第41話 企業買収案件

 自宅に戻る。

 パソコンの電源を入れたあとは、千葉都市モノレール本社の住所と電話番号を確認しておく。


「さて……、お金の方はなんとかなったが……」


 問題はアポイントだな。

 おそらくだが……、高い確率で相手の幹部と会うことは出来るだろう。

 

 だが――、はたして代表取締役までも交渉の席に着かせることが出来るのか? と言えば難しいだろうな。

 俺だって長年、社会人として勤めてきたから分かる。


 お金だけを持っていたとしても――、何の肩書も持たない人間を社長自らが相手するのかと言えば恐らくはしない。

 そうなると――。


「やはり肩書が必要か……」


 だが、肩書などすぐに用意出来るものではない。

 いや――、自称ならば何とでもなる。


 問題は、その肩書に実績があるかどうかだ。


「相手と対等に渡り合えるだけのものか……、ふむ……、そうなると会社を購入した方がいいのかも知れないな」


 インターネットで、M&Aマッチングサイトへ登録画面を開く。

 登録名はどうするか……。


 本名で登録をするしかないだろうな。

 

 名前を山岸(やまぎし) 直人(なおと)と入力し連絡先と住所――、そして予算を登録する。


「しかし……、俺が会社を買う立場になるとは思ってもみなかったな。とりあえず架空でもいいから会社があれば箔にはなる」


 すでに夜も遅い。

 あとは明日に掛けるしかないだろうな。




 ――ピピピピッ

 

「……う……ん?」


 意識がはっきりしない中、携帯電話――、スマートフォンを取る。

 寝ぼけたまま、携帯電話の画面に映っている電話番号を見るが見た事がない番号だ。

 それに時刻は、午後2時を過ぎている。


 ――とりあえず、着信ボタンを押す。


「こちらM&Aコーポレーションの望月と言います。山岸様の携帯電話番号で宜しかったでしょうか?」

「M&A……」


 そこでようやく意識がハッキリする。

 昨日、会社を売りたいオーナーと買い手を引き合わせるサイトに登録したことを思い出す。


「はい。山岸ですが……」

「私、M&Aコーポレーションの望月(もちづき) 麗華(れいか)と申します。先日、ご登録頂きました内容の確認のためご連絡いたしました。ご登録を頂きましたご本人様で宜しかったでしょうか?」

「はい」

「それでは、少しお話をお伺いしたいのですがお時間は宜しいでしょうか?」


 電話口で話している女性の言葉に俺は同意の言葉で頷く。


 すぐに、どのような職種の企業を買収したいのか――、そして予算はいくらなのか? と聞かれる。

 予算は、一社あたり500万円前後。

 何社か購入したいこと。

 そして、長年コールセンターで働いてきた経験からコールセンターをと注文する。


「畏まりました。全部で117社を当社では登録されております。詳細――、書面につきましてはお会いしてからと言う事になりますが如何いたしますか? お客様のお住まいでしたら、こちらから伺いこともできますが……」

「いえ、御社の方に伺いたいと思います」


 取引相手――、仲介人が、どういうオフィスを構えているのか。

 どれだけの規模の会社かを確認するのは社会人としては当たり前のこと。

 まずは、相手の会社に行き本当に取引にふさわしいかどうかを判断する必要がある。


「それでは、日程でございますが年末ということもありお忙しいかと思われますので2024年1月10日以降など如何でしょうか?」

「今年中などは難しいですか?」


 なるべく早い段階で体制を整えたい。

 時間を掛ければ掛けるほど千葉都市モノレールの存続に対して、第三セクターが消極的になる可能性がある。

 

「それでは、本日の午後5時など如何でしょうか?」

「わかりました。よろしくお願いします」

「畏まりました。山岸様、当社のホームページはご覧頂きましたでしょうか?」

「はい。一応は……」

「それでは、登録頂きましたメールアドレスに当社の住所をお送り致します。当社までの道が分からなかった場合には、メールに添付しております連絡先までご連絡ください」

「わかりました。何か身分証明書などは必要ですか?」

「ご本人確認が取れる身分証明書だけあれば結構です。他には何かご質問はございますか?」

「いえ――、それではよろしくお願いします」


 電話が切れる。


「――さて……、まずは会社を買収するということだから見栄えが必要だな」


 『ハイヤー 千葉 千城台』で検索をかける。

 すぐに検索に引っかかり予算は30キロまで2万円弱。

 東京都新宿駅前までには、往復でかなりの予算が掛かりそうだが……。


「背に腹は変えられないな」


 すぐに電話を入れる。


「はい。千城台交通ですが……」

「すいません。御社のホームページでハイヤーの貸し出しをしているのを見たのですが――」

「申し訳ありません。当社をご利用して頂くお客様には事前に会員登録と予約を頂く規則になっておりますので」


 これは困ったな。

 現在の時刻は午後2時――、新宿には5時までに到着しなければいけない。

 あまり遠い業者だと、それだけでも時間を浪費してしまう。


「そこを何とかなりませんか?」

「あいにく規則ですので――」


 本来なら、これ以上はクレーマーの領域になる。

 だが、俺も引く訳にはいかない。

 

