第十六話 ゼラがのせるの!
演習の準備、悩んだのはゼラの服だ。人前に出るのに裸エプロンかベビードールという訳にはいかない。なんとかして大事なところを隠す方法を探すことに。
「いっそ裸の方が怪しく無いかもしれんな」
「エクアド、それもどうかと思うのだが」
鎧にしても今からゼラの鎧を作るのは間に合わない。エクアドの部隊の中で、女騎士に女ハンターから予備の鎧を借りてはみたものの。
「ンー、胸が苦しー」
ゼラのサイズには合わない。その度に鎧の持ち主が呆れたり、一瞬だが額に青筋が浮いたりして、少し怖い。その中で女騎士のひとりがひとつの赤い鎧を持ってくる。
「これは半分冗談で鎧職人に作らせたものですが……」
持ってきた鎧は鮮やかに赤い、胸から上の部分のブレストプレート、それにショルダーがついている。ただ、胸のところはかなり膨らんでいる。
「これは胸が大きく見える鎧です。中に詰め物をして着けるのですが、見ての通り鎧職人が調子に乗って大きく作り過ぎてしまいまして」
胸が大きく見えるように作った鎧、か。女性というのも苦労が多いのか。いや、そういうふうに女性を見る男のせいなのか。
その女騎士を見ると少し恥ずかしそうで、その胸はち、ゴホン、ささやかな感じだ。
男がこれにコメントするとろくなことにならず、俺とエクアドは無言になってしまう。その女騎士が椅子に乗り、ゼラに鎧下を着せてそのブレストプレートをつけてみる。
ゼラは赤い鎧をつけて腕をグルグル回して、
「ウーン、これなら、なんとか?」
「……なんとか? これなら? 詰め物も入れて無いのに?」
女騎士の眉がピクピクと動く。その目が俺とエクアドを一瞬ギン、と、睨む。口は動いてないのだが、何を比べて見てんのよこのエロ隊長コンビは、という聞こえない声が聞こえた気がする。俺とエクアドは何も口にしてはいないのだが。それに男の俺達が何を言っても逆効果なんだろう。たぶん。
その女騎士を女魔術師が背を優しく叩き、女ハンターが肩を組む。どちらも胸がち、ゴホゴホン、ささやかな感じだ。奇妙な連帯感がアルケニー監視部隊の一部女性陣に誕生した、らしい。
いや、俺はささやかなのもいいと思うが、女の胸の価値とは大きさだけでは無いと思うのだが。それを俺が口にしても彼女達は信じてくれないだろう。そんな気がして無言のまま、ゼラの赤い鎧姿を見る。
これで胸から上の部分は隠れてはいる。
「ゼラ、どんな感じだ?」
「ンー、窮屈、脱ぎたい」
「我慢できるか?」
「ンー、ウン、でも、でもー、」
背中の鎧下が触れるところが嫌なのか、モゾモゾと身体を揺らしている。背中に手を回して鎧下と肌の間に指を入れて、少し隙間をつくって背中を掻いてやると落ち着いた。
「ブレストプレートだけなら我慢できるか?」
「ウーン、がんばってみる」
眉を寄せてちょっと困った感じで、それでも頷いてくれる。隠れているのは胸のところだけで、おへそもその下も隠れてない。ここはどうする? エプロンか? いやいや。鎧の上に羽織るサーコートか?
ひとつ思いついて槍につける旗を持ってくる。細長く赤地に黒で我が家の紋章、飛び立つ鷹の紋章がついている。端を手で折って幅をゼラの胴に合わせる。
「こうしてブレストプレートにつければお腹は隠せるか? どうだエクアド?」
「なかなかいいんじゃないか? 隠すとこは隠して、肌に触れるとこも少なければゼラも楽なんだろう? 横から見るとわき腹と背中が艶かしいが」
「ゼラもこれならどうだ? ブレストプレートだけ我慢して貰うことになるが」
「ウン、これだけ、なら」
ゼラの鎧下にブレストプレートから下ろす旗の前掛けと、急いで仕上げて貰う。
次は馬だ。
厩舎で愛馬に鞍をつけ、久しぶりに騎乗する。俺は騎士であり馬は持っている。愛馬の名前はディストール、足は太く力がある牝馬だ。
ゼラが来てからは愛馬の世話はおざなりになりがちだが、日に一度は厩舎に行き顔を見て少し世話をする。乗り手の俺のことを忘れられては、いざというときに困る。
ゼラと一緒に愛馬ディストールに飼い葉を与えたこともある。馬がゼラの姿を見て怯えないかと不安はあったが、意外にも馬は大丈夫だった。ただ、ゼラの姿、上半身人間で下半身大蜘蛛は見慣れないのか、厩舎の馬は初めてゼラを見たときは落ち着かない感じではあった。しかし、暴れだしたり怯えたりはしない。今もゼラが手に持っているニンジンを、愛馬ディストールが口に入れて食べている。
「これは魔力の隠蔽に特化したゼラさんの進化の特徴かもしれませんね。厩舎にゼラさんが来たら馬が悲鳴を上げて大騒ぎになるかと予想してましたが」
ルブセィラ女史が感心したように言う。ゼラは愛馬ディストールの首を撫でながら、
「ゼラ、家畜は襲わない。カダール、言ったこと守ってる」
「これでは街にゼラさんがこっそり入っても、犬は吠えないのかもしれないですね」
愛馬の背に乗り軽く駆ける。
「すまんな、最近はほったらかしで」
ディストールは同意だと言わんばかりに鼻をブルンと鳴らす。ゼラが来る前は結婚式の準備で慌ただしく、馬に乗って駆けるのは二ヶ月ぶりになるのか。
一周して戻って来るとゼラが待ち構えていた。こうして改めて見ると、俺が馬に乗ってゼラと目線の高さが合うくらいか。ゼラの蜘蛛の下半身はかつて目撃されたアルケニーよりも大きいらしい。上半身だけなら小柄な少女なのだが。
「次、ゼラの番」
「は?」
何が、と聞く暇もなくゼラが馬上の俺をひょいと持ち上げる。そのままゼラの背後、蜘蛛の背中に座らせられる。前を向くゼラの肩に手を乗せると。
「ウン!」
ゼラが走り出す。蜘蛛の走りは馬と違い上下の揺れは少ない。水平に滑るように走るゼラは、……なんだこの速さ? この速さで移動して揺れが少ない? 脚が七本あるとこんなに違うものなのか。景色が滑るように流れていく。
あっという間にさっき愛馬ディストールが走ったところを同じコースで、倍以上の速さで走る。
足を止めたゼラは愛馬ディストールの前で。
「ゼラの方が速い」
「いや、それはそうだが」
ゼラはそう言って俺の愛馬ディストールの目を見る。ディストールもゼラを睨み返しているようで、二人? の間に視線の火花が散る。
何だ?
