ゾンビーゾンビーオンライン! お前はいいけどタクヤ君は助かって!

星屑コウタ

第一章 世界線が曖昧な夜

タクヤの悩み事

 工場には誰も居ない。

 一部を除いて真っ暗である。


 夜の八時。

 残業は続くよどこまでも。

 ……ガフッ(吐血)。


 俺が担当した工程に不良品が混じり、悲しいかな居残りを余儀無くされていた。

 怪しいロット、約二千個の寸法を計り直しているわけだが、これが全て手作業。

 稼働しているのは二名のみ。

 俺の名はコウタ。そして同期のタクヤ。

 今年の四月に入社して、まだ半年も経たない新人達である。


「ふっ。腰が痛い」

 それまで、黙々と作業を続けていたが、思わず泣き言が出てしまう。

 計測器が載せられた作業台が若干低いせいだろう。同じ姿勢で作業をしすぎたようだ。身体中が痛いし、集中力も落ちてきていた。


「タクヤ。悔しいが休憩だ」

 パッと見イケメンのタクヤは、夢から覚めたような表情で俺を見る。

 早く帰りたい一心で、少々頑張りすぎた。

 このままでは、目、肩、腰に取り返しのつかないダメージを負ってしまう。


「そうだね。大賛成」

 百パーセント意見は一致し、連れだって二階の休憩室まで向かう。工場にはもちろん誰もいないので、通路も消灯されていて歩きづらい。

 手探りで休憩室の照明をつけると、タクヤは呻き声をあげながらパイプ椅子に座った。

 相当辛かったのであろう。首を回すとゴキゴキと鈍い音が聞こえて来た。


 設置されている自動販売機で缶コーヒーを二本買うと、タクヤに片方を手渡して、ポケットの中からスマホを取り出す。

 いつもやっているゲーム画面を開いて眺めていると、タクヤが声をかけてきた。


「また課金?」


 またとは、失礼な。

 なんだか課金するのが駄目なような言われようだが、タクヤが言っているのはそういう意味ではない。課金する額の事を言っているのだ。


「いや。今月はもう無理。さすがに金がない」

「今月はいくら使ったの?」

「七万」

「七万ってすごいね。もうそれ家賃だよ」

「別に。実家だし」

 

 両親が聞いたら、その金を少しでも家に入れてくれと怒られそうだが、一応光熱費ぐらいの金は納めている。

 俺はゲームが好きなのだ。

 学生の頃から色々なゲームをプレイしてきた。パソコンにかじりつき、飯を食うのも忘れて遊んでいたものである。

 今はスマホゲーに手を出して、毎月アホほど課金している。


 タクヤはそんな俺を心配して、もうやめておけと、たまに言ってくるのだが、これは俺の趣味なんだと、まったく聞く耳をもたなかった。


 そもそもだ。

 俺にあーだこーだ言ってくる前に、お前のライフワークを何とかしろよと声を大にして言いたい。


 桂木タクヤ 二十歳イケメン。彼女あり。

 ここまでだとリア充に分類されるが、彼はいつも自分の事を【永遠のオナニスト】と自称する。


 一体なんやねん。オナニストって。

 覚えたての中学生かよ。


 ようは、自慰行為が大好きって事なんだろう。

 そんなもん男なら誰でも大好きじゃい! って、二度と戯れ言が言えないよう、地の底に封印してやろうかと思ったが、ある日オナニストの活動に興味が湧いてしまい、話を聞いてしまうはめになった。

 その時は、滅茶苦茶暇だったんだろうな俺……。


「まず、SEXとオナニーどっちが好き?」


 なんだろう。タクヤが凄い上から質問してくる。


「そりゃSEXでしょ。みんなそうだよ」

「違うね。オナニストはオナニーを選ぶんだ」


 やばい人と目が合っていると思い、咄嗟に視線を外す。

 短い言葉から推測するに、オナニストは複数いて、この世界で秘密裏に活動しているようだ。

 

「でも、お前彼女いるじゃん」


 俺の頭の中に、一人の女性の姿が浮かぶ。

 総務課のしずかちゃんがタクヤの彼女なんだが、静ちゃんと、『にゃんにゃん』してるくせに、偉そうに言うなとおもった。


「僕は、SEXは必要最低限しかしていない。ほとんどがオナニーだ」

「そ、そうなの?」

「ああ、嘘じゃないよ。ありあまる精力を全てオナニーで吐き出している」

 

 この時点で、オナニストすげー! ってなってしまったが、言葉にだすのは必死に耐えた。なんだか負けた気がしたからだ。


「オナニストの主な活動は、むろん自慰行為を楽しむことを最優先に置いている。だけど、大切なのはオカズ探しなんだ。ここで妥協してしまうと、いいオナニーができない」

 ふむふむとタクヤの話を聞きながら、神妙な表情を作る。


「ちなみにタクヤさん? 今はどんなオカズを探しているの?」

「今はマシーンだ」

「え? ま、マシーン?」

「そう。マシーンものだ」


 深い。

 オナニスト深い。

 マシーンってなんだろう。

 深すぎてさっぱり分からない。


「そのマシーンとやらに、一体いくら使うわけ?」

「多いときで三万」

「まあまあやな(笑)」

「オカズだけじゃなく、サポートグッズまで完璧にそろえるから、月に五万はとんでるよ」


 どの業界も懐はきびしいようである。

 そんな中、自慰行為に五万突っ込む男が身近にいようとは。

 タクヤの凄いところは、それだけではない。

 朝一回、夜三回のオナニーをノルマとし、もう五年も続けているのだ。おそらく毎日二時間は自慰行為に時間を割かれているだろう。

 もし、その時間を何かの生産的な事に割り当てていたらと思うと、結末を想像するのが恐くなった。

 そして思う。俺だったら、こんな肉体労働を続けながら、とても真似できないと。


【永遠のオナニスト】


 名前は、どうにか出来んかったのか。


 しょうもない考えに耽っていた俺は、わずかになった缶コーヒーを飲み終えると、タクヤを促して仕事場に戻ろうとする。


「あと一時間で終わるだろ。さっさと終わらせようぜ」

「あ、コウタ。ちょっといい?」

「ん?」


 休憩室の灯りを消そうとしていた俺は、ふとその手を止めた。


「どうした? 何かあった?」


 タクヤが思い詰めた顔で俺を見ている。

 こんな時のタクヤは男前だ。

 いつもその調子でいればいいのに。


「ちょっと悩み事があって、相談のってくれない?」

「いいけど、あれ終わらせてからにしようぜ。駅まで歩きながらでいい?」

「うん。それでお願い」


 相談って、静ちゃんの事かな?

 今で付き合って二ヶ月ぐらいなもんか。

 そろそろ、タクヤの正体がばれる頃なのかもな。

 

 そんな事をチラッと思って、居残り作業の続きに取りかかった。

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