第147話 包=パック

2020年7月17日。

昼食包との不自然さを減らす為に少し話を加えました。

本筋は変わらないので読み直さなくても大丈夫だと思います。


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 昼食包ひるじきかねは慣れた様子で店内に入って行き、店員と少し話をするとずんずんと店の奥まで歩いて行き、当然の様に個室となっている部屋に入っていった。


 店内は落ち着いた雰囲気で、敬太が来たことの無い種類の店なので少し緊張してしまう。


「森田さん、すいませんでした」

「え?何が?」


 小洒落た席に着くなり突然謝られたので、訳が分からず素で驚いてしまった。


「ひとりで先に歩いてしまったので・・・」

「あぁ・・・あいや、大丈夫です」


 まさか「お尻を見てたので楽しかったです」とは言えずに、微妙な返事を返した。

 まぁ夜なのにサングラスをかけて歩くほど、周りの目を気にしているのが分かっていたので、特に文句は無い。芸能人だというのもあるし、逆に敬太の方がこんなので噂を立てられたら可哀想だと思ってしまうぐらいだ。


 お店のメニューを見てみると、ここは高級レストランだった様で、呪文の様な料理名が並んでいた。敬太が普段行っているファミレスに比べると全てが高く、0が1個多い感じがする。

 魔改造されたススイカには4千万円からの残高があり、罠とゴーレムのおかげで寝ていても1日に数百万のお金が入る生活なのだが、妙な所で貧乏性な性格が顔を出し、一杯800円もする水を胡乱気な目で見てしまう。

 それでも、まぁ目の前に居る美人さんと食事が出来るのだから、キャバクラに来たと思えばいいかと無理やり自分を納得させる事にした。


「何頼みます~」

「え~っと・・・すいません。分からないので、適当に注文してくれますか?」


 敬太は早々に読みづらいメニューの解読を諦め、昼食包に全てを任せる事にした。

 食事をする際の男の行動としてはあまり良くない印象を与えてしまうだろう。


「え、あ、分かりました・・・」


 案の定、昼食包は戸惑った感じを見せていた。


 若い頃の敬太ならば、こういった男女の駆け引きみたいなものを楽しむ気構えもあったのだが、何せ今はもうおっさんだ。そんなものは只々面倒臭いものでしかないのだ。分からない物は分からない、知ってる人がいるなら任せる。自然な事じゃないか。


「もう少し写真とかがあって、どんな料理だか見る事が出来れば良かったんですが、こうも長い料理名だと目が滑って内容が全然入ってきませんでしたよ」


 手慣れた感じで注文をし終えた昼食包に、敬太の飾らない本音をぶつけてみると、少しぶすっとした表情になってしまった。


 昼食包は店に入ると迷わずに個室に行き、注文の際も店員さんと話し、常連感を出していたのだ。敬太の言い方がちょっと気に障るのも当然だろう。


 だが何故、敬太の庶民的な実家を見たのにも関わらず、高そうな店に連れて来たのか。何故、怪我をしたばかりなのに食前酒を注文していたのか。

 流石の敬太でも、ここまでくればなんかおかしいと気が付き、探りを入れたくなってしまったのだ。


「そうでしたか・・・でも、このお店の料理は美味しいですよ」


 こうなってしまうと、敬太は疑いの目でしか見る事が出来ないし、昼食包もファンと握手をするアイドルの様に、目が笑ってない笑顔になってしまっていた。

 対面に座る2人のテーブルの空気は重くなり、先程までのキャバクラに行った時のようなウキウキとした気分も消え去ってしまっていた。


 程なく、店員さんが注文した食前酒のシャンパンを持ってきて、それぞれのグラスに注いでくれた。


「折角なので乾杯しませんか?」

「そうですね・・・」


 何が折角なのかと一瞬思ったが、確かに、普段口にする事のない高そうな料理を今から食べるのに、このままでは楽しめないだろう。敬太が気を付け、これ以上昼食包に気を許さない様にしておけば問題は無いはずなのだ。

 

 敬太は少し気持ちを落ち着かせ、応じる様にグラスを掲げると、冷えたシャンパンで口を潤すのだった。






 それから程なく、静かな個室に突然ドンというテーブルを打ち付けるような音が響き渡った。


「ふぅ・・・ようやく寝てくれたわね」


 目の前でテーブルに突っ伏したまま寝息を立てているオジサンを見ながら、顔を赤くした昼食包がテーブルにヒジをつきながら独り言ちる。


 先程の音の正体は、敬太が崩れ落ちテーブルに額を打ち付けた音だったらしい。


 一杯目のシャンパンに仕込んだ睡眠薬の量が少なかったのか、強引に勧めた二杯目の赤ワインにも睡眠薬を仕込んでおき、それを口にした所でようやく寝てくれたのだった。


「もしもし・・・ええ、やっと眠ったわ。早く来て頂戴」

 

 昼食包が安堵したような表情を浮かべながら何処かに電話をすると、食事をしていた個室に2人の男達が入って来る。


「それじゃ、手筈通りお願いね」


 入って来た男達は昼食包の言葉に頷くと、突っ伏した状態の敬太の体を起こし、椅子にもたれかからせ、更にアゴを上げ口を開けさせた。そして、そこにワインボトルを突っ込むと大量のワインを飲ませていった。


 ジャブジャブと口の端からワインをこぼし、たまに咳き込みながらも、ワインを流し込まれ続け、意識のない敬太は意識のないまま酒を摂取していった。

 

 2本程ワインボトルを空にすると、男達が敬太に肩を貸す形で両側から体を支えて立ち上がらせ、そのまま足を引きずらせながらも歩いてき、酔っ払いを介抱するようにして店から出て行く。そして、店の前まで乗り付けて来ていた車に敬太をねじ込むと、昼食包の案内に従い車を走らせた。



 こんな無茶をして一行が向かった先は敬太の実家だった。

 実家の前に車を付け、未だに意識のない敬太を抱えて家の中に入って行く。


「何処かにあるはずだから探し出して」


 男達の後から家に入って来た昼食包が、黒い皮製の手袋をはめながら静かに声をあげると、敬太を布団に寝かせていた男達が、それに頷いた。


 敬太の持ち物は、道中に全て改めていたので、隠し持っているとしたらこの実家が怪しいのだ。昼食包は下された命令に応える為にも、何としてもここでを見つけ出さなければならない。


 昼食包と男達は静かに敬太の実家の探しを始めたのだった。

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