ゼラとディストールは暫しにらみ合い、妙な緊張感をはらむ時が過ぎると、ディストールが先に目をそらした。
ブルンと鳴いて俺に近づき、一度その顔を俺の頬に擦り付けると、振り向いて寂しそうに厩舎の方へと進んでいく。
ゼラはディストールを見送って、
「任せて!」
と、ディストールの背に声をかける。
なんだぁ?
慌ててゼラの蜘蛛の背から降りようとするがゼラが俺の手を握って離してくれない。
「ゼラがカダールを乗せる!」
「何だって?」
そのあとゼラに手を離してもらい、ディストールの側に行っても、ディストールは何かを諦めた顔で俺の方を向いてはくれない。どういうわけか、ゼラとディストールの間で話がついてしまったらしい。
いや、ゼラが来てからはディストールの世話をおざなりにしていたことはあるが。二ヶ月もその背に乗ることも無く、人任せにしてしまったのだが。それでも一日に一度は顔を見て話しかけてはいた愛馬に、見限られてしまうとは、騎士失格では無いか。
すまなかった、悪かった、と、ディストールに謝っても、もう俺を背に乗せてくれる気は無いらしい。悲しそうに顔を伏せているディストール。
「エクアド、これはどうすればいい?」
「これは機嫌をとってどうの、とはならんのじゃないか? 今回はゼラに乗せてもらえよ」
そうなるとディストールは留守番になるのか。それならばとエクアドの部下、ハンター出身の男を呼ぶ。経験のある壮年の男ハンター。
「確か、馬は持っていなかったろう?」
「ええ、自前の馬は持ってやせんぜ。昔は乗ってたこともあるんで、今回は馬を借りるか一頭買うか、悩んでまして」
「良かったらこのディストールを使ってくれないか? いい馬なんだ。タフで戦場では頼りになる」
騎士の馬は専用の訓練をした戦馬だ。戦場でも怯まずに乗り手の意の通りに動き、敵を怖れない。逆に敵を脚で蹴り、体当たりを仕掛けたり、と戦える馬。臆病で無い性格の馬を専門家が調教した戦馬は、時にその馬と同じ重量の黄金と同等の価値がある。
ディストールとは共に魔獣とも戦った、戦友でもあるのだ。
壮年のハンターはディストールをじっくりと見て、俺を見て、ゼラを見る。なにか理解したようで、あぁ、とか声を漏らして深く頷く。懐を探り財布を出して、
「カダール様、この馬を俺に売って下さい。金は足りん分は次の給料から払ってくってことで、分割払いでどうですかい?」
「いや待て。俺はディストールを売るつもりは無いんだが」
「ですがね、カダール様。さっきの見てたら、ゼラの嬢ちゃんが側にいたら、もうこの先、二度と馬には乗れないんじゃ無いですかい?」
「それは、どう、なんだろうか?」
「俺もいい馬が欲しかったところなんで」
「待て、待ってくれ。売る売らないの話はまた今度にしよう。とりあえず今回の演習にはディストールに乗ってみてくれ」
「俺はありがたいですがね。解りました、お借りしますぜ。俺も馬のことは解ってはいるんで、悪いようにはしませんぜ」
エクアドが冗談でアルケニーライダーとか言っていたが、本当にアルケニーライダーになってしまうとは。
急遽、手綱の代わりにゼラのブレストプレートの背中に、俺が握れる取っ手を取り付けることになった。
大丈夫だろうか、俺は蜘蛛に乗って行軍するのは初めてなのだが。
ゼラはむん、と胸を張る。
「ゼラ、速い、ジャンプ、高い」
「その心配はしてないのだが、いや、俺の身が大丈夫なのだろうか?」
この日以来、また俺の異名が、アダ名が増えてしまった。アルケニーライダーとか、黒蜘蛛の騎士とか。
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