第7話
バタバタとウォルトさんの足音が遠ざかっていく。
「……あ」
傷付けてしまったと思った。
私だって母が亡くなった時はしばらく立ち直れなかったのに。最愛の人が居なくなってしまったウォルトさんの気持ちを考えて言葉を選ぶべきだった。
「ごめんなさい……」
項垂れる私の頭をソニアさんがそっと撫でる。
「スザンナさんは悪くないわ。私は……少し覚悟していたからまだ大丈夫だけれど……ウォルトはずっと信じていたのよ、クレアはいつか帰ってくるかもしれないって。だから受け入れられるだけの時間が必要なの」
「あの……でも、放っておいていいんですか……?」
家を出ていってしまう程に私が傷つけてしまったのなら、せめて謝りたい。
母が亡くなった事実は変わらないけど、本当の父にまで嫌われたくはない。
「大丈夫よ、夕食までには帰ってくるでしょう。気になるのなら追い掛けてみる?」
ソニアさんのかけてくれる明るい言葉に小さく頷く。彼女はウォルトさんがいるであろう場所を教えてくれた。
お礼を行ってウォルトさんを追い掛ける。ソニアさんは私の体を心配してストールを一枚羽織らせてくれた。
ソニアさんの家を出るといつくかの田畑や民家、お店が目に入った。
ここが母の育った村。
洗濯しながら井戸端会議をする女性達や農作業をする男性達、道端で遊び回る子供達が活き活きと輝いて見える。
公爵家に居た時は公爵が私の外出を許さなかったので街に出ることは無かった。屋敷の中と周辺の庭が私の世界だった。
ウォルトさんを追いかけようとしてたのを忘れ、ついその光景に見入っていまう。
(……って眺めてる場合じゃない。ウォルトさんを探さないと)
ソニアさんに教えられた場所を目指し歩き出す。
聞いたところによると家を出てすぐ目の前の道をまっすぐ村の外れまで歩くと小さな湖があるそうだ。そこにウォルトさんは居るらしい。
村の様子を横目に見ながら足を動かすとやがてキラキラ光る水面が目に入った。あれが湖だろう。
近付いて辺りを見回してみると私の居る場所から少し離れた岸辺に膝を抱えて座り込んでいるウォルトさんを見つけた。
すんなり見つかった事に安堵しつつゆっくりと近付く。
「あの」
「分かってるんだ受け入れるしかないってことは」
声をかけた瞬間ウォルトさんの震える声が聞こえた。
「……いくら拐われたとしても、貴族に見初められたなら俺なんかと暮らすより幸せに……裕福な暮らしが出来ると思っていた。それが……死んでいたなんて。こんなことなら……何を犠牲にしても助けに行くべきだったんだ……」
ウォルトさんが抱えているものは後悔だ。
あの時こうしていたら、自分が何か行動を起こしていたら『今』は変わっていたかもしれないという後悔。
私も母が亡くなって後悔した。
もっといろんな事を話せばよかった、相談すればよかった、たくさんの時間を過ごしたかった抱きしめて大好きって伝えればよかった。親孝行すればよかった。
私がもっと早く前世を思い出していれば母は死なずに済んだかもしれないとも考えていた。
けれど、『もしも』は空想でしかないのだ。そんな空想を始めたら切りがない。
(お母様は公爵家で強く生き抜いて私を守ってくれた。そんなお母様に誇れる娘でいたい)
いつか私が寿命を迎えた時、迎えにくるであろう母に胸を張れる自分でいたい。
「……ウォルトさんが知ってるお母様は、大好きな人が落ち込んでいる姿を良しとする人間でしたか?」
私の声にウォルトさんが顔を上げる。
「私が知ってるお母様は、娘の幸せを喜んでくれる母でした。お母様は今でも私を見守っていてくれると信じています。私は私を見守っていてくれるお母様を笑顔にしたい。だから落ち込んでも悩んでも悲しんでも、受け入れて生きていくことを決めました。私が強く生きて幸せになる事でお母様も幸せに出来ると思うから」
だからウォルトさんにも前を向いて欲しい、そう思って言葉を選びながら伝える。
悲しむなとか後悔するなとか言うつもりはない。母を失って悲しい気持ちは私も同じだから。
でもウォルトさんがその感情に引きずられたらきっと母は悲しむ。
「そう、かもしれないな。クレアは人の幸せを自分のことみたいに喜ぶ女性だった……すぐには難しいが、俺も前を向けるように……なれれば、と思う」
私の言葉を受け止めてくれたウォルトさんは湖の水面に視線を向ける。
ウォルトさんの心が落ち着くまで私はただ黙って同じ様に湖を見つめるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます