あなただけのお姫様だから
「これは……これは、まさに夢見る乙女の空間……!」
思わず
ふんわりとしたレースのカーテンで覆われた白い壁。木目模様の綺麗なピカピカのテーブルや椅子。鳥籠やランプなどのアンティーク感あるオブジェ。随所に飾り付けられた色鮮やかな造花。
そしてそこにディスプレイされた、華やかで美しいお姫様――プリティドール・プリンセス達。
冊子を見ただけでも可愛いと思った存在が、目の前にいるとなるとなんだか少し緊張してしまう。
プリティドール・プリンセスを展示・販売しているスペースは他の売り場とは区切られていて、そこに踏み入るともう……空気からして違っていた。
そこらに飾られている造花のはずの花たちでさえも、なんだか良い匂いがしているような気がしてしまう。
「なんか……凄いですね」
「まぁ、こういう雰囲気作りからも品物のアピールをしたり、世界観の理解をして貰おうってやつだ」
「そう聞いちゃうと……なんか生臭い感じです、伯父さん」
他のお客さんの邪魔にならないようになるべく小声で話しながら、二人はスペースの奥に進む。そこにはレジの他に、カウンターテーブルと椅子が何脚か。会計の間にその椅子で座って待っていていいらしい。
「んじゃ、今から祈莉のお姫様を連れてくるからちょっとそこで待っててくれ。店内をぶらぶらして眺めていても良いし」
「……わかった」
こくんと頷くと、
「さて」
言われたとおり大人しく待っていてもいいし、このあたりをぶらぶらしているのも退屈しなさそうだ。
とりあえず展示されているお人形でも眺めて――
「あの……。もしかして……
「えっ」
振り返れば、この『夢見る乙女の空間』にはあまり似つかわしくない、見覚えのある長身の男子が後方に立っていた。
「……えっと、その」
名前が出てきそうで出てこない。クラスメイトで、背が高くてとにかくよく目立つ男子生徒で……。
「
クラスメイトの白都君とやらは、そこそこ男前な顔立ちを笑顔でゆるっゆるにして、そりゃもう嬉しそうに尋ねてくる。
「え、あの、その、好きというか、なんというか」
「あぁ。すまない。……そうだよな。プリ姫は好きとか、そういう次元じゃなくて、もっと心の奥底から湧き上がってくるような――尊いモノなんだよな!!」
なんだ、一体全体なんなんだこの人は。
クラスでは三本の指に入る格好良い男子で、成績も良くてスポーツも出来て。
その白都君が、ものすごい勢いでプリ姫――どうやらプリティドール・プリンセスの略称らしいが――を語っている。
……彼、こんなにもテンションの高い人だったのか。
誰か助けて欲しいと、そっと周囲を見回す。しかし、どうも周囲には若い男女カップルで店にやってきて、仲良くプリ姫の魅力を語られている、そういった状況にでも見えているらしい。
「後桜川はもうプリ姫をお迎えしてるのか?!」
「まだ。……ていうか……私は親戚が働いているから、今日ここに来ただけであってですね……」
ちょっとずつ、あとずさりしながらも応えていると、とんっ、と何かにぶつかった。
「働いているというか、一応は経営してる側なんだがなぁ。まぁ働いてることにかわりはないか」
「お……伯父さんっ」
振り返れば、伯父のネクタイがすぐ目の前。どうやら、あとずさりしてぶつかったのは伯父だったらしい。
「ね……
唖然としたような声で、白都君がそれだけをつぶやく。プリ姫が好きな様子だけあって、その会社の社長の顔と名前は知っていたようだ。
「あぁ。ここの社長をやっている
カウンターテーブルの上に細長く大きな箱を置いて、伯父は言う。
「祈莉、これがお前のプリティドール・プリンセスだ。そこのクラスメイト君も見ていくかい?」
「……み、見ても構わないなら見たいです!」
「よしきた」
なんだか男二人で話がまとまってしまった。祈莉のお人形のことなのに、と思わなくもない。
伯父の手で、そっと箱が開けられていく。
緩衝材とおぼしきプチプチシートや長いクッションが取り払われていくと――
「……!」
祈莉は思わず息をのむ。
そこには、小さく愛らしいお姫様が横たわっていた。
髪はふんわりくるくるした銀色のセミロング。
同じく長い銀色のまつげに覆われた硝子の瞳は、複雑な虹彩が描かれた水色。
薔薇色のふっくらやわらかそうに思える頬で、赤とピンク色系のお化粧が施されたつやつやな唇。
白いごくシンプルな袖なしワンピースに包まれた体と、そこから伸びる球体関節付きの手足。
これが……自分のお人形さん。
私の。
祈莉は伯父に勧められるままに、そのお姫様をそっと抱き上げる。
意外と大きくて、ちょっと重たさを感じるが、それが『彼女の重み』なんだとじんわりと心にしみた。
「……くぅう……可愛い、可愛すぎるやっぱ最高だぜプリ姫……!」
「なんで、白都君が勝手に感動してるのかな」
他人の興奮によりちょっとだけ冷静さを取り戻せたものの、祈莉も心中は『可愛い』『すごい』『きれい』という感情の大波が、どっかんどっかんと押し寄せている状態である。
「後桜川、もうそのプリ姫の名前はもう決まってるのか?」
「な、名前?」
「そう、名前。商品名そのままで愛でるオーナーもいるけど、やっぱ命名の儀式はやりたいよな。なんてったってプリ姫は『あなただけのお姫様』なんだから!」
「……名前、か」
そうか、名前が必要なんだ。と、祈莉はこれから自分のものとなるプリティドール・プリンセスの瞳を見つめながら、しばしの間あれこれと考える。
「それじゃあ……クレープ・シュゼット……縮めて、シュゼットで」
出てきたのはお菓子の名前。
ふぅわりといい香りのオレンジ系のクレープ。
両親と一緒に入ったお店で、たまたま近くの席で注文されたクレープ・シュゼットを仕上げるためのパフォーマンスを見たことがある。
フランベのときの、青白いきれいな炎。それを、このお姫様の水色の瞳を見ていて思い出したから。
祈莉はドールを抱き上げ、自分の目の高さに、その水色の硝子瞳を合わせた。
「……あなたの名前は、シュゼットです。よろしく、私だけのお姫様」
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