決戦

 金曜日の夜八時半。

 場所は電気街駅の改札を出て少し歩いた所。

 駅前に広場があった。


 「鉄蔵てつぞうさんの方は大丈夫?」

 

 女子高生の一弦いちげんコハルは、夜間の外出には大変厳しい環境にいる。

 特に、お爺ちゃんの鉄蔵さん。

 この間、失踪騒ぎがあったばかりだから、その監視は更にきつくなっているだろう。


「お爺ちゃんの目を見て、まばたきせずに言いました。いってきますと」


 うん? まばたき?


「それで鉄蔵さんは納得してくれるの?」


 タクヤの問い掛けは自然なものだ。

 そんなんで深夜の外出許可が降りるなら、年頃の娘でも遊びたい放題じゃないか。


うちは、それで大丈夫なんです。なんでだろ?」


 一弦いちげんコハルは、斜め上に視線を上げながら、首をひねって考えた。ショートカットの髪が揺れる。

 俺もタクヤも斜め上を見てみるが、鉄蔵さんが許可をくれたなら、別にいいやという気持ちになった。

 これから死ぬ気で頑張って、無事に家まで送り届けてあげればいい。

 

 駅前には、待ち合わせに最適な噴水があり、俺達以外にも多くの人達がいる。

 先週もギターを弾いていたストリートミュージシャン。恐らく同一人物だろう。相変わらず誰も聴いていない。

 スキンシップが激しいカップル達も何組か目につく。思わず伝説の木の棒を探したが、売却したのを思い出した。


 なんだか、少し懐かしい。

 ゾンビーゾンビーで迎える、二回目の金曜日だ。


 そんな中を、一台の黒いバンが歩行者に衝突しないように、慎重に進んでくる。


 見間違いかと思った。

 明らかに道路交通法違反だ。

 ここは車両進入禁止区域。

 すぐに道路の向こうから、怖い顔をしたお巡りさんが駆けつけて来るだろう。


「もう! 何やってんの!」


 俺の目の前に停まった黒いバン。

 運転席目掛けてまず怒鳴った。


「え? ああ、別に大丈夫だろ。この辺の奴らは、皆知り合いだ」


 運転席の窓が開いて、ハンドルを握る竜二さんが出てきた。

 助手席にはマリアさん。

 車のミラーを見ながら、髪をいじっていた。


「ちょっと頼むよ竜二さん! 今から決戦なんだよ! もっと慎重になるとか出来ないの?」


「だから大丈夫だって!」


 俺が猛抗議を続けていると、タクヤとコハルちゃんがトイレに行くと言い出して、駅の中に消えて行った。

 緊張してきたのかも知れない。

 あと二十分だ。


 残される俺と黒いバン。

 今から集会を始める暴走族のようだ。

 広場にいる人達が、都度都度こっちを見ている。

 目立ってるよ、まったく。

 集中したいのに、出来ないじゃないか。

 

「もしかして、その車ごと持ち込もうとしてるの?」


「正解だ」


 俺が言うと、ニヤリと笑って竜二さんが答えた。


「ずれる時に、掴んでないと持ち込めないからな」


「ずれる?」


「あっちの世界に行くときだよ。俺らだけ素手ってあんまりだろ」


 あ、そうそう。

 前から不思議だったんだ。

 ゾンビーゾンビーのプレイヤーが、プロジェクターの映像のような世界に放り込まれるのは理解できるが、竜二さんやマリアさんは関係ないではないか。これは、元吸血鬼だから出来る芸当なのだろうか?


「ピンポーン!」


 助手席から降りてきて、お調子者ぶったマリアさんが言った。

 本日もお美しい。

 夜の闇に溶けていきそうなエナメルのスーツ。

 胸元のチャックは限界まで下げられている。

 そうしないと胸が苦しいのだろう。

 とっても、けしからんが、この件については不問とさせて頂きます。

 こぼれ出んように気を付けて下さいね。


「元々、吸血鬼は小さなテリトリーを作って、そこに人間を引きずり込んでいたの。誰にも見られないようにね。だけど、ゾンビーゾンビーが出来てからは、それは必要無くなった。この間の感じだと、プレイヤーを中心に半径数百メートルってとこかな。吸血鬼が作っていたテリトリーと、よく似た空間が発生していた。その空間に吸血鬼は出入り自由。もちろん私も出入り自由」


 マリアさん。

 滅茶苦茶詳しくなってるな。

 いつの間に、そんなに分析したんだ?


