第198話 帰郷(3)
男の後ろ姿を見送りながら、相手が言った言葉を思い出す。
萬(よろず)というという男は、俺のことを有名人と口ずさんでいた。
つまり、俺の情報を知っているということだ。
「まったく厄介な事になったな」
俺の事を何処まで知っているのかは知らないが、有名人と言う時点で、千葉東警察署で起きた事件くらいは知っているだろう。
――ただ、問題が一つある。
それは……。
どうして、俺のことに興味を持ったかだな。
基本的に佐々木とは先輩後輩の仲であり、男女の仲でもないし鳩羽村に来たのも初めてだ。
つまり、時間を掛けてまで俺を調べて警戒する必要性はないと思うのだが……。
「どうして……、本家からの招待を承諾してしまったんですか……」
「望(のぞみ)……」
肩と声を震わせながら佐々木が話しかけてくる。
俺は、小さくため息をつきながら振り返り――、佐々木の華奢な肩を両手で掴む。
すると佐々木は、涙を浮かべた両目で俺を上目遣いに見てくる。
「やれやれ、お前は分からないのか?」
「――え?」
「アイツらは、俺の大事な物(牛丼)を――」
思い出しただけでも怒りが込み上げてくる。
「俺の大事な物を! 奴らは侮辱した! 俺が怒る理由は、それだけで十分だ!」
「そんなに望(のぞみ)のことを……」
佐々木の母親が感涙極まったのかハンカチで目元を抑えているが――、面倒なので訂正することはしない。
それよりも一つ気になったことがあった。
「佐々木香苗さん」
「はい、何でしょうか?」
「あの男が言っていた例の話というのは何ですか?」
俺の問いかけに香苗さんの表情が曇る。
やはり、あまりいい話ではないようだな。
「もしかして、広い駐車場に車が殆ど停まっていないこと、そして従業員の姿が見えないのも関係していますか?」
「それは……」
「お母さん――、いつもは、もっと仕事をしている人が居るのに、どうして今日は誰も迎えに来ないの?」
「…………鳩羽商店街は見た?」
「うん。人が、いっぱい居たけど……」
「その鳩羽商店街の近くにね。安くて近代設備の整った新しいホテルが出来たのよ。ソレで――」
「なるほど……、それで客を取られたて――、従業員もヘッドハンディングされたと?」
まぁ、良くある話だ。
売上が上がる立地に資本企業が進出してきて、元から存在する地域密着型の商店街を潰すなんてことは――。
「お客様を取られたのはそうなのだけれど……。ヘッドハンティングはされていないの」
「どういうことなの?」
佐々木は俺の腕を抱きしめながら母親に詰め寄る。
「それはね……」
佐々木母娘が修羅場な話をしている横で、俺の視線の先――。
客が寛ぐために用意されたソファー席で相原さんがタバコを吸いながら自動販売機で購入したコーヒーを飲んでいた。
俺も、佐々木親子の話が長引くようなら、さっさと向こうにいきたい。
だが――、佐々木が俺の腕を掴んでいることもあり蚊帳の外への離脱ができない。
「本家が建てたホテルなの。それで従業員の殆どは本家から派遣されていたでしょう?」
「う、うん……」
「その従業員が全員、新しいホテルに移動してしまって――、いま残っている従業員は、板前さんと雑務を担当してくれている人しかいないの」
「そ、それじゃ……」
佐々木の表情から血の気が引いていく。
俺も、いまの親子の会話から、この旅館が危機的状況に陥っているというのは分かった。
まぁ、俺に出来ることは何もないが――。
「そうなの。本家の人がね、もう――、この旅館は古いから取り壊すって……」
なるほど。
たしかに古いからな……。
「それじゃ、お母さんはどうするの? お父さんが、必死に守った旅館なんだよ!」
「……望(のぞみ)」
「このまま、本家の言いなりになっていいの!」
「お母さんは、ここを追い出されても大丈夫だから……」
「そんなのおかしいよ! そうですよね!」
佐々木が俺の方を見てくる。
俺に、そこで振るのは止めてもらいたい。
「そ、そうだな……」
こう答えるしか道がないじゃないか。
「香苗さん。この際、旅館を買い取るとかは出来ないんですか?」
「それは無理だわ。本家からは、もし立ち退きたくなければ、お金を払って購入するように言われたけれど……、とてもじゃないけど5億なんてお金を用意できないわ」
「……」
思わず無言になる佐々木。
まぁ、こいつも金はないからな。
「香苗さん、俺が5億を融資しますよ」
「「え?」」
思わず佐々木親子の声が被る。
俺の大事な物(ぎゅうどん)を、穢した罪は非常に重い。
その中央に建っているホテルが、最新設備か何か知らないが俺のアイテムボックス内に入っている全てのアイテムを使って徹底抗戦してやろうではないか!
「俺の大事なものを蔑ろにした罪は万死に値するので!」
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