第七話 まりょくのけんさ、ぬれちゃった


 王立魔獣研究院、アルケニー調査班がゼラを調べることになった訳で、ルブセィラ女史と調査班が倉庫の中に。どんな生活をして何を食べるのか、というところから記録するようだ。

 ルブセィラ女史がゼラの身体を調べたいという話になって。


「ンー、ヤダ」


 ゼラが首をフルフルと横に振る。ルブセィラ女史は眼鏡がズレてるのも気がつかないくらいに、残念そうだ。何をされるか解らないとなれば、ゼラも不安にもなるか。

 少し考えて、


「では、先に俺を調べて下さい」

「カダール様をですか?」

「何をどう調べるのかをゼラに見せて、痛いことも気持ち悪いことも無いと解れば、ゼラも協力してくれるでしょう」

「なるほど、こんな風に調べさせて下さいと見本を見せるのですね」

「それと俺の血のこともありますから」


 俺の血に関わる一件のことをルブセィラ女史に説明する。俺の血が得体の知れないなにかおかしなものであれば、俺はいったいどうなるのか。

 これまで騎士として戦って、怪我をして血を流したこともある。そのときに奇妙な事件など起きたことは一度も無い。

 俺の血に魔獣を進化種へと変貌させるような、そんな特殊な秘薬のような力は無いと思うのだが。

 俺の話を聞いてルブセィラ女史は楽しそうだ。


「カダール様個人の血にのみアルケニーのゼラさんは反応する、と。ほう、おもしろいですね。その血は重点的に調べるとして、それではカダール様の検査を始めましょう。服を脱いで下さい」

「上だけで良いですか?」

「では、下着以外全部」


 倉庫の中にはエクアドとその部下、母上、ゼラとアルケニー調査班。ゼラの魔法の明かりで倉庫の中は明るい。ジロジロ見られるのはちょっと嫌だが、さっさと終わらせるとしよう。服を脱いでパンツ一丁になる。

 ……アルケニー調査班の女性陣が、なんか喜んでるような。


「カダール様の魔力測定からしてみましょうか」

「俺は魔術師の素質は無いのですが」


 この国、スピルードル王国に産まれた者は子供のうちにこの魔力測定を一度はする。魔獣と戦うことの多い盾の国では、魔術師は魔獣と戦える貴重な戦力になる。

 魔術の素養とは血筋で受け継がれる事が多く、魔術師の家系では貴族よりも血統に拘ったりする。

 火系の魔術師でありながら魔術師の血統では無いウィラーイン家に嫁いだ母上が、変わり者なのだ。それもあるのか、父上と母上はいくつになっても仲睦まじい。まったく、少しは息子の目を気にしろ。見てる方が恥ずかしくなったりする。

 ……俺が人前でいちゃつくのがとても恥ずかしく思うのは、この両親を反面教師と見ていたせいなのかもしれん。

 話が逸れたが、


「俺は子供の頃に魔力の測定はしています」

「ですが、ごく稀にある日魔術の素養が目覚める事例もあります。これは成長期に見られるのですが」


 椅子に座りテーブルの上、洗面器に入れた薄く青い薬品の中に両手を入れる。魔力への反応が高く変化しやすいエンピル水。魔術絡みの薬品の原料によく使われるもので、新米の薬師や錬金術師が練習に作らされるとか。

 ここに身体の一部を浸けて、波紋の動き、色の変化などで得意な魔術の系統が解る。魔術師の中にはこのエンピル水に手を入れるだけで水が跳ねたり、泡が湧いたりと、解りやすいのもいる。

 俺の場合はどうかというと、静かなものだ。何も変化は見られない。ルブセィラ女史が洗面器の水面を見つめる。


「ほとんど変化はありませんね。魔術師としての素養が完全に無いとは言いませんが、使える水準にはなりません。僅かに火系寄り、というとこですね」

「その結果は子供のときと変わりませんね」


 母上のような魔術師もカッコいいとは思うが、魔術師の素養が無いと知って父上から剣を教わった。ウィラーイン伯爵というのは強くなければならない。だから騎士となり剣の修練に明け暮れた。それで、まぁ、女と付き合うとか、そういう暇も無かった訳で。だからモテなかった訳では無い、と思う。

 ゼラが横から洗面器を見てる。俺は洗面器のエンピル水から手を出してタオルで拭いて。


「ゼラもやってみないか? この水に手を入れてみるだけだ」

「ウン」


 ゼラがその細い手を洗面器のエンピル水にチャポと浸ける。エンピル水には何も変化は無い。ルブセィラ女史が眼鏡の位置を直して見直す。


「おかしいですね。この魔法の明かりを簡単に出すゼラさんがエンピル水に手を浸けて何も変化が無いというのは。これではゼラさんは魔力はほとんど無いということに」

「それはゼラの魔法は人の魔術と違うからでは?」

「ですがどちらも魔力を操るという点では同じものなのですが」


 ルブセィラ女史と調査班が何やら話を始める。ゼラは洗面器に片手を入れたままキョトン。母上が思いついたように、


「ゼラ、片手をエンピル水に浸けたまま、何か簡単な魔法を使ってみて」

「ウン」


 ゼラが右手を洗面器に入れたまま、左手の人差し指をチョイと振る。


「みー、」


 その瞬間、


 バジュン!!