「そりゃ、自分のとこで売ってた商品だからね。少しは勉強もします」


「なるほど」


 俺が唸っていると、後部座席のドアがスライドした。

 誰かが降りてこようとしているが、低くした頭のてっぺんだけ髪がない。

 その人物が顔を上げた時、俺は驚きの声をあげた。


「トランクスのおっさん!!」


 初めて満々金を訪れた時、竜二さんにラリアットかまされていたおっさんだ。元気だったのか、マジで良かった。


「トランクスぅ~? 違うよ僕は虎夫とらお。それに、おっさんなんて、言わないで欲しいなぁ~」


 トランクスじゃなくて虎夫。

 トランクスオジさんを縮めた、あだ名みたいな名前だな。平均体重を軽々と超えているだろう身体から、涼しい夜なのに汗が吹き出ていた。

 ピチピチの黄色いティーシャツが濡れている。

 何だか気持ち悪い話し方をするが、この人も、元吸血鬼という事で、いいんだろうか?


「美少女戦士のコハルちゃんが見当たらないけど、どこにいるのかなぁ~? 僕、会いたくて、バンビちゃんの番組、録画してまで来たんだけど~?」


 コノヒトダイジョウブカ?

 俺の無言の問い掛けに、竜二さんが首を縦に振る。

 だが、目を合わしてはくれなかった。

 

「あ、あの~……。び、美少女戦士のコハルちゃんなら、タクヤと一緒に駅のトイレを借りに行きましたけど?」


「え! 美少女なのにトイレ! あり得ないよそんな事は! 僕、確認してくるよ!」


 俺が行き先を告げてやると、急に真顔になった虎夫さんは、似つかわしくない軽快な体裁きを見せ、駅に向かってダッシュしてしまう。

 マリアさんが右手を振り上げて、戻ってくるように大声を出したが無駄に終わった。


 変態だ。

 わかりやすい変態がやって来たぞ。

 タクヤとは、また違う種類の変態だ。

 まさか女子トイレに突撃しないだろうな?


 あと十分。

 も、もう疲れてきた。

 緊張して吐きそう。



 ゾンビーゾンビーのアルキオネ討伐は、きっちり済ませて来た。

 本日の前哨戦のつもりで挑んだ戦いだったが、何とか勝利を収めることが出来たのだ。

 城の仕掛ギミックで、二~三回死んじゃったけど……。


 しっかりとレアドロップもあった。

 【アルキオネの外套】

 身体全体を包む防具。タクヤとお揃いだ。

 今日はこれを装備して戦いに臨む。


 今からは、一回でもミスるとゲームオーバーのデスゲームだ。だが、天狼の皆がいる。この違いは大きい。今日死んでしまうなんて、万が一でも考えられない。


 とってやれそうだ……。

 救世主の仇をとってやれそうだ。

 自分でも気がつかない内に、拳を強く強く握りしめていた。

 馬鹿だな俺。

 まだ始まっていない。リラックスだ。



「あれ~? コハルちゃんは?」


 ここ最近、コハルちゃんが大人気。

 主人公の俺とタクヤは、随分と霞んでいる。

 間抜けな声は誰だよと振り返ると、五メートル先ぐらいに女子高生が立っていた。

 夜でも分かる派手な化粧をした女。

 その背後には二人。

 背の高いスーツの男達を従えていた。

 参考人を護衛するSPのように見えてしまう。


「うお! 吸血鬼アルキオネ!」


「キャハハハ! こんばんは~!」


 出た――――!!


 と心の中で叫んだ。

 まだ九時前ですよ!

 驚き過ぎて、全身がつりそう!


 俺が泡を噛んでいると、マリアさんが前に進み出た。花の香りのような匂いが通り過ぎる。

 

「竜二~。ひょっとして、このケバいのがアルキオネなの?」


 後ろからでも、にやけているのが分かる口調。

 あおりモード全開。

 マリアさんの口撃が始まった。

 竜二さんも運転席から顔を出して、それに続く。


「ああ、そうだ。マリアは知らなかったっけ?」


「知らない知らない。こんな薄っぺらいガキ」


 マリアさんは、心底愉快だといった感じで笑い出した。ぐいっと胸を張る。マリアさんに比べたら誰だって薄っぺらくなるだろう。

 その勢いのままに、言葉のナイフを次々と抜き去った。


「保護者連れてるじゃん。大丈夫なの本当に? 一瞬で終わりそうだけど」


「こいつの使えそうな特技。万能耐性オールレンジも無いからな! 死にに来たようなもんだよなぁ~!」


「え? それ本当? アルキオネって、それだけが取り柄なんじゃないの確か? 可哀想~!」


「そうなんだよ。一等星に歯向かって、あげく地面に寝転がってたわ。何がしたかったんだか、笑えるわ」


 長年のバッテリーが、キャッチボールをしているのを眺めている。延々と続くようなボール回し。

 ……俺だったら既に泣いている。


「うぜぇ……。うるさいオバサン放っておいて、コンビニでも行こうか? メローペ、タイゲタ」


 意外にも、大人の対応をしたアルキオネ。

 くるりと反転して歩いて行く。

 メローペ、タイゲタと呼ばれた男達は、べっとりと油を撫で付けたオールバックで、一見双子のようにも見える。何の返事もせず、ただ後ろに続いた。


「お、オバサンだと……!」


 マリアさんのウエーブのついた髪が、独りでに空中を動き回っている。近くの街灯が何故か割れて、一部が暗くなった。誰かが驚いている。


 マリアさん。

 貴女はオバサンじゃない。

 いや、例えオバサンだったとしても、世の中の男はオールオッケイですよ!!


