よん
ひとまず、続いている道にそって白亜の屋敷に向かって歩いてみる。人の気配はしないけど、誰もいないこともないだろうと思う。無人のお屋敷なら、もっとバラも伸び放題してるだろうし。
それにしても、ほんとうに見事なバラ。村では観賞用の花なんて育てる余裕はなかったけど、きれいなものはきれいだと思う。野生味あふれる花も嫌いじゃないし、野菜の花の確かにきれいなのはあるけれど、しっかりと手入れもされている花を見る機会なんてそうなかった。
屋敷の裏側から進んでいたみたい、正面に向かうがエントランスはきれいに整備されているのに、玄関に続く外門はいばらで覆われている。
裏口からしか出入りしないのかしら? 正面は、出入りの仕様がないように見える。
誰かいないかを探しているわけだから、物珍しげに辺りを見渡しながら歩いていると、途中のベンチに横たわる黒い影あり。
屋敷の方かしら? そっと近づくと、寝てる? 建物の白さとは対照的な、黒い人が胸の上に本を広げたまま寝ている。片腕はベンチから落ちている。
生きてるわよね?
熟睡しているのなら、さっき裏庭から声をかけたって返事もないわけか。
濡れ羽色の髪に、合わせたような色のシャツとズボン。薄い唇に通った鼻筋。閉じた瞼を縁取るのは、人形かと突っ込みたくなるような扇状のまつ毛。
顔を覗き込む。きれいな顔。
胸が上下しているから死んではいないみたい。
家人がいるのに勝手に動き回るのも、かといって他人が寝顔を凝視しているのも失礼か。一言だけでも断りを入れたいところ。
でも。
寝てる。規則正しく、胸に置かれた本が上下しているところを見ると、ぐっすり寝てる。
見とれるように、その人形のような顔を見つめていると、ガン! と激しい音を立てて衝撃が走った。
「……ったい!」
「ライをいじめちゃっだめ!」
後頭部に激突してきた塊、もとい小さな妖精が、ライをいじめるなと叫んでいる。
ふんわりとしたボブカットに簡易なワンピース。背の半透明な蝶の羽根がパタパタと忙しなく動いて、リューナの目の前で腕を振り回す。
剣呑ながら、その愛らしい姿に言葉が詰まる。
え、かわいい。すごくかわいい。勢いがありすぎて頭が痛いけど、この子すごくかわいい。
「あなたは誰なの? ライをいじめないで!」
「私は別に、いじめてなんかないわよ。気がついたらこのお屋敷に迷い込んでいたから、誰かいないか探してただけよ」
妖精なんて、今まで見たこともない。お伽話の中だけの存在だと思ってた。でも、言葉が通じるし、見えるし。
「妖精さんってほんとにいるんだ……」
リューナは現実逃避もあり、当の妖精がかなりお怒りの様子にも関わらず、ぽつりと呟いた。
その声に反応したのか、うるさい、と影が言う。いち早く答えるのは妖精だった。
「起こしちゃったのね、ごめんねライ。でも不審な侵入者がきたのよ」
「お前の結界に欠陥があったんじゃないのか」
「そんなわけないでしょ! それよりも他人をこんなに近くまで許すなんて鈍ってんじゃないの!」
寝起きのせいかぼやいて返す男に、妖精は心外だとばかりに言い返す。
リューナは口を挟めず、ただ二人のやりとりを眺めていた。
起きた、動いた。ちゃんと生きてた。あまりに作り物めいていたので、妖精がいるくらいなら精巧な人形かと思えたのに、喋ってる。
「それで? おたくはどちら様?」
まだ小言を言っている妖精を軽くあしらっていた男が、なんでもないことのように話を振ってきた。
だから私は悪くないのよー! と弁明している妖精の声がまだ響いてる。
「私はちょっと森を抜けようとしてただけなんだけど、気づいたらこのお庭に迷い込んでて。勝手に入ってごめんなさい」
「ふ〜ん……迷い込んで、ね。無意識のうちになら大したもんだ。何が目的でここまで来たんだ?」
「目的も何も、村に帰れなくなったからよそに行こうと考えてただけで」
このお屋敷に来たのは自発的でもなんでもなくて。
そう言うと、男は何がおかしいのか笑い出した。
「ただなんとなくで悪魔のいる屋敷に来る女とか、なんだそれ。てっきり討伐でもしに来たのかと思ったら、寝首を掻くわけでないしひとりだし。もう俺のおもちゃになれよ」
「……おもちゃになる気はないんだけど」
悪魔ってどういうことだろう。妖精がいるなら、悪魔もいるものなのかな。
「村に帰れなくなったって、大方追い出されでもして行くあてもないんだろう? 衣食住は保証してやるから、しばらく俺の暇つぶしに付き合ってくれもいいんじゃないか?」
おたくにも利のある話だろ?
悪戯っぽく笑うと、八重歯がのぞいて幼く見える。ちょっとだけ、ジェットに似てた。
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