The Pillow Book of Nagi 4

 五月。今日はいよいよ、件の研修会の日だ。この日のために、多少は予習をしなかったわけでもない。

 基本的に、「やる気のない生徒にやる気を出させるためには」というのが、家庭教師が長年抱える命題だ。一口にやる気がない、といっても、その理由は様々だ。私みたいに皆が皆、勉強を好きになれるわけではない。その理由は家庭環境だったり、元々の興味対象だったり、あるいは単に必要性を感じていないからなのかもしれない。そういった理由によって、対処方法は全く違ってくるのだろう。主にインターネットの情報から、私は今日の研修会のテーマをいくつか予測し、自分なりの答えを見つけてきた。


「本日の家庭教師Do itの研修会を始めます」


 向井さんが本日の司会進行、もしくは教師役だ。短いお知らせと講義、これは向井さんが事前に言っていたとおり。周りを見渡す。スーツに身を包んだ教師たちは、真面目な顔をして相槌を打ちながら、なにやら一生懸命メモを取っているけれど、向井さんは割と当たり前というか、予想通りのことしか言っていない。――学習進度は早ければ良いってものではなく、生徒のペースに合わせるべきだ、とか、一時間以上の指導時間があるときは、途中でインターバルを設けるべきだ、とか。家庭教師Do itの指導方針は、基本的に「無理をさせない」。そのことは、新規採用者研修のときに散々聞かされた。実際のところ、そんな綺麗事は言っていられない。本気で生徒を難関校に合格させようと思ったら、多少は無理をしてもらう場面だって当然あるはずだ。たぶん、本気で合格させようと思っていないからこそ、そういった綺麗事が言える。合格者実績は、団体授業に通う上位クラスの生徒や、一部の優秀な――それこそ、定華さんのような――生徒に任せるとして、その他の問題児たちはダメで元々、成功したら美談として取り上げるくらいの気持ちでいるのかもしれない。つまり、家庭教師・個別指導の生徒は、やめずにいてくれさえすれば良いのだろう。


「それでは、本日のグループディスカッションのお題です」


 そう言って、向井さんはホワイトボードに汚い文字を書く。



中三 男子

サッカー部(引退直後)

物怖じしない、活発な性格

 夏休みの試合が終わり、部活を引退した直後の八月。高校受験を目指しているが、勉強に身が入らない様子。ただ、家庭教師の指導が行われている時間は、積極的に質問をしてくれる。

 志望校は偏差値55程度の公立高校だが、夏休み中に受験した模試の偏差値は48。


「先生方がもし、このような生徒さんを受け持つことになったら、どのような指導方針を立てますか? それでは今から十分間、話し合っていただきます」



 教室全体を二班に分け、それぞれ話し合いを行う。所定の時間が過ぎた頃に、互いの班で出た案を共有する、というルールだった。

 こういうの、実はちょっと得意。私はニヤリと微笑んだ。


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