第108話 はふりの器(7)第三者視点

 リムジンは、陸上自衛隊木更津駐屯地を北上する。

 そして――、木更津金田インターチェンジから高速道路へと乗り換えた。


「それよりも、富田さんは山岸さんを本当に覚えているんですか?」


 江原の言葉に、富田は運転をしながらも――。


「ええ、それが何か? 山岸様が何かをしたんですか?」

「いえ」


 富田の言葉に、江原は頭を左右に振ると佐々木と藤堂の方を見ると3人は小声で話しはじめる。


「どうして、富田さんは山岸さんのことを覚えているのでしょうか?」と江原。

「わからないわね」


 肩を竦めながら答えるのは藤堂。

 彼女も、さすがに現状を分析するのは無理がある。

 内閣情報調査室に所属していたとは言っても、それは基本的なベースとなりうる事前の情報があるからこそ仮説が組み立てられるわけで、仮定を組む大前提になる情報が不可欠な現状で、それが導きだせる訳がないからだ。


「佐々木さんは、どう思うの?」

「私は、分からないけど……、たぶん――」


 佐々木は、藤堂からの問いかけに答えながらも髪の毛の中に隠れている狂乱の神霊樹を取り出す。


「狂乱の神霊樹なら何か知っているのかも……、先輩のことを【祝の器】って、言っていたし――」

「マスターよ、我を人間の目につく場に持ちだすのは感心しないのじゃが?」

「仕方ないじゃない。それより――、どうして富田さんは、先輩のことを覚えていたの?」

「やれやれ――。山岸の話をする前に、そもそも、この世界の人間というのは、神と人の関わりを殆ど理解していないと見えるのじゃ」


 狂乱の神霊樹は、佐々木のスカートの上に降りると溜息にも取れるようにな呟きを漏らすと、腕を組んだ後、彼女のお腹に体を預ける。


「神というのは、汝ら人間にとってはどういう存在じゃ?」

「――え? それって……」


 問いかけられた、佐々木は――、その言葉に戸惑いの色を瞳に浮かべると口を噤む。

 江原も同様であり――、3人の中で唯一、口を開いたのは藤堂であった。


「それって、神道における神の定義なの?」

「神道が、どういう物か我は知らん。――が、そもそも神と言うのは、人に望まれることで生まれるモノじゃ」

「人に望まれて生まれる?」

「そうじゃ」


 藤堂の問いかけに即答する狂乱の神霊樹。


「そもそも神の定義というのは人間が決めているものであって、それは不変からは限りなく遠く曖昧な存在じゃ。そのために神というのは人の記憶から消えれば消滅する。つまり人が信仰心を無くした時点で、神はその力を失い消えるのじゃ」

「なるほど……」


 相槌を打つ江原に視線を向けたあと、狂乱の神霊樹は言葉を続ける。


「さて、お主らは神というのを――、人間は、神という存在をどう考えているのじゃ?」

「それは……」


 言葉に詰まる江原。


「言い方を変えるのじゃ。人間は、神をどう思っておるのじゃ?」

「そういうことですか……」


 得心言ったと言った様子で、藤堂は口を開く。

 そんな彼女に、狂乱の神霊樹は視線を向ける。


「人間は自分の都合の良いように、ありもしない存在を奉り恐れる。そして必要が無くなれば記憶から――、歴史から抹消する。つまり――」

「正解じゃ。つまり、神というのは人が必要としている限り存在し続ける。それが、どんな形になろうともな」

「それじゃ先輩は?」

「そう答えを急くな。さっきも言った通り、いまのはあくまでも神とは! という定義に過ぎんのじゃ」

「――で、でも! さっき先輩は【祝の器】だって――、それは神に仕える神職のことだって……、あっ!?」


 途中まで話したところで佐々木も気が付いたのだろう。

 口を閉じる。


「そうじゃ、山岸直人は【祝の器】であり神ではない。つまり、人々の記憶が作り出した神とは一線を画すというのが今回の問題点じゃ」

「どういうことなの?」

 

 疑問を呈する藤堂。


「普通に存在している人間が、ある特定の人物だけの記憶から、その存在が消えるはずがないと言っているのじゃ。つまり山岸直人という男は何かを持っておる。じゃからこそ、最初に我はあやつのことを【祝の器】とは特定できなかったのじゃ」

「なら、【祝の器】として特定できたのはなんでなの?」

「簡単じゃ、奴は神器を纏っておった」

「神器?」

「簡単に言えば、神たる器の力の根源じゃ。言い換えるのなら信仰の力を身に宿しておった――、ん?」


 狂乱の神霊樹が何かに気が付いたのか、佐々木の髪の毛の中に隠れる。

 それと同時に――。


「江原様、後ろから車が追ってきますが――」

「車?」


 江原が、リアガラスから後ろを見る。

 すると10台近くの黒塗りの車が後ろを追従してきているのが見える。


「江原さん、どうかしたの?」


 問いかける藤堂に江原は後ろを見たまま。


「後ろから同じような車が、私達が乗っている車を追ってきているみたいです」

「追ってきている?」


 藤堂もリアガラスから後方を確認する。


「ナンバープレートがないわね。怪しさ満点だわ」


 藤堂の言葉と同時にリムジンは急加速する。

 いきなりのことに3人の体はシートに埋もれるが――。

 それと同時に車体を何か――、金属的な物が当たる鈍い音が聞こえてきた。


「私の車が! あれは一体何なんですか?」

「分からないわ」


 藤堂も何が起きたのか分からない。

 ただ、一つ分かるのはリアガラスから見た後方には――、拳銃を構えて撃ってくる男達の様子が克明に存在しているだけであった。




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