第103話 急がば回れ

「早速で申し訳ないのですが、質問があります」


 話は終わったとばかりに、ソファーから腰を浮かしかけたサイドテールの女職員アイナだったが、敬太が声をかけると再び座り直し、話を聞く体勢に戻ってくれた。


「構いませんよ~。何でも聞いて下さい~」

「すいません。では・・・薬草の採集依頼の事なんですが、あれは指定された地域で採って来ないといけないものなんでしょうか?」

「あ~、そういうお話ね~。あれはね、冒険者さん達の間では『納品依頼』とも呼ばれているぐらいでして、現物を収めてもらえれば何処で採ってこようとギルドとしては問題ないですよ~」

「なるほど、そうなるとゴブリンなんかの討伐依頼も同じような感じですか?」

「う~ん、そっちはちょっと違うんですよね~。まずね~、領主様とか大商人さんが治安を守る為だったり、毎日必要になる素材を集めるの為に、常に依頼を出しているを『常設依頼』と呼んでいまして、こっちなら何処のモンスターでもいいんですけど~、村の村長さんだったり被害にあった農家さんが依頼してくる『通常依頼』の場合は、ちゃんと現地で問題になっているモンスターを倒さないと依頼達成にはならないんです~」


 テーブルの対面に座り、敬太の初心者丸出しの質問に答えてくれているアイナは、先程の言葉通り嫌な顔ひとつせず対応してくれていた。

 出されたお茶は既に飲み切っており、結構な時間アイナを借りてしまっているが、折角の機会なので、聞きたい事は全て聞いてしまおうかと思う。


「最後に『常設依頼』でモンスターの討伐依頼は、ランクに関係なく報酬は貰えますか?」

「そうですね~。基本的には止めて欲しい所ですけど、『常設依頼』の報酬は出るし、モンスターの素材も買い取るようになっていますよ~」

「そうですか、分かりました。長い時間お引止めしてしまい申し訳ありませんでした。大変参考になりました。ありがとうございます」

「いえいえ~。これも冒険者ギルドの仕事だもん、気にしなくていいですよ~」


 思い付いていた事は全部聞けたので、付き合ってくれたアイナに礼を言い、個室を後にした。


 廊下を歩き、カウンターがあるホールまで戻ってくると、朝のラッシュが過ぎたのか先程より冒険者の数が減っている感じがする。


「肉のおっさん!」


 不意に聞き覚えがある声に呼びかけられたので、振り向くと代読の少年が笑顔で手を挙げていた。


「今日も代読する?」

「そうだな。お願いするよ」

「へへっ。そんじゃ肉頂戴!」


 このやり取りにも慣れてきた感じがする。ハードシェルバッグを経由して【亜空間庫】からハムを取り出して少年に渡した。


「どうぞ」

「ありがと!」


 少年は小脇にハムを抱え、ニコニコしながら依頼書が張られている壁の前に移動して行く。


「今日はどんな依頼がいいの?」

「そうだなぁ・・・」

「あっ!カッパーになってる!」


 先日と同じく、アイアンの依頼書が張ってあるであろう場所まで来ていたのだが、少年が振り向き敬太を見たとたん声を上げ、いち早く敬太のランクアップに気が付いた様だ。なかなか賢く、注意深い子のようだ。


「それじゃこっちだね~」

「いや。今日もここでいいよ」

「え?カッパーに上がったのにいいの?」


 本当ならばランクが高い方から、良い依頼を探していくのが定石なのだが、今日は違う。


 異世界の街に来てから数日経つが、その間、異世界のルールに振り回され、決まり事に右往左往させられてきた。それは早急にハイポーションが必要になっても変わらなかった。あそこならどうだろう?ここなら大丈夫かな?と、考え付いた様々な方法を試してきていたのだが、何処に行っても空振り。何を言ってもダメだった。異世界のルールが厳格だったのか、敬太の考え方が甘かったのか。


 しかし、先程しっかりとギルドのルールを職員のアイナから教わって来たのだ。

 今からは、効率よくお金を稼ぐ方法を自分で考え、実行出来るだろう。


「いいんだ。今日は討伐依頼を読んでくれ」

「ふ~ん。いいよ~」


 代読少年は元気よく返事をすると、壁に向き直り視線を走らせている。


「えっとね。南の街道に出るゴブリン退治、5匹で銀貨1枚だって」

「それはアイアンの『常設依頼』?」

「そうだよ~。おっさん難しい言葉知ってるんだね」

「ふふ、まあね」


 「さっき聞いてきたばかりなんだ」とは言わずに、敬太は【亜空間庫】から取り出したメモ帳に「南街道ゴブリン×5、銀1」と書き込んだ。


「アイアンで他に討伐依頼はある?」

「ううん。アイアンには無いよ~」

「なるほど。良し、じゃあ次に採集依頼の方も見て欲しいんだけど、いいかい?」

「うん。あっ、ええ~っと。う~んとさ、あんまりあちこち読むのはダメなんだってさ。あ~でも肉美味いしな~。う~んう~ん・・・」


 なんだろう。これもまた何か決まり事があるのだろうか?

 代読少年を見ると、ハムと敬太を交互に見て唸っている。

 何かに迷っているような、困っているような感じだ。


 敬太もどうしていいのか分からずに、代読少年を眺めていたが、段々と何を悩んでいるかが分かって来た。


「これでいいかな?」

「えぇ~。いいの?」

「これで読んでくれるかい?」

「うん。いいよ~」


 思った通りだった。代読少年に大銅貨1枚を握らせてやると問題が解決したようだった。多分、依頼書1枚につき銅貨1枚という形で代読をやっていて、それ以上読まされそうになったら断れとか、何処かの大人にでも釘を刺されたのだろう。


「じゃあ、次はカッパーね~・・・」


 それから、代読少年にどんどんと依頼書を読んでいってもらい、それらを全てメモ帳に書いていった。代読少年の代読はしっかりしていて、依頼とそれに関連して知っている情報なんかも教えてくれるので、冒険初心者の敬太にとってはありがたいものとなっていた。

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