 あ、まずいぞ……。

 気が付けば、もう時間がない。

 吸血鬼アルキオネは、もう来ている。

 しかも変なお供を連れていた。

 タクヤとコハルちゃんが戻らない。

 目線の先で、吸血鬼アルキオネ一行がコンビニに入って行くのが見えた。


「遅いな! 何してるんだよ! まったく!」


 もう間に合わない。

 二人が帰って来ないまま始まってしまう。

 トランクスのおっさんも、どっかに行ったままだ。

 いきなりのグダグダ。

 皆勝手に行動し過ぎだ。

 吸血鬼チームの方が、遥かにまとまっている。


 やがて鐘の音が舞い降りる。

 俺達を現実世界から引き剥がす、不条理な音が響き渡る。


 景色がずれていく。

 俺達をのせた船だけが、静寂な海へ出航していく。

 光の粒子が俺を包み込み、黒い革の外套コートに変化した。胸の部分で青白い炎が、蝙蝠の羽の形をとりながら揺らめいている。右手には文字が無数に刻まれた鉄のパイプが現れた。


 身体中に力がみなぎる。

 視界がクリアになり、意識が研ぎ澄まされていく。

 最終レベルは十二。

 ステータス的には、先週の倍以上。

 更に、レアアイテムや魔法の武器を装備する事で、信じられない程の数値上昇となった。

 もう初心者じゃない。

 RPG風に言うなら、中級冒険者の仲間入りだろう。


 世界の歪みが収まっていく。

 全ての現象が集束した後、地面に無数の茶色い塊が浮かび上がった。

 草原ゾンビの登場シーンだ。


「ああああ! もう! 始まっちゃったよ!」


 イライラ満載でわめき散らすと、竜二さんが黒いバンから降りてきた。

 着くずした迷彩服の腰の辺りに、マシンガンが見えるのは気のせいだろうか。

 じゅ、銃撃戦やるつもり?


「落ち着けってコウタ」


「って言われてもな――!」


 コンビニからアルキオネが三人で出てきた。

 自動扉を潜るやいなや、後ろの男達、メローペとタイゲタが駅に向かって走り出す。

 猪突猛進。

 黒い線のようになって進んでいく。

 とんでもないスピードだ。


「あ――――!! やばい!! あっちには、コハルちゃんやタクヤがいるぞ!!」


 一瞬で改札を飛び越えた男達は駅の中に姿を消す。

 嗚呼!!

 最悪の展開が頭をよぎって、身体中の毛が逆さ立った。

 アルキオネが来ている事を、まだ二人は知らない。

 九時になったのは、分かっているだろうが、いきなり狙われているとは思っていない! 


 俺が走り出そうとした時、目の前に無数の草原ゾンビが立ち上がった。いつもは匍匐前進ほふくぜんしんしかしない筈の草原ゾンビが、まるで足止めをするかのようにバリケードを作っている。

 

「くそ! 退いてくれ!」 


 俺が鉄パイプを振るうと、何匹かのゾンビが巻き込まれて粉々になった。だけど壁が厚い。

 すぐには突破できそうにない。

 二人の名前を叫ぶ。

 危険が迫っていると知らせる為に。


「落ち着け!」


 群がって来るゾンビどもに鋭いガンをくれながら、竜二さんが歩いてくる。


「いやいやいやいや! いきなりピンチでしょ、こんなの! あの双子みたいな奴らも吸血鬼なんでしょ?」


「あっちには虎夫がいる。心配しなくて大丈夫だ。それよりも目の前と、アルキオネに集中しろ」


「と、虎夫さん……?」


 女子トイレ捜索に命をかけていそうな虎夫さんが、この場面で何か役に立つんでしょうか?


 突然、駅の改札が爆発した。

 赤い炎と黒い煙が巻き上がり、改札機が何台か吹き飛んだ。熱風が俺の肌を焼いていき、思わず顔を腕で隠す。


 その中から出てくる人影がある。

 炎を掻き分けて、悠然と進み出てくる。

 メローペとタイゲタの襟首を捕まえて、勝利を鼓舞するように高々と掲げていた。

 捕まれている男達は、足をバタバタさせてもがいている。

 トレードマークの黄色いティーシャツ。

 そこにプリントされた美少女が親指を立てていた。


「女の子の秘密プライベートを覗こうなんて! この変態ども!! 僕が許さないぞ――!!」

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