 爆発するような音を立てて、洗面器のエンピル水が破裂するように倉庫の中に飛び散った。


「なんだ?!」


 洗面器の前に座っていたので、跳ねたエンピル水を顔面に被る。害のあるものでは無いが、突然のことに驚いた。洗面器の中は空っぽになりゼラも水浸しになってビックリしている。何が起きた?


「ルブセィラさん、これは?」


 ルブセィラ女史は眼鏡の水を指で拭いて、空になった洗面器を見て、呆然とゼラを見て、


「これ、は、ゼラさんの身にとてつもない魔力がある、ということですが、魔法を使う直前は無反応、でしたので……」

「僅かも外に漏れないように完全に制御しているということでしょう。魔法を使う一瞬だけ外に漏れる。その一瞬でゼラの魔力に反応してエンピル水が弾けた、ということね」


 母上が髪をハンカチで拭きながら続ける。母上も魔術師だった。


「ゼラが魔法を使うそのときにしか、魔力は漏れない。これで納得しました。この街、ローグシーに限らず大きな街では、魔獣対策の為に強大な魔力を持つ魔獣が近づけば、魔術師の探知が見つけるようにしています。それに引っ掛からずにゼラが街に入ったのはこれですね」


 強大な魔獣ほど魔力は強い。ドラゴンともなれば常時、その身を魔力が包む。それを早期に見つける為に都市では魔術師が見張りに立つ。

 これのお陰で灰龍が来たときも避難は早めにできて、人の被害を減らすことはできた。

 ルブセィラ女史が眼鏡を拭きながら、考えを纏めるようにブツブツと呟く。


「ドラゴンがあの巨体で空を飛べるのは、その常時展開する魔法で重力に干渉しているからで、強大な魔獣ほどその魔力は強く隠そうともしない。隠して見つからぬようにしようというのは弱い魔獣で、強ければ隠蔽する必要が無い。灰龍すら倒す魔獣が何故、隠蔽を? 隠す理由が無いのに? 意味が無い? アルケニーとは?」


 手に持つタオルでゼラの髪を拭く。ゼラのエプロンもエンピル水でびしょ濡れだ。しかし、魔術師が探知できない隠蔽とは。


「ゼラはずっと魔力を隠しているのか?」

「ウン」

「どうして?」

「ンー、見つからないよに、隠れる。カダール、近くにいたい」


 それだけの為に?

 倉庫にいる何人かは、ゼラを得体の知れない化け物を見るような目をしている

 エクアドが腕を組んで唸る。


「その魔力の隠蔽がどれ程のものか解らないが、そうなるとゼラはこれまでも見つからないように街に侵入していたのか?」

「ウン、隠れる、こっそり。身体、大きくなる。隠れる、むずかしい」


 タオルでゼラの顔を拭く。目をつぶってされるがままになるゼラ。この身体に灰龍を越える力が潜んでいる。それを隠さなければ、ゼラが近寄るだけで街は混乱するかもしれない。危険な魔獣が接近したと警戒して。


「ゼラは人を脅かさないように、ずっと気を遣ってくれていたのか?」

「ウン、見つかる、人間、騒ぐ」


 ただ俺の側に近づくために。俺は何も気がつかなかったというのに。助けられても、何も返すことも無かったのに。健気というか、いじらしいというか。俺はたった一度、助けただけなのに。

 俺を見下ろす赤紫の瞳がパチパチと瞬きする。


「ンー? カダール?」

「何でも無い、ゼラ、少し頭を下げて」


 少し泣きそうになったのを誤魔化す為に、ゼラの頭をワシワシと強めにタオルで拭く。ゼラは楽しそうに、んみゃー、とか、変な声を出してる。何もかもが俺のためか、まったく何て魔獣なんだ。ゼラに対する申し訳無さか、罪悪感か、胸がチクリとする。


「隠蔽に特化する進化、強大な魔力を備えたままに街に侵入するための小型化、僅かに一瞬漏れただけでエンピル水が弾ける程の魔力、これが灰龍すら凌駕するアルケニーの力の一端……。うふ、興味深いですね、くふふ、これまでの魔獣とは何もかもが違う、るふふふふふ……」


 眼鏡をキラリと光らせて不気味に笑うルブセィラ女史。こっちの方がゼラより怖い。なんか気持ち悪い。倉庫の皆も同じ気持ちだったようで、皆がルブセィラ女史から一歩離れた。おかげで倉庫の皆のゼラへの恐怖が薄れた。

 狙ってやった訳では無いのだろうが、ルブセィラ女史には感謝しとこう。

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