第66話 千城台病院への訪問

 部屋に戻り、スーツ姿のまま充電しておいたスマートフォンを手に取る。

 スマートフォンには、2件の着信メールが確認できる。

 1件は、広告メール。 

 もう1件のメールは企業からのメールのようだ。


 企業からのメールをクリックしアプリを起動させると画面上にメールの内容が表示される。




 差出人名 


 菱王コーポレーション・コールセンター

 

 件名 


 採用にあたりまして

 

 詳細 


 12月31日 AM10時から面接を行いたいと思います。

 住所・必要書類は添付致しましたファイルをご確認ください。




 なるほど……。

 12月31日か……。


 それにしても、ノコモココールセンターよりも遥かに規模のデカい菱王コーポレーション・コールセンターの面接までいけるとは思ってもみなかったな。

 個人対応が多いノコモココールセンターより、企業対応が多い菱王コーポレーション・コールセンターの方が多く情報が集まる。


「一応、佐々木と牛丼フェアに行くことになっているのが午後6時からだからな。問題ないだろ」


 ファイルを開き、必要書類を確認していく。

 どれも用意してあるものばかりだ。

 とくに問題ないな。


「まぁ仕事が決まるかも知れないのは朗報だな」


 メールアプリを落とし電話をかける。


「はい、千城台交通です」

「山岸ですが、車を一台お願いします」

「畏まりました。それでは、すぐに手配致します」


 電話が切れる。


「――さて、いくか」


 部屋から出て鍵を閉めたあと、通路を通り階段を降りアパートの前でハイヤーが来るのを待つ。

 5分ほど経過したところで黒塗りのクラウンが到着。


「山岸様、お待たせしました」


 運転手は、相原。

 車に乗り込み行先である千城台病院を伝えると車は走り出した。




 時間にして10分程で病院に到着。


「相原さん、いつも通り待っていてもらえますか?」

「わかりました。それでは何かありましたら携帯電話の方におかけください」


 相原の言葉に俺は頷いたあと病院内に入る。

 

「思ったより、朝だと言うのに人が多いな」


 まぁ、スマートフォンで時間を確認した限り時刻はすでに10時近いからな。

 一般診察に来た患者や見舞いにきた客も大勢いるのだろう。


 さて――、どうするか……。

 轟医師の名前は知っているが、どこにいるのやら。

 

 とりあえず病院の関係者に聞くのが最良だろうな。


「すいません」


 声をかけたのは目の前を通りがかった女性の看護師。


「はい、どうかしましたか?」

「轟先生を探しているのですが……」

「轟先生ですね。轟先生でしたら、午後まではレントゲン室にいると思いますので呼んで参ります。少しお待ち頂けますか?」

「はい、よろしくお願いします」


 午後まで? つまり、午後以降は居なかった可能性があったと?


 よくよく考えてみれば休みだった可能性もあったんだよな。

 別に、ポーションを出来ればと彼は頼んできただけで、本当にどうにかできるか半信半疑だっただろうし。

 轟医師を待つ間、病棟の壁に背中を預け視界内の下部に表示されている4つのアイコンの中から魔法を選択する。

 すると半透明な無色のプレートが視界の中央に表示されると同時に現在覚えている魔法一覧が表示されていく。 




 魔法


 ▽牛丼半額  MP消費1

 ▽牛丼6割引き    MP消費2   

 ▽牛丼7割引き  MP消費4   

 ▽牛丼8割引き  MP消費8   

 ▽牛丼9割引き    MP消費16  

 ▽無限の牛丼    MP消費1000

 ▽アイテムボックス MP消費なし




 そしてアイテムボックスをクリック。

 魔法が発動すると同時に、別のアイテム枠が視界左に表示されていく。




 アイテムボックス


 流水の革袋 22

 バッカスの皮袋 4

 百合の花の魔力ブローチ 7

 四次元な赤薔薇のポーチ 3

 銀花の指輪 14

 万能中央演算処理装置 2

 四次元手提げ袋 15

 逆針(ぎゃくしん)の腕時計 5

 黄金の果汁 3

 極光の眼鏡 2

 封印されしピーナッツマンの着ぐるみ(頭)  4

 封印されしピーナッツマンの着ぐるみ(右腕) 4

 封印されしピーナッツマンの着ぐるみ(左腕) 4

 封印されしピーナッツマンの着ぐるみ(右足) 4

 封印されしピーナッツマンの着ぐるみ(左足) 4

 ミドルポーションの無限精製樽 1

 牛野屋の牛丼  381

 ヌカリスエット 112

 ヌァンタババロア 23


 


