第136話 はふりの器(35)第三者視点

 ――アメリカ国防総省内に設けられた次世代宇宙兵器戦略室。


 室内は、NASAの宇宙情報センターに酷似した作りとなっている。

 戦略室内は、現在――、張り詰めた空気が漂っており全員の視線が壁際に配置されている巨大なスクリーンに向けられていた。


「ウィリアム国防長官、衛星ひまわりへのハッキングが完了しました」

「うむ。それで第一投下した【神の杖】はどうなったのだ?」

「現在、土埃が舞い上がっており観測が非常に困難となっております」

「そうか」

「長官。アリア少尉からの連絡が――」

「繋げ」

「はい」

「こちらアリア少尉です。いきなりの上落ち村への【神の杖】の投下は、どういう事でしょうか?」

「アリア君。君達からの報告によると神居村に、我らアメリカの国防戦略の妨げになると判断される人間がいると報告があったが?」

「佐々木望の事でしょうか?」

「うむ。我々、アメリカは常に世界で最強ではなくてはならない。それは何故か分かるかね?」

「私は、軍人ですので」

「ふむ。良く聞き給え。世界は経済力ではなく軍事力が強い国が支配しているのだ。――だからこそ、我々――、アメリカ合衆国のドルは世界の基軸通貨となりうる。何故なら、何か問題があれば経済的に敵対する国を戦争で潰せばいいだけだからだ。経済的に我が国の債権を多く持っている国を戦争で潰すことは、国家戦略に叶っているのだよ。つまりだね――」

「――ま、まさか……、同盟国である日本に戦争を仕掛けるつもりですか?」

「アリア君。憶測で物事を語ってはいけない。日本は、我がアメリカにとって大事なパートナーなのだよ?」

 

 ウィリアム国防長官は、静かに言葉を紡ぐ。

 それは、まるで幼子に国同士の関わり合いとは何なのか? と説明するがごとく。


「今回は、日本の上級国民を殺して回っているという殺人鬼を殺すために【神の杖】を使ったにすぎない。日本の上級国民は、自分たちが殺人鬼に殺される事に恐怖した。だからこそ我々――、アメリカに交渉してきたのだよ」


 溜息交じりに言葉を紡ぐが、その姿はどこまでも芝居掛かっていた。

 音声だけしか拾う事が出来ないアリア少尉には、その様相を見ることはできなかったが。


「つまり――」

「うむ。【神の杖】と呼ばれる次世代質量兵器グングニルでの殺人鬼の抹殺を我々に日本の上級国民は依頼してきた。そして我々、アメリカとしてもマッハ12に到達しうる超音速での攻撃兵器の実験の場が得られた。互いにWIN-WINの関係性だ」

「ついでに佐々木望も処理するということですか?」

「それは心外だ。あくまでも、佐々木望はついでに死亡するという筋書きだ。それに君達が、山岸直人の情報を調べている時に、佐々木望の動向が知れたことは、大変意義のあることであった。これから、【神の杖】での上落ち村――、並びに神居村の殲滅攻撃を行う。決して村には近寄らないように。分かったな? これは大統領命令でもある」

「――っ! ……わ、わかりました……」

「うむ。すぐに撤収したまえ」

「ウィリアム国防長官! 衛星からの映像を映します」

 

 オペレーターの声と同時に、戦略室内の壁のモニターに映像が表示される。


「霧か? どういうことだ? 上落ち村に【神の杖】を落としたのではないのか?」

「はい。たしかに落としました。着弾までのトレースは確認しています。――ですが……」


 男性オペレーターの声が言い淀む。


「何だ? 早く言え!」

「着弾したと同時に、霧が分散――、衝撃が周囲に拡散されたようです。周囲の山々に破壊の余波が分散されており周囲に無数のがけ崩れが発生している模様」

「――なるほど……。佐々木望が扱う魔法か――。ならば……、【神の杖】の連続投射を行う」

「国防長官! それでは、近隣の町にまで被害が出る恐れがあります!」

「近隣?」

「はい。マッハ12を超える速度で地表に衝突する金属は、地下数十メートルまでも貫通し破壊します。その破壊力は凄まじいのです。もし、連続投射を行った場合――、その破壊の余波は人口6万人を超える伊東市を壊滅させる恐れが――」

「6万人? その程度の犠牲で我がアメリカ合衆国が力を維持できるのなら安いものだ」

「――ですが! 日本は同盟国です」

「馬鹿な事を言うなよ? 同盟国と言っても運命共同体という訳ではないのだ。たかが6万人程度。原爆を落として民間人を無差別殺戮した時よりも被害は少ないではないか」

「ウィリアム国防長官」

「何だ?」

「日本の通産省、外務省を始めとする上級国民が伊東市を消滅させても、東京夕日新聞やクリエイティブバンクの社長を殺した殺人鬼が殺せれば問題ないと返答してきました」

「分かった。それで夏目総理は?」

「日本国政府は、現在――、海ほたるの対策に目が向いており霞が関に勤めている上級国民と上級国民OBなどの行動には目が向いていないようです」

「そうか……。なら情報操作は、日本の高官や上級国民に任せるとしよう。彼らも我が身可愛さに必死に情報操作をするだろうからな。それでは、これより【神の杖】の連続投射による攻撃を開始する!」


 ウィリアム国防長官の声が、次世代宇宙兵器戦略室内に響き渡った。



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