第136話 風玉
「フンギャアァァーーー!」
しかしその時、聞いた事が無いゴルの鳴き声が聞こえて来た。
それから野球のボールが耳元をかすめた時の様なシューという風切り音が聞こえた。
急いでゴルの方を見ると、腰を浮かせ、毛を逆立たせ、尻尾がピーンとなっていて、何かを威嚇する時の様な恰好をしている。
何が起こったんだ?
「ケー・・・ケー・・・」
すると今度は、後ろから苦しそうなアメダラーの鳴き声と、ゴォーっと言う風の音が聞こえて来た。
急いで振り返り見てみると、渦を巻いた大きな炎がアメダラーを包み込んでいた。
敬太が放っていた【火玉】とは比べ物にならない大きさだ。
火災旋風の様に渦巻く炎は大きく伸びあがり、アメダラーの体を覆うどころではなく、天井まで達し、更に天井を舐める様に這い広がっていた。暗闇だった部屋は炎で照らされ、昼間の様な明るさになっている。
その熱は敬太の顔にも届いたので、急いで地面を転がり炎に包まれているアメダラーとの距離を取った。
ゴルを見ると、いつの間にか地面に倒れていたので、急いで抱きかかえ一緒にゴロゴロと転がる。
火傷しない所まで転がって離れ、炎に包まれて動かなくなったアメダラーの様子を見ていると、ピシッピシッっと何か硬い物が割れるような音がしてきた。
敬太は何の音だろうとマジックポーションを飲みながら眺めていた。
すると、今度はパキッと一際大きな音が鳴り、それと同時にアメダラーが崩れていった。
熱くない様に顔に手を当てながら、アメダラーを観察すると、あの硬かったアメダラーの鱗甲板が割れているのが見えた。熱による膨張で割れてしまったのだろう。
地面に突っ伏した状態のアメダラーは、動き出す事無く、そのまま紫黒の煙を吹き出し始めた。
大きな竜巻の様な炎、それに絡まる紫黒の煙。それら2つが混じり合いアメダラーの体を隠す様に包み込んだ。
大きく膨れ上がった竜巻は、暫くの間、形をとどめ続け、そして急激に小さくなった。それはまるで、逆回転の映像を見るような不思議な収束の仕方だった。
最後に一陣の風を吹かせると、全ては消え去っていた。
「ふぅ~。た、助かった・・・」
敬太は地面に座り込んだまま、必死で息を整え、何があっても動けるように身構えていたが、炎と煙が消えた事で、大きく息を吐いてチカラを抜いた。
激走と緊張で喉がカラカラになっていたので、ヘルメットを脱ぎ、ペットボトルのお茶を煽った。お茶は体に染み込み、癒しをもたらした。
ゴルは未だに目覚めて来ない。寝てるのか、気を失ったのか分からないが、あの時何かしてくれたのは間違いない気がする。
ゴルを膝の上に置き、体を撫でながら【鑑定】してみた。
『鑑定』
ゴル(ゴルベ)オス
レベル 7
HP 6/24
MP 0/7
スキル なし
魔法 風玉
森田敬太の契約獣(コンビ)
うわ。HPがっつり減ってる。それにMPも減ってる?・・・。
えっ?魔法覚えてる!
8階層まで殲滅し終わった時、ゴルのレベルがちゃんと上がっているか見る為に【鑑定】していたのだが、その時は魔法なんて無かったはずだ。
だとすると、今のアメダラー戦で魔法を覚えたのだろうか?火事場のクソ力的な?突然の閃きみたいな?
良く分からないな。後でヨシオに確認しよう。
しかし、ゴルが覚えた【風玉】で、敬太が放っていた小さな【火玉】の炎をあそこまで大きくする事が出来るとは・・・。
相乗効果ってやつだろうか。組み合わせた魔法の威力は凄いもんだ。
転んでしまった時はもうダメかと思ったが、今回は完全にゴルに助けられてしまった。
敬太の膝の上で眠っているゴルを感謝を込めながら優しく撫で続けた。
眠っているゴルを2代目ハードシェルバッグに優しく入れて、防護服に付いた土埃を払いながら立ち上がった。
それから部屋の中を見渡し、配線を通す位置なんかを確認しながら、アメダラーが立ち塞がっていた方の扉に向かった。
扉はすんなりと開き、先には予想通り下り階段がある。
今日はもう疲れたので、この先はまた後日だな。
10階層での確認は全て済んだので、来た道を戻り、改札部屋へと戻って行った。
「おっちゃん、おかえりー」
「はい、ただいま。昼ご飯は食べたか?」
「うん。モーブとウサギの姉ちゃんとテンシンで食べた」
3階層の改札部屋前まで戻ってくると、そこで弓の練習をしていたクルルンが出迎えてくれた。
アメダラーと戦ってしまったので、昼の時間はとっくに過ぎてしまっていた。
パンだのハムだの水なんかは、いつでも食べられるように置いてあるとモーブに言ってあるので心配はしてなかったが、ウサギ耳の奴隷の女の子もちゃんと食べていたようで安心した。
なんせ、敬太から見たら酷い大怪我なのだ。あれで平気だと言う獣人が凄いと思う。本当は現実世界の抗生物質なんかを飲ませた方がいいのかもしれないが、市販されていないので、どうやって手に入れればいいか分からないのだ。
ダンジョンでハイポーションが出るのを待つか、もう一度マシュハドの街に繰り出すか。どちらにせよ、もうしばらく我慢してもらいたい。
もし、食い千切られている手足が化膿し、腐り始めたら、もう一度マシュハドの街に行く事になるだろうけど、あまりいい思い出が無いので、出来ればもう街には行きたくないってのが本音だ。
敬太が改札部屋に入ると、クルルンも弓の練習に飽きたのか一緒に入って来て、椅子に座り、足をブラブラさせている。
敬太は、ゴルを静かに寝床のダンボール箱に入れてから、装備品を【亜空間庫】の中にしまい、クルルンの近くに座った。
疲れた体を休めながら、お昼ご飯をデリバリーで選んでいると、クルルンがタブレットを覗き込んで来たので何か食べるか聞いた所、甘いものが食べたいとの事だったので、ついでにデリバリーで頼んだ。
「ほれ、テンシンと一緒に食べなよ」
「はーい。ありがと」
クルルンだけにおやつを上げるのはフェアじゃないと思い、寝室で奴隷の女の子の看病をしてくれているテンシンの分も頼んだので、持って行かせた。
「ずずずーーー」
ひとりで遅くなった昼ご飯の家系ラーメンを啜っていると、ロッカーの脇にある物置の取っ手の上の黒い四角の部分が点滅しているのに気が付いた。
あの物置は「自動取得」でドロップアイテムを拾って集めておいてくれているもので、ドロップアイテムがあると、今みたいに点滅して教えてくれる様になっている。
どうやら何か拾っていたようだ。
勢い良くグビグビと家系ラーメンの汁を飲み干した。
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