンちゃん達」



 そっくり四人衆、残りの二人が参上した。

 見た目から濁点声のが槍使い、諌めた方は魔法使いだ。

 同じ身長、同じ体格、同じ顔、同じ髭。

 ある種の生命の神秘だ。

 初めて目にした四つ子に目をぱちくりとしていると、フィールを心配してかそれとも騒動を起こしてないか、ギルバート達が駆けつけてくる。もちろん彼等もドリトラ四兄弟を見て、驚いていた。



「おっ、フィール嬢ちゃんの仲間かい」


「あ、ああ。オレは黄金の剣でリーダーやってるギルバートだ。こっちはクロード」


「おう。ワシらは“王蛇四兄弟”じゃ。順にドリトラ、ドリトリ、ドリトル、ドリトレだ」



 多分装備を取ったら誰も分からない。

 ギルバートは苦笑いで、おうとだけ返した。


 そうこうしている間に夜明けの鐘が鳴る。

 昨日会議で見た面々、それから“聖騎士の誓い”もそこにいた。

 フィールの視線に気付いたジークムントが、友好的な笑みで右手を振り、反対に魔法使いのモニカが射殺しそうな目で睨み付ける。



「全員揃ったな。よし、各自馬車に乗れ。準備が出来たところから順次出発する!」



 ガイウスの声に、集まっていた冒険者がぞくぞくと馬車へ乗り込んでいく。

 フィール達は馬車を背にしていた事もあり、そのまま“王蛇四兄弟”と荷台に乗り込み、門を出発した。











 静かに馬車が街道を進む中、一つの荷馬車に美しい女性の声が響く。

 馬車の中には女を含め女性が四人、男性が一人乗っていた。

 彼等は“聖騎士の剣”。

 特別に1パーティーで荷馬車使うことが許されたチームだ。



「モニカ。防音魔法は張ってるけど、もう少し声のボリューム落として。耳が痛い」


「うっさい。今そんな事どうでもいいわ。それよりジーク、あの田舎娘をパーティーに勧誘するって本気なの!?」


「ああ。そのつもりだよ」


「諦めろ、モニカ。ジークは言い出したらなかなか曲げねぇぞ」


「何でアンタはそうなのよ! ねえジーク、もう一回考え直してみてよ。クロードとやらに嫌がらせするにしても、わざわざパーティーランクを落としてまでやることじゃないでしょう」



 よほどフィールが気にくわないのだろう。モニカは必死でジークムントに食ってかかるが、当の本人は爽やかな笑みを返すだけで何も言わない。



「なっ、無理じゃね?」


「モニカ。諦めは大事」


「アンタ達は諦めが早すぎ!」



 残念ながらモニカの味方はいない。



「っ。例えあの女が実力者でもアタシは嫌よ! 今でも戦力は充分足りてるじゃない。それでもどうしてもっていうならアタシにも考えがあるから」


 (あの女を殺す、もしくは二度と冒険者を続けられないようにしてやる。アタシからジークを取る女なんて害悪でしかないわ)



 モニカは聖騎士の誓いに入る前、ソロの冒険者だった。きっかけは幼い頃に母を亡くし、暴力的な父から逃れるため。

 『女は黙って男に従ってればいい』

 そう言って嫌な事、酒が入る度にモニカを殴った父親から男という生き物を心底嫌っていた。冒険者になってからもそれなりに嫌な思いも危険な目にもあった。

 けれどモニカは屈しなかった。

 女は男に従う存在なんかじゃない。それを証明したくて、がむしゃらに生きた。


 そんな生活が変わったのが、ある依頼。

 常に万全の態勢で挑んでいたモニカだが、自分の功績を妬んだ同業の男に陥れられそうになったのだ。

 周りは誰も信じてくれなかった。

 その中で唯一自分を庇い、冤罪だと暴いてくれたのがジークムントだったのだ。


 彼は何の見返りも求めず、困っている人がいるなら助けるのは当たり前だと言い放った。まさに青天の霹靂だった。

 その後は恩を返す為といって何度か一緒に仕事をする度、自然とパーティーを組んだのだ。


 それからはモニカの考えは変わった。

 彼のためなら何だってした。危険な場所だって喜んで一緒に行った。より役に立つために、きつい修行だってこなしてきた。


 それをポッと出の、何の辛い思いもしてなさそうな顔だけの女がジークの興味を奪った。許せるわけがなかった。


 ジークは自分の物。

 モニカは心底そう思っていた。



「分かった。じゃあ今はやめるよ」


「ジーク!」


「おー、良かったなモニカ」



 (まあほとぼりが覚めたらまた言い出すんだろうがよ)


 嬉しそうに顔を輝かせるモニカを見ながら、ルイズは内心で呟いた。







 一方その頃のフィール。



「へくしゅ」


「フィー、もしかして風邪?」


「いや。風邪は生まれてこの方引いたことがないが」


「もしかしたらそれが今かもしれんぞ。ほれ毛布貸してやるからこれでも羽織っておけ」



 非常にアットホームな雰囲気で、街道を進んでいた。

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