 ならば! 仕方ない。


 ここは、長年コールセンター業務に従事してきた経験を最大限に生かさせてもらう。


「失礼ですが、所長様か社長様はいらっしゃいますでしょうか?」

「申し訳ありませんが……、きちんと手続きを踏んでから……」

「貴女の対応には非が無い事は分かりますが、出来れば経営的判断が出来る方に電話を替わって頂けますか?」

「…………少々お待ちください」


 5分ほど待たされる。

 そして唐突に電話の待ちが解除される。


「大変お待たせしました。千城台交通の富田です。どのようなご用件でしょうか?」

「お忙しいところ、申し訳ありません。山岸と言います。ハイヤーを今日一日、運転手付きでお借りしたいのですが……」

「それは出来ないことは当社のオペレーターがお話したと思いますが?」

「はい。存じております。――ですから、正規の10倍のお金で融通して頂けませんか?」

「じゅ!? 10倍!?」

「如何でしょうか? 30万円まで出すことが出来ますが?」

「――わ、わかりました! すぐに! 早急にご用意いたします! どちらまで伺えば宜しいでしょうか?」

「待ち合わせ場所は――」


 住所を説明したあと、支払いは現金ということで承諾を受けることが出来た。

 それから10分後、黒塗りの高級車であるクラウンがアパートから少し離れた場所に到着した。

 俺が乗った車は、京葉道路を通り首都高へと乗り換えたあと新宿方面へと進路を変える。

 それから、しばらく走り外苑出口で降りた。


 そのまま車は、M&Aコーポレーションの所在地である明治通りを走る。


「山岸様、到着致しました」

「ありがとう。あとで、また連絡を入れるのでよろしくお願いします」

「畏まりました」


 俺は、運転手が開けてくれたドアから降りる。

 なんというか、すごくお金持ちになった気分だ。

 タクシーのような自動ではなく、運転手自らが手で開けてくれるところに趣と風情を感じてしまう。


「さて――」


 俺は、目の前に見える20階建ての茶色いビルを見上げる。

 スマートフォンにメールで添付されてきた住所は、携帯アプリの地図を見る限り場所的に間違いはないようだ。


 ――ビルの中へ入る。


「M&Aコーポレーションは……」


 一人呟きながら、ビル内に入っているテナントのプレートへと視線を走らせる。

 すぐに見つかる。

 どうやら13階から14階までをM&Aコーポレーションが占有しているらしい。

 以前に西池袋で勤めていたときには、テナントの費用が一年間で2400万円とかゼネラルマネージャーが言っていたことがある。

 池袋よりも新宿の方がテナント料金は高いだろう。

 そうなると、フロア的に以前に勤めていた会社よりも広いということは、それなりの規模の会社ということが見てとれる。

 

「さて、いくか……」


 大理石を模した床の上を歩き3基あるエレベーターの内一つに乗り込み13階の受付に向かうために13階のボタンを押す。

 エレベーターはすぐに上がっていき13階で止まる。

 降りると、真正面にはM&Aコーポレーションのロゴ――、赤い鳳凰のマークが書かれた大きなプレートが飾られている。

 そして、プレートの前には木製のテーブルと呼び出しのための受話器が置かれている。




 ――トゥルルウル




「はい。M&Aコーポレーションです」

「本日の17時から、相談の予約をしております山岸と申しますが、望月様はいらっしゃいますでしょうか?」

「はい。少々、お待ちください」


 すぐに待機中の音楽が流れる。

 そしてすぐに、音楽が切れた。


「山岸様、お待ちしておりました。わたくし、山岸様の担当を致します望月 麗華と言います」


 オフィスに通じる扉から出てきたのは、やはり女性。

 俺は差し出された名刺を受け取る。


 一言で言うなら――、かなり仕事が出来る人物のように見える。

 理由は? と聞かれれば……、薄いグレーのレディーススーツを着こなしていることからと言う見た目からだ。




 ステータス


 名前 望月(もちづき) 麗華(れいか)

 職業 M&Aコーポレーション課長代理

 年齢 27歳

 身長 160センチ

 体重 47キログラム

 

 レベル1


 HP10/HP10

 MP10/MP10


 体力14(+)

 敏捷12(+)

 腕力14(+)

 魔力 0(+)

 幸運 4(+)

 魅力25(+) 


 所有ポイント0

 



 ステータスを何となく……、無意識的に「解析LV10」で見ていた。

 別に他意はない。

 ただ、少しだけ興味があっただけだと心の中で弁明しておきたい。


 それにしても27歳には見えないほど若々しい。

 これで髪を茶色に染めていなければ、かなりの和風美女と言った感じだったのだが……。

 キリッ! とした強い眼差しと長い髪を後ろでアップしている部分は一部の男からは評価が高いかもしれない。

 

