第23話

きこり小屋に身を隠して五日が過ぎた。

お父さんやソニアさんが毎日食料を届けてくれるので食べることには困らないがそろそろ家に帰りたい。

けれどマリーナは一向に村から出ていく素振りを見せない。

お父さんに聞いた話だと出ていくどころか公爵宛にこの村に屋敷を立てて移り住みたいというふざけた内容の手紙を書こうとしているらしい。

公爵家の領地でもない土地でそんな我が儘が通じるはずはないと思いたいが、権力を振りかざせば容易く現実になりそうで怖い。


そんな不安を抱えて過ごしていると不意に小屋のドアが四回ノックされた。てっきりお父さんかソニアさんが今日の分の食事を持ってきてくれたと思い、何も警戒せずに私は鍵とドアを開け思わず息を飲んだ。

ドアの向こうにいたのはお父さんでもソニアさんでも、ましてやジークさんでもない。


目の前に居たのは私の姿を見て安堵の表情を浮かべたリエナだった。


「あぁ、スザンナお嬢様!村を出られたと聞いた時は胸が潰れる思いでしたがご無事で良かったです」

「リエナ……」


思わず近くにマリーナがいるのではと辺りを見回すとリエナは私を安心させるように微笑んだ。


「ご安心ください、私一人です」


確かに周囲に人の気配はない。

私は安堵の息を吐くとリエナを小屋の中に招き入れすぐにドアを閉め内側から鍵をかける。


「どうしてここがわかったの?」


この場所も合図になるノックの回数もお父さんとソニアさんとジークさんしか知らないはずだ。

三人がマリーナの侍女であるリエナに話すわけがないと思いながら問い掛けるとリエナは悪戯っぽく笑った。


「マリーナお嬢様に頼まれてスザンナお嬢様を探しに森に入った時、村の男性を見つけてついてきたらたまたまスザンナお嬢様を見つけたんです」


運はいい方なんでと微笑むリエナに私は目を伏せた。

リエナがこの場所を知ってしまったと言うことはマリーナも既に知っているのかもしれない。そうだとしたら私はこの小屋からも出ていかねばならなくなる。

そんな私の不安を察したのかリエナは慌てて言葉を続けた。


「この場所の事はまだマリーナお嬢様に伝えておりません。私はスザンナお嬢様のお気持ちを知りたくて一人でここまで来たのです」

「私の気持ち?」


首傾げるとリエナはこくりと頷いた。


「スザンナお嬢様、公爵家に戻るつもりはありますか?」


その質問をリエナがした事に一瞬驚いたがきっぱりと否定する。


「無いわ、私の家も家族もあの村にあるの。例えマリーナが望んでも……万が一公爵が望んでも、私が公爵家に戻ることは絶対にない」

「そうですか……少し寂しいですけれどスザンナお嬢様にとっての幸せが一番ですものね。ならば私もマリーナお嬢様を説得し引き下がっていただけるように頑張ります」


リエナは私の手をそっと握ると真っ直ぐにこちらを見つめる。

それは私の味方になってくれるという意味なのだろうか?


「……そんなことをしていいの?私はもう公爵令嬢じゃない、リエナの主人は公爵でありマリーナでしょう?」


私に味方しようとしてくれる気持ちは嬉しいけれどそんな事をしてはリエナの立場が危うくなってしまうかもしれない。

心配する私にリエナは「大丈夫です」と笑う。


「マリーナお嬢様も私の言葉なら聞いてくださるかもしれませんから。それにこう見えてうまく立ち回るのは得意なんですよ」


胸を張ってそう告げるリエナに頼もしさを感じた私は彼女に感謝の言葉を述べた。


その後私たちはリエナが戻らなければいけないという時間まで一緒にお茶を飲んでお喋りを楽しんだ。

お茶と言ってもソニアさんが届けてくれた薬草のお茶だ。公爵家で出る立派な紅茶では無かったけれどリエナは私が淹れたそれを美味しいと喜んで飲んでくれた。


私達は時間が許す限りいろんな事を話し、リエナもまた私が居なくなってからの出来事を話して聞かせてくれた。

昔私に良くしてくれた使用人の皆も元気働いていると聞いて安心した。

次第に話題は最近の出来事へと移りリエナは村に滞在するようになったマリーナの事を話はじめた。


賊に襲われ壊れた馬車の修理も終わり、もう帰れるというのにマリーナがなかなか帰ろうとしないらしい。

私が村から出ていったという話を聞いても「この辺りにまだいるかもしれない」といって諦めようとしないのだとか。


「マリーナお嬢様はスザンナお嬢様を探すために滞在すると仰ってますが、別の理由があるのは誰の目から見ても明らかです」

「別の理由?」


首傾げた私にリエナはこくりと頷く。


「マリーナお嬢様はスザンナお嬢様のご友人であるジーク様に気があるようなのです。私にはスザンナお嬢様の捜索をお命じになるのですがマリーナお嬢様御自身はジーク様から片時も離れようとしませんから間違いないかと」


リエナの言葉に胸の中から何か黒い感情がどろりと溢れる。

お茶の入ったカップを持つ手に思わず力が籠るがリエナはそれに気がつかないまま言葉を続ける。


「ジーク様も最初はマリーナお嬢様を拒んでいらっしゃったのですが最近では仲睦まじい様子でして。このままお二人が上手く行けばマリーナお嬢様はスザンナお嬢様を連れ戻そうとは思わなくなるかもしれませんね。それほどジーク様に夢中ですから」


(仲……睦まじい……?ジークさんと、あの子が?)


胸の中のどろどろした黒いものが冷たい塊になって胸の中でごろごろしているような、そんな不快感と共に指先が冷えていく。

リエナはそんな私に気がつくことなくお茶を飲み終え帰る時間だからと村に帰っていった。


仲睦まじいということはジークさんはマリーナに心を寄せているのだろうか。

もしそうならリエナの言うようにマリーナはジークさんに夢中になって私のことなど気にも止めなくなるかもしれない。そうすれば私はまた村で平和に暮らせる。

なのにどうしてこんなにも不愉快になるのだろう。


自分でも理解できないもやもやとした気持ちを抱えながら私は一日を終えた。

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