第156話 交渉(2)

 そのアメリカ海兵隊の女の言葉に俺は思わず内心驚く。

 いくら何でも簡単に信じすぎだろうと思ってしまったからだ。

 ただ、彼女――、メルリド・バーレンは俺の言質を信じてしまったようで……「さすがは、ピーナッツマン――、こと山岸直人だけはありまス!」と、息巻いている。


 自国を過大評価されたと勘違いしているのか、俺の言葉を疑ってはいないようだ。


「山岸さん。彼女、ちょろいですね」


 おい、藤堂――、そういう言い方は止せ。

 ここは上手く相手の心理に付け込んで話を聞きだした方がいいに決まっているだろう。


「分かってくれたならいい」


 大物ぶった口調で俺は頷く。

 まぁ、伊東市を壊滅させたアメリカ政府と俺がまともに交渉するなどありえない。

 さらに言えば、【海ほたる】で起きた出来事で、海鮮牛丼を食べられなかったことは一生許さないレベルだ。


 それにしても……、俺が秘密裏にピーナッツマンとして行動していた事を知られているとは……、日本政府からも何も言われなかったというのに、そこらへんは流石は腐ってもアメリカと言ったところか。


「――で! お前らは、何のために俺を連れて行こうとしたんだ?」

「それは、大使館で――」

「ふむ……」


 俺は藤堂の方へと視線を向ける。

 それと同時に、ギルドチャットをONにする。


「(藤堂、どう思う?))

「(私としては、日本政府の意向も考えると日本ダンジョン探索者協会か、陸上自衛隊経由で話を上げた方がいいと思います)」

「(理由は?)」

「(海ほたると伊東市の問題を含めると日本政府が何らかの要求か話し合いの場を持って行動していると考えられるので、それに私達も――)」


 最後まで藤堂は言い切らなかったが、彼女の言いたいことは何となく察することは出来る。

 それは夜刀神の事や、俺の力のこと――、そして何より……、俺の記憶の事を含めて整理しないといけないことが多々あるからだ。

 つまり、行動の方向性が定まっていない。

 そんな状態で、安易に行動をすることは良くはないということ。


「(そうだな……)」


 やる事は、たくさんあるのだ。

 出来ることから解決していくことが重要。

 それなら……。


「メルリド少佐には悪いが、俺がいま話せることは何もない。そもそも俺がピーナッツマンだと知っているのなら、日本ダンジョン探索者協会に所属しているという事を知っているはずだ。組織に身を置く者としても分かるだろう? 組織に身を置く者と交渉をする場合には、その者が所属している組織のTOPと先に交渉するということが――」

「ですが……、ピーナッツマンのプロフィールは不明で、登録さえも……」


 ふむ……。

 なるほど……、つまりピーナッツマンが実際に存在して日本ダンジョン探索者協会に所属しているかどうかを調べたということか。

 事前にチェックしてくるのは好評価だが、メンドクサイ。


「ふっ、メルリド少佐よ。日本には、パソコンすら使ったことのない大臣が居たという事実を知らないのか?」

「――そ、それは!? た、たしかに……。日本の大臣はUSBすら知らないという話を聞いたことが……」

「分かってくれたならいい。トップシークレットかもしれない俺の情報がネットで見られる可能性は限りなく低いだろう? つまり、そういうことだ!」

「な、なるほど……」


 さすがスキル「演武LV10」


 適当に話していても相手を説得出来てしまうあたり、詐欺師になって土地を転がしていた方がお金になるのでは? と思ってしまうほどだ。


「とりあえず言っておくが、俺はお前たちが【海ほたる】で行った行いを忘れた訳じゃないからな? 貴様らのせいで、どれだけ迷惑を被ったのか理解しろ!」


 そう、こいつらのせいで特製、海鮮牛丼が食べられなくなったことは、ハッキリと伝えておくべき最重要案件だ。


「……そ、それは……」

「言い訳は必要ない。きちんと責任を取れ! もし責任が取れなければ、神が許しても俺が許さない! それだけは、お前らのTOPに伝えておけ」


 メルリドは、顔を真っ青にしながら何度も頷く。

 話が一段落したところで、スキル「威圧LV10」を解除する。


「それと、今度から俺を含む関係者に銃口を向けてきた場合は、敵認定するからな」

「わ、わかりました……」


 震える体を抑えながらもメルリドは了承するとアパートの敷地内から部下を引き連れて去っていた。

 その後ろ姿を見送ったあと、俺は溜息をつく。


 車の請求費、アメリカ政府に突き付けられないのかと――。 

 



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