第232話 小料理屋の女将(1)

「あの……、ここは……」


 まったく身に覚えのない場所。

 むしろ女性らしい女性っぽい部屋に、少し気後れをしながら言葉を選びながら口にする。


「ここは、私の家です」

「いえ、そうではなくて――」


 彼女の家だというのは薄々と分かっていた。

 そうじゃなくて――、俺は、どうして此処にいるのか? という質問だったわけなのだが――。

 

「お客さんが酔いつぶれてしまった時に、何とかしようと思ってのですけど……、滞在されているホテルも旅館の名前も分からなかったので……」

「それなら、外に放り出しておいてくれれば問題なかったですよ」


 どうせ常人のステータスを遥かに上回っているのだ。

 真冬の寒空の中に捨て置いてくれても死にはしないだろう。


「そんな事できません。今日の朝の氷点下はマイナス3度ですよ? 真冬ですよ? 死んじゃいますよ?」

「たしかに……」


 常識的に考えればそうなるよな。


「それなら警察でも良かったのでは?」

「警察の方は、ダンジョンの方で問題が起きたらしくて、連絡が付かなかったので――、それで仕方なく私の家に……」

「そうだったんですか。申し訳ない」


 礼を尽くしてくれたのなら、こちらも礼儀を尽くすのが社会人としての務め。

 頭を下げる時にはキチンと頭を下げる。


「いえいえ、目を覚まされたのならいいんです。お風呂とか、入られますか?」

「お気持ちだけ頂いておきます」


 流石に、そこまで面倒を見てもらう訳にはいかない。

 俺はベッドから出て服装を確認する。

 とくに何かされたという様子はない。


「本当にご迷惑をおかけしました。男一人を運ぶだけでも、かなり大変だったのでは?」


 女性は、亜麻色の髪を手で触りながらはにかむ様に笑顔を向けてくる。

 苦笑ではない所がポイントは高いが――、その様子から大変だったというのは安易に察することが出来た。


「あ、あの!」

「どうかしましたか?」

「朝食は食べて行かれませんか?」

「それは……」

「もう用意してありますので」


 どうして見ず知らずの男に対して、そこまで気をかけるのか分からないが――。


「ご迷惑になるので」

「二人分作ってしまったので、良ければ……」


 尻すぼみになっている声量と、捨て犬のような表情を見て俺は内心、溜息をつく。

 そう言われてしまったら、さすがに断ることは出来ない。

 そもそも、こっちは一方的に迷惑を掛けてしまった側なのだから、邪険にもできないのだ。


「では朝食を頂いても?」

「はいっ!」


 花の咲くような笑顔を見せてくる女性に、どこか佐々木達とは違う感覚を覚える。

 何というか……、言葉に言い表せない――、ただ何となくだが――、どこか似ているような……。



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