「申し訳ありません。道が空いていたので、思ったよりも早く到着してしまいました。時間的には大丈夫でしょうか?」

「はい。年末に購入のためにお越しになる方は少ないので……」

「そうですか」

「それでは、こちらへどうぞ――」


 望月さんにオフィスの中へ案内される。

 やはりというかチラッと見えただけで十台以上のノートパソコンが見えた。

 資本金が3億円とWIKIでは書かれていたが、強ち嘘ではなさそうだな。


 パーティションで区切られた場所ではなく、きちんと一室として区分けされた部屋に通される。


「それでは、こちらで少々お待ちください」


 彼女に勧められるがまま椅子に座ること3分。

 女性は、コーヒーを二つとクリアファイルを抱えて室内に入ってくる。


「寒い中、お越しくださりありがとうございます」


 彼女は、ホットコーヒーを俺へと差し出す。

 もちろん受け取る。

 砂糖とミルクと一緒に。


「いえ、それではよろしくお願いします」

「はい。それでは、当社の説明をさせていただきますね」


10分ほどで、M&Aコーポレーションについての説明が終わる。




 ――望月さんの話の内容をかいつまむと――。


 後継者不足で企業存続が難しい会社。

 営業利益は上がっていたが何らかの事情により身売りする会社。

 

 ……などを、M&Aコーポレーションでは取り扱っているという内容であった。

 話が一通り終わったところで、リストの一覧を受け取る。


 あまり顧客内容には詮索してこないところがいい。

 まあ、アパートに住んでいる無職ですと説明する訳にもいかないからな。


 クリアファイルに入っている資料に目を通していくと会社名や資本金、直近の売上から社員数まで書かれている。

 ただ、問題は……、どの会社を購入していいのか分からない点だ。


「お答えは何時までにすれば宜しいですか?」

「期間は設けておりませんが――」

「なるほど……」


 望月さんの言葉に相槌を打ちながら顎に手を当てながらホッと胸を撫で下ろす。

 すぐに決めないといけない場合であったのなら困っていたところだ。

  

 俺の場合は、当てはまらないかも知れないが、会社を買う場合には基本的にデューデリジェンスの徹底が必要になってくる。

 簡単に言うならば買収監査とも言う。

 帳簿外債務以外にも、他会社との連帯保証・税務リスク(違法な節税)や訴訟・背任行為・公害問題などリスクを警戒する部分は多岐に渡る。


 そしてそれらを買収監査(デューデリジェンス)と呼ぶ。


「こちらのリストは持って帰っても?」

「申し訳ありません。こちらの方で――」


 渡された資料は会社名や連絡先などが書かれていないリスト。

 企業コンプライアンスというモノだろう。

 まぁ、自分が勤めている会社が買収されるかも知れないと分かれば労働者の士気は落ちるし、何より取引先との関係も悪化するだろう。

 当然の配慮と言える。




 M&Aコーポレーションがオフィスを構えているビルから出た頃には、日は沈んでいた。

 すぐにハイヤーを携帯電話で呼び出す。

 5分もしないうちに車はビルの前に停まる。


「千城台までお願いします」

「畏まりました」


 すぐに車は走り出す。

 車は首都高へと乗り走る。

 すると、しばらくして渋滞に掴まる。

 東京名物とも言える首都高渋滞。


 俺は、内心溜息をつきながら目を閉じた。

 車は渋滞を抜け千葉県に入り、京葉道路へと乗り換えたあと――、1時間ほどで貝塚インターチェンジを降りた。

 それから国道を走ること10分ほど。

 千葉東警察署前を通りすぎると、千葉都市モノレール千城台駅が見えてきた。


 そこで、俺は支払いについて思い出す。

 そういえば……。


「すいません。一度、銀行へ寄って頂けますか?」

「畏まりました」


 よくよく思い出してみれば、現金で馬券を購入したあと――、当てたお金については千葉信用銀行に殆ど預けていた。

 おかげで手持ちが918円しかない。

 これでは、ハイヤーをレンタルしていた支払いが出来ない。


 千葉興業銀行の千城台支店前に車を止めてもらう。

 ハイヤーから降りると周辺の住人が俺をジロジロと見てくる……、ような気がするが気のせいだろう。


 銀行に入りATMから100万円ほど引き出そうとすると引き出すことができない。

 仕方なく10万円単位で引き出せる限度額まで引き出すと50万円まで引き出すことが出来た。


「なるほど……、一日の限度額があるのか?」


 下ろせる金額に限度額があるなんて初めて知った。

 

「生きてきた中で一番高い買い物は車を除けば、牛丼を自作する時に用意した100グラム1万円の牛肉くらいなものだからな……」


 何となく感慨深く感じるが、いまは運転手を待たせている。

 すぐに銀行から出たあと、近くのファミリーマートで封筒を購入し40万円を入れてからハイヤーへと戻る。


「お待たせしました。千城台交通までお願いします」

「千城台交通までですか?」

「はい」

「分かりました」


 どうやら運転手の方には、千城台交通の富田さんは何も説明はしていないように感じられることから、支払いは千城台交通で済ますことに決めた。

 それに今後、何度か使うことになるかも知れない。

 

 繋がりを作っておくことは必要だろう。


 


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