第32話 女の子同士の恋愛

「なるほどなるほど……、どうしたもんか……」


 腕を組んで俯く心音ここね時恵ときえの心の中の独白に耳を傾けながら、真剣な顔だったりにやけ顔だったり、コロコロと表情を変えた後、こうして考え込んでしまった。


「えっと、説明は終わったの?」


 唯一この場で、記代子きよこだけが時恵から心音へと何をどのように伝えられたのか知らない。全て時恵の心の中の独白にて事情説明がなされ、心の声が聞こえるという超能力を持つ心音だけがその内容を把握した。


「終わった。あとは心音次第」


 心音の向かいのソファーに座る、少し疲れたような表情の時恵。意識して心の声を呟いていたからか、頭を使ったからだろう。どうしても自分の頭の中の声というのは理路整然とせず延々と垂れ流されているものである。

 それを人に聞かせる前提とし、理路整然とさせようと思うと気を張らなければならない。普段そのような事をしないので、余計に意識しないとならない。時恵にとっては初めてではないとはいえ、慣れたものではなかったようだ。


「う~~~ん……、記代子ちゃんを抑止力に使うとはねぇ……」


「抑止力?」


 抑止力と聞いて、核兵器を想像した記代子。自分はそんな危ないものだと思われているのかと少し凹むが、実際にしでかした事を考えると反論も出来ないな。などと考えていると、隣から手が伸びて記代子の頭が撫でられた。


「誰もそんな事思ってないよ」


 記代子の頭を撫でながら、心音がチラッと時恵へ視線を送る。


(抑止力の件なら記代に言っても大丈夫)


 心音へ許可が下りた。


「ボクをループに連れて行く条件として、時恵ちゃんとわたる君の邪魔をするなって言われたんだけどね、もし邪魔したらボクの記憶を書き換えて、時恵ちゃんの事に関する全ての記憶を消させるって言われたんだよね」


 いずれかのループで、時恵は渡を仲間に引き入れる予定だ。渡がいないと、この世界の終わりを回避する方法が掴めない、訳ではないが、渡の存在がないと時恵が耐えられないのだ。

 心音にとって時恵が恋愛対象であるように、時恵にとって渡は恋愛対象であり、かつての恋人であり、心の支えなのだ。

 今は記代子がいつ終わるか想像もつかないこの繰り返しの日々に慣れる事を優先しているだけであり、ある程度記代子が慣れた後に渡を仲間に引き入れるのは決定事項だった。

 心音の登場によって少し予定が変わってしまったが。


「なるほど……、それで心音ちゃんはどうするの? 女の子同士の恋愛って想像出来ないから、そう言われて心音ちゃんがどう思うのか全く分からないよ」


「同士って言わないでくれる? 私はあくまでノーマルで心音の一方通行なんだから」


 むっとする時恵を、まぁまぁと心音がなだめる。この場面だけを切り取るといい友人関係のように映る。


「ボクは別に時恵ちゃんと両想いにならなくてもいいかなぁーって。だって、ボクほどの愛を時恵ちゃんに求めるの、酷だもん」


((ボクほどの、愛……?))


 思わず心の中でシンクロしてしまう時恵と心音。2人とも背筋に冷たいものが走っている。その狂気を孕んだ愛の持ち主は、2人がシンクロした事にわずかな嫉妬心を覚え、あえて言及する事なくスルーした。


「それにね、好きな人が自分の気持ちを知った上で、それでもそばにいてくれるってだけで幸せなもんだよ。特に同性同士の場合はね。

 拒否せず今まで通り仲良くしてくれるだけでいいんだよ」


(拒否する訳ないじゃない。私の邪魔さえしなければ、だけど)


 その心の声に軽く頷き、心音が立ち上がる。


「時恵ちゃ~ん!」


 テーブルを跨いで乗り越え、時恵の胸へと飛び込むようにして抱き着く心音。すりすりとセーラー服に顔を寄せる。


(ウザイ、触るな、離れろ、ちょっといい匂い、渡助けて、やっぱり心音に打ち明けて失敗だったかな、離れろ、触るな)


「んふふふふふ♪ 今はいいでしょ? 渡君いないもの。んふふふふふ♪」


 ただじゃれているように見えなくもないが、記代子はお尻に向かう心音の手が時恵によってブロックされているのを見てしまった。


(ガチ百合だ!)


「そうだよ、んふふふふふ♪」



 心音の頭に時恵のげんこつが落ちてやっと、今後の事について話し合いが行われた。時恵がくっつかれるのを嫌がったので、心音は元いた記代子の隣に座っている。


「とりあえず次のループに心音を連れて行く。私のケータイ番号は元から登録されてるから暗記する必要ないし、家も知ってるから問題ないとして、考えなければならないのはいつのタイミングで行動を始めるか」


 行動するのは早いに越した事はないと言うが、時恵の場合は当てはまらない。早かろうが遅かろうが、必ず時間を戻すのだ。

 タイミングというのは、時恵の、記代子の、心音の、世界の終わりに抗う為の心の準備が出来た時を指す。そういう意味では、時恵自身まだ心の準備が出来ていないと言っていい。


「前回のループでは並行世界の渡が助けを求めて来たし、今回は心音でしょ? 休憩になってないもの。次も何もしないで夕方頃に集合するでいいかな」


「えー、ボクは目が覚めたらすぐに時恵ちゃんの家に来ていい?」


「心音が夜中目が覚めたのは何時頃?」


「えっと~、明け方過ぎかなぁ」


 この3人の中では一番遅い覚醒時間。それでも、その時間はさすがに時恵の両親も家にいるはずで。


「じゃあダメ。家で大人しくしてて。むしろ夕方まで学校に行ってて」


「えー、仲間なんだから一緒にいた方が良いよ! 記代子ちゃんもそう思うでしょ?」


(思わないけど……)


「ほら記代子ちゃんもそう思うって!」


「捏造しないで話がややこしくなるから!!」


 心の声が聞こえるという心音の超能力。自分の秘密がバレてしまうという危険と同じくらい危険なのが、仲間割れを誘導する事が出来るという事だ。

 今のように思ってもいない事を捏造されると、どちらを信じれば良いか分からなくなる。心音には聞こえているが、自分には聞こえていない相手の声。この状況において心音以上にアドバンテージを得る者はいないだろう。

 それを分かった上で記代子の心情を捏造する心音に対し、時恵の反応はというと。


(試さなくてもいいから)


 信じている。心音が時恵の不利になるような状況を作らないと信じているから、自分が信頼されているかどうかを試すような事は必要ないと、心音へと伝える。


「と、時恵ちゃ~~~ん!」


 その時恵の声に感激し、立ち上がる心音。


「こっちに来たら時間を戻す」


「またまたぁ~、記代子ちゃんを置いて行けない癖にぃ~」


 時恵の脅しは通じず、心音はまた時恵の胸に顔を擦り付けるのだった。

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