無自覚聖女、魔女になる。
宮下ほたる
いち
森の中を歩いている。
宛もなく、街道を外れた獣道をただただ歩いている。
怒りに任せて歩みを進めるおかげで、普段よりも少しばかり質のいい生地であつらえられた服も、痛むのが早い。裾のほつれが目につく。
履きなれた編み上げブーツが足元を保護してくれているのをいいことに、リューナは道なき道の草木も小石も気にせずに踏み歩く。
「私がいったい何したっていうのよ!」
ドン! と力任せに手近な樹を叩きつける。
当然ながら、叩きつけた手が痛い。痛いけど、それ以上にやるせない。
こぼれてくる涙は、痛みからだと自身に言い聞かせる。
不揃いに切り落とした毛先が視界に入るが、それを含めても悲しいから、とも、悔しいから、とも思いたくない。
誰もいない森の奥で、叫んだところで反応するのは鳥くらいで。
人の目もないなら、堪えずに大声で泣いてもいいだろうか。
泣いたところでどうにかなるとも思えないけども。
「すまないが、ちょっと森の花嫁になってくれ」
村長から唐突に言われた夕方。
リューナは抱えていたカゴを落とした。足元に収穫したばかりの小ぶりの芋が転がる。
「生贄、ですか?」
「こうも日照り続きだと村も立ちいかん。若い男の衆は出稼ぎから戻って来ない者も多い。流行病でも起きようもんなら、冬は越せまいよ」
「それで、私が?」
「弟妹のことなら気に病むな。村でしっかり面倒はみてやる」
「そうですか。……それで、いつなんですか?」
「明日の早朝に。今夜のうちに別れを済ませておいてくれ」
悪いが村の総意なんじゃ。そう視線を伏せる村長の後ろでは、奥方が服を抱えていた。
婚礼とも違うけど、村から送り出すことには変わりないからと、上等な服を譲ってくれるらしい。
ドストレートに聞き直したのに、肯定の言葉こそ返ってこなかったが当然、否定もしない。わかっているだろうと話を勝手に進める村長に、内心ため息をつく。
奥方の抱えてる上等な服に、ありがたくて出る涙もない。
ありがとうございます、と笑顔を貼り付けて、芋を拾い奥方と共に家に帰った。
先に帰宅していた弟妹たちは、奥方がいることに驚いていた。素敵な服をいただいたのよと笑ってみせれば、妹のシイナは目を輝かせて、おねぇちゃんきれい! と喜んでくれた。弟のジェットは服よりも夕飯に気を取られている。
奥方から向けられる、痛ましいものをみるような視線はやめてほしい。
口数少なく夕食を終えた後、リューナは二人に嫌われるべきだと考えていた。もっとも静かだったのはリューナだけで、シイナはいつものように、今日はなにがあったか、新しく教えてもらって上手にできたことを懸命に話してくれていた。
両親もいない、幼い二人だけを残して村を去ることは心苦しいが、消える私の面影をいつまでも引きずっていてはここでは生活できない。
たとえ、村長が支援してくれるといっても、村の相違に本人の意見を混ぜず押し切れないような方だ、あまりあてにはできない。となると、残す二人には強くなってもらわないと。
それでも、いざ嫌われようと考えても、私には二人が可愛すぎて仕方がない。
怖がらせるように叱りつける? 悪いことなんてしていない、こんなにいい子なのに?
むしろ二人が出て行きたくなるくらいに手を挙げてみる? こんなに愛おしいのに?
どう考えてみても、私にはできそうになかった。
諦めて、この時間を満喫しようと思う。
眠る前に、明日はとっておきの焼き菓子を用意しておいてあげる、と伝えた。だから、朝はゆっくり起きてきてね、と。
村長が迎えに来る早朝には、絶対に起きてこないでねと祈りながら。
家の外に、いつもはない人の気配がするけれど、見張りがいなくても逃げるつもりなんて毛頭ない。
ここで逃げ出せば、弟妹はどうなるか。せっかく村長が設けてくれてた貴重な家族水入らずの時間なのだ。
私は二人の寝顔をしっかりと目に焼き付けて、静かにスコーンを焼き上げる。まだ少し残っていたジャムと一言だけの置き手紙を添えて、夜明け前には自分から家を出た。
『お姉ちゃんは村を出ます、元気でいてね』
私は臆病だから。
別れ際に泣かれるのも忍びないから、嘘じゃないけども本当のことは告げずにお別れする。
すぐに奥方あたりがフォローしてくれると信じてる。
不寝番で見張りをしていたのか、家の外にはおじさんが二人いた。
「お疲れ様です、二人が起きてくる前には出発してしまいたいんですけど早すぎました?」
「いや、かまわない。他の連中も呼んでくるから村の入り口で待っといてくれ」
そういうと、一人がさっと走っていった。
残るおじさんと二人で乾いた空気のなかを歩く。
村もこれで見納めか。いい思い出ばかりでもないけど、最後までこれっていうのもなんだかなぁ。
「お前は、これでよかったのか」
感慨深いものに浸っているのに、なんですか。
沈黙に耐えきれなかったのか、おじさんが声をかけてきた。
「俺たちを恨んだりしてないか」
視線は前に向けたまま、抑揚のない声で尋ねられる。
恨んでいないといえば嘘になる。けれど、両親をなくした私を引取り育ててくれた叔父夫婦含めて、村の人たちにはそれなりに感謝もしてはいる。その割合が高くないにしても。
「どこまでが村の総意なのかは知りませんけど。厄介者を消す口実があってよかったですね! とでも憎まれ口が欲しいですか?」
おじさんに動揺が見える。感情を押し殺してるつもりなら、しっかり隠してくれればいいのに。
「私はジェットとシイナが可愛くて可愛くて仕方がないんです。大切でこの上なく大事な宝物を守るための手段が手元にないなら、年長者に従うしかないじゃないですか。あの子たちが、私がいなくても大事にされるのなら、邪魔者扱いをされようと甘んじて受け入れますとも」
ただし、と念押しをする。
「あの二人に何かあれば、化けてでも出てきますから」
村の人間が怯えるのは、これ以上の干ばつでも流行病でもない。私が引き起こしかねない天罰だ。
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