第15話『知井子の悩み・5』

魔法少女なんかじゃないぞ これでも悪魔だ こ 小悪魔だけどな!・15

『知井子の悩み・5』



「いつまで、親を待たせるつもりなんだ!」

 

 黒羽ディレクターは三十分遅れて応接室に入ってきた。


「おじいさん、怒鳴っちゃいけません。また心臓が……」

 知井子が、心配そうに言った。

「なんだよ、この子たちは?」

「おまえからも、礼を言え。俺が地下鉄の駅で発作をおこして、死にかけているところを助けてくれたんだ」


「え、大丈夫かよ、オヤジ」


「礼を言うのが先だ」

「そうだな、どうもありがとう。ボクも地下鉄の入り口で、オヤジのこと待っていたんだけどね、急用で呼び戻されて。ほんとうに迷惑をかけたね、ありがとう」

「呼び戻されたなんて、白々しいことを。下手な言い訳をするんじゃない」

「ほんとうだよ、オヤジ……」


 黒羽は、言い淀んでしまった。ウソをついているからではない。父の発作に間に合わなかったことが後ろめたいのだ。マユは、黒羽が、おじいさんが思いこんでいるほど悪い人ではないと感じた。


「ほんとうです。おじいさんが来る、ちょっと前まで、地下鉄の入り口で黒羽さん待ってらっしゃいました」

「ほんとうかね……」

「……あ、思い出した。角の店の前で、シャメ撮ってたよね。そっちのゴスロリの子に見覚えがある」

「この子たちはな、駅の階段で苦しんでいる俺を……そっちの子は、階段の下まで行って、腹這いになって、転んだ薬瓶を探してくれて、こっちの子は、薬を口移しで飲ませてくれたんだぞ」

「その服は、買ったばかりだろう」

「あ……いえ」

「ロ-ザンヌって店が、今朝、店先に出していたのを知っているよ。すまん、汚しちまったね」

「なんとかしてやれ」

 おじいさんが、息子を睨んだ。

 黒羽は、すぐに部屋の電話をとった。

「あ、マダム。HIKARIの黒羽です。今朝店先に出してたブリティッシュのゴスロリ、まだある……そう、よかった。ええと……七号サイズ。だよね?」

「え、ええ」

 知井子がうつむきながら言った。そんな黒羽父子のやりとりも爽やかで、マユは微笑んでしまった。


「ははは……というぐあいに、オヤジには叱られっぱなしだったよ」


 あれから、ローザンヌのマダムがきて、知井子は新品に着替えた。そして、近所の肩の張らない洋食屋さんで、お昼をごちそうになった。

「五年も、お家に帰ってらっしゃらないんですか?」

「ボクも、オヤジに言われて、初めて気がついたんだけどね。つい仕事が忙しくて……」

「楽しくて……なんじゃないですか?」

「し、失礼だよマユ」

「はは、マユちゃんの言うとおりだよ。夢を創る仕事だからね、楽しい夢からは、なかなか覚めない」

「で、お父さんが持ってこられたお見合いは……するんですか」

「それは、この業界の秘密。うちの所属の子たちも、恋愛禁止にしてるしね」

「そう、なんですか」

「で、お父さんは?」

「病院、念のためにね。ローザンヌのマダムが口説いてくれた。どうだい、よかったらカラオケでも」

「よろこんで!」


 知井子がのってしまったので、カラオケになってしまった。


 場所も最高級。なんとHIKARIプロのスタジオ!


 まるで、普段のおとなしさを取り返すかのように知井子ははじけた。


 しまいには、研究生の子たちまで、いっしょになって、歌って踊り始めた。マユは、あぶない展開だと思ったが、こんなに楽しげな知井子は初めてなので、魔法で邪魔することもはばかられ、ヤケクソで知井子といっしょにはじけてしまった。

 ミキサーのブースで、黒羽がスタッフとなにやら話していることも気づいていたが、なんだか、このままの自然の流れでいいような気になった。

 これは、悪魔も神さまも、むろんコニクッタラシイおちこぼれ天使の雅部利恵も関わってはいない。これが運命。自然な流れなんだと思った。


 案の定、二日後には、知井子のところに、HIKARIプロからオーディションのお誘いがきた。これはマユには想定内。

 ただし、家に帰ってみると、自分にも学校で見せられたのと同じお誘いが来ていたのは、想定外だった。


 


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