 ああ、しまった。

 樽から、ポーションを取り出しておくのを忘れていたな。

 さて、どうしたものか……。

 

 本当ならヌァンタババロアを飲んでから、ミドルポーションに入れ替えるのが筋道なんだろうが……。

 まぁ、この際だから上手く誤魔化すしかないな。


「これは、山岸さん!」

「おひさしぶりです」


 轟医師と挨拶を交わしながらも、彼を呼んできてくれた看護師へと俺は視線を向ける。

 これからの話は、なるべく二人だけで話をしたい。


「井上さん、彼は患者である杵柄さんの親戚で、これから治療について話さないといけないんだ」

「そうでしたか。それでは私は、これで失礼致します」


 俺の考えを読み取ってくれたのか轟医師は、看護師を追い払ってくれた。


「山岸さん、その様子ですと何かあったのですか?」

「ええ、まあ……、出来れば人の居ないところで話をしたいのですが……」

「分かりました。こちらへどうぞ」


 轟医師の後を付いていく。

 そして辿り着いた部屋――、扉の上には外科部長室のプレートが掲げられている。


「こちらでしたら、急患でない限り会話ができますので」


 部屋の中に案内される。

 室内は、俺の借りているアパートよりも遥かに広い。

 俺の部屋が3つくらい入りそうだ。


 格差社会を感じるな……。


「それでは、そちらにお座りください」


 そう言うと、轟医師は俺に背を向けると冷蔵庫を開けた。


「山岸さん、何か飲まれますか?」

「いえ、大丈夫です」


 俺は、すかさずヌァンタババロアを2本、アイテムボックスから出してテーブルの上に置く。


「飲み物は持ってきましたので、これは俺からの奢りなので1本どうですか?」

「そうですか、どうもすいませんね」


 冷蔵庫を閉めた轟医師がテーブルの上に乗っているヌァンタババロアを見て口元をヒクつかせた。


「あ、あの……、これは――」

「ヌァンタババロアです。レア物ですよ? めったに市場に出回らない逸品です」

「レアですか?」

「ええ、轟先生にもお裾分けしたいと考え持って参りました」

「…………これは、あとで飲ませて頂きますね」


 轟医師はテーブルの上からヌァンタババロアを手に取ると冷蔵庫へ入れて仕舞ってしまう。

 もちろん、俺はその間にもアイテムボックスからもう一本取り出してテーブルの上に置いておく。

 そして、戻ってきた轟医師が、ヌァンタババロアを見て観念した表情をしたあとソファーに座った。


「それで、人払いまでして話をしたいというのはどういう理由でしょうか?」

「じつは、知り合いの探索者からこんなものを預かってきたんだが――」


 俺はテーブルの上に、四次元な赤薔薇のポーチを置く。


「これは?」

「これはアイテムを入れておける、まあ簡単に言えば四次元な袋だな」

「ほう……、こんなものが……」


 テーブルの上に置いた 四次元な赤薔薇のポーチに恐る恐る手を伸ばす轟医師。

 彼は、袋を開けて中を見たりしたあと、ポーチをテーブルの上に置いた。


「それで、私に見せたいのは――、この花柄のポーチという訳ではないですよね?」

「そうだな」


 俺は、アイテムボックスの魔法を起動させ――、ミドルポーションの無限精製樽をポーチの中へと移動させる。

 そして、あたかもポーチの中から樽が出てくるように見せかけた。

 取り出した樽は、30リットルが入るほどの大きさのオーク製の樽。


 その樽を床の上に置く。

 それと同時に、轟医師の視線が樽へと吸い寄せられていた。


「これは、一体……」

「簡単に説明するなら、ミドルポーションを無限に汲み出すことが出来る樽になる」

「無限に!?」

「ああ、俺も詳しくは知らないんだが、知り合いの探索者にポーションが病院で入用だと言ったところ、これを寄付したいと言ってきたんだ。どうだ? この病院で使ってもらうことは出来るか?」

「それは、構いませんというよりも……、ぜひ! こちらからお願いしたいくらいですが……、本当にいいのですか? これは下手をすれば……数億――、いえ数十億から数百億の価値があるものでは……」

「俺に言われても困る。俺が知り合いの探索者から預かったときに聞いた時の言葉は一つ。一人が物を占有していても意味がない。必要とされる場所に、置かれるのがいいとな――」


 俺は肩を竦めながら、轟医師に言葉を返す。

 そう――、どうせ俺が持っていたところで……、もう意味はないからな。


 俺には、もう守りたい物は何もない。

 だったら――、誰かが必要としている場所。

 必要とする人間が来る場所に置いてもらって使ってもらう方が余程いいだろう。

 



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