第22話『知井子の悩み・12』

魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな!・22

『知井子の悩み・12』



「ちょっと待った」


 審査員席の一番後ろの冴えないオジサンが手をあげた。


 マユには分かっていた。朝、会場前の掃除をやっていたオジサンだけど、この人が一番エライ人だってこと。

「会長……」

 ダミーの審査委員長は、困ったような顔になった。

「ここにいる全員を合格にする。いいな、黒羽くんも」

 ガチ袋を下げて、隣りにいた黒羽さんをうながした。

「はい、けっこうです」

 すると、貧弱なオジサンは、ステージの前まで来ると、マイクも使わずにしゃべり出した。意外に響きのある、いい声だった。

「まず、名乗っておこう。わたしがHIKARIプロの総責任者の光ミツル。本名は田中米造っちゅう、見かけ通りの冴えないおっさんだがね」

――ああ……。

 会場の何人かの女の子が声をあげた。

 マユは、頭の中にある悪魔辞書を検索……するまでもなかった。声をあげた女の子の思念が飛び込んできた。


 光ミツル――1960年代の後半にデビューしたポップス界異色の新人。フォークソングのシンガーソングライターとして名を馳せるが、フォークソングが政治的、思想的傾向を持つことに反感。新宿フォークゲリラの主席などと言われ、田中のヨネさんで通っていたが、ある日忽然と姿を消した。数か月後、鳴り物入りで歌謡界にデビュー。芸名も光ミツルと、あえて通俗的なものにして、ポップス界の寵児になった。80年代に入ると、人気の絶頂で現役を引退。以後HIKARIプロを立ち上げ、多くのアイドルを生んだ。そして、黒羽さんのような名プロディユーサーを育ててきた。今世紀になって間もなく経営の第一線からも身を引き、今は、その姿を知るものは、芸能界でも少なくなってきた。


――要は、影のフィクサーってわけね。


 その影のフィクサーが、思い切ったことを言った。

「ここにいる48人全員を合格とする」


――ええ……!?


 審査員席が、フロアーの女の子たちと同様に声をあげた。

「相対評価では、確かに発表された16人が優れている。しかし、残りの32人の子たちも絶対評価では水準を超えている。このまま、帰すのは惜しい」

「しかし、会長……」

 社長とおぼしきオジサンが発言しかけた。

「まあ、年寄りの道楽と思ってくれ。あと、黒羽君たのむよ」

 光のオジサンは、引っ込んでしまった。

「じゃ、あとは、わたしが」


 黒羽さんが、ガチ袋を外して、ステージの前に出てきた。


「我々は、新しいポップスのユニットの形を模索してきました。ほぼ一年かけて構想を練ってきました。我々もプロです。その構想には自信があります」

「そ、そうだ!」

 社長が声を荒げた。

「しかし、そのプロ意識と自信に縛られてはいないだろうか……これが会長とわたしが引っかかった点です。ここにいる48人は、みんなステキな子たちです。全員をチームとしてしごきます。で、定期的に選抜メンバーを選考します。取りあえずは、先ほど発表した16人の人たちに選抜メンバーになってもらいます」

 16人分の歓声があがった。

「チームリーダーは浅野拓美さん。サブを大石クララさんとします」

 拓美は固まってしまった。一瞬の間があって、みんなの拍手。そして拓美の目から涙が雫になって落ちてきた。


 その涙をみんなは嬉し涙と思ったが、その真実を知っているのはマユ一人であった……。


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