第39話 千葉都市モノレールを救え!

 藤堂は、自分で車を返してきたいと言って別れたが大丈夫だろうか?

 道に迷っていないか少しだけ心配になる。

 もし……、彼女の身に何かあったら…………。

 

 ――今後、牛丼を奢ってもらえなくなってしまうかも知れない。


 まぁ、すでに別れたあとだ。

 今更、気を揉んでも仕方ないだろう。


「あれま――、山岸さん」

「杵柄さん?」


 後ろを振り返る。

 そこには杵柄さんが経っていた。

 手には見たことがない杖を持っている。

 

「こんにちは。ところで、その杖はどうしたんですか?」


 杖を持っている姿を、いままで見たことがない。

 ……あっ!? そういえば、以前に腰が痛いと言っていたな。


「それがね……、最近は寒くなったからね。関節が痛くてね」

「なるほど……」


 冬になると関節が痛くなるというのはよくある話だ。

 俺も、以前はよく足首が痛くなることがあったし。


 ちなみに、最近は少し歩くだけで息が上がったり足首が痛くなることはない。

 やはりレベルが上がって身体能力にも影響があったと見るべきだろう。


「どこかに行かれるのですか?」

「ええ、ちょうど町内会の方にね。ほら、千葉都市モノレールが廃線になるかも知れないからね」

「その対策と話し合いということですか?」

「そうだね。若い人には、そうでもないけど……。私たち、年寄には死活問題なんだよ」

「……」


 たしかに……。

 毎時決まった時間に運転される千葉都市モノレールは運賃が高くても若葉区役所や千葉駅、さらにみつわ台病院などの大病院ともアクセスが可能な重要なライフラインだ。

 若ければ、自転車で千葉駅まで行っても問題ないが、60歳を超えるご老体には厳しい。


「それじゃまた」

「はい」


 話が一段落ついたところで杵柄さんが歩きだす。

 俺も自宅へ戻ろうと階段を上がりかけたところで杖が転がる音が聞こえてきた。


「杵柄さん!?」


 急いで駆け寄る。

 道路に膝をついているが怪我はしていないように見受けられるが……。

 念のために「解析LV10」で見る。


「大丈夫だよ」


 HPは減ってはいないから怪我はしていない。

 

「そうですか……。無理はしない方がいいです。どうしても町内会に行くのでしたら、お孫さんの江原さんを代行にされた方が」

「――ッ!?」


 一瞬、彼女が――、杵柄さんが体を硬直させた。


「迷惑はかけられないよ」

「それは、お孫さんだからという理由ですか?」

「――え? え、ええ……」

「そうですか」


 なるほど、やはり孫には弱っている姿は見せたくないということか。

 なら仕方ないな。


「送りますよ」

「――え?」


 俺の申し出は意外だったのか?

 心外だなー―。 

 俺だって、何度も顔を合わせて話した事がある相手が困っているのならある程度は手を差し伸べる。

 

 困っているのが老人や子供の場合には、より顕著にだ。

 若い奴は自分で何とか出来るが年配の方や子供にはどうしてもできないことがある。

 なら助け合うのが社会人としての役目だろう。


「本当にいいのかい?」

「もちろんです!」


 杵柄さんを背負ったあと、近くの町内会が行われている建物まで連れていく。

 建物は、町内会費で維持されている物だが、色あせたトタン屋根といいかなりの年季を感じさせる。

 築50年以上は経っていそうだ。


「杵柄のばーさん。どうしたんだい?」

「ちょっと寒くてね。関節が痛んでね」

「ほー、それでそっちは……」

「うちのアパートに住んでいる住人さ」

「なるほど――」


 杵柄と話をしていた男は俺をジロジロと見てくる。


「ここだと寒い。中に入るといい」


 本当は、杵柄さんを下ろしたあと、すぐに帰る予定だったが――、ここで帰るのもな……。

 相手も俺に対して好意を持ってくれたようだし、その好意を無下にするのも社会人としては駄目だろう。


「失礼します」


 杵柄さんを下ろす。

 靴を脱いだあと、玄関から建物の中に入る。


「あの人は町内長の神原さんって言うんだよ」

「神原さんですか」


 杵柄さんの話を聞きながら「解析LV10」でステータスを確認する。



 

 ステータス


 名前 神原(かんばら) 頼政(よりまさ)

 職業 食堂経営者

 年齢 68歳

 身長 162センチ

 体重 61キログラム

 

 レベル1


 HP10/HP10

 MP10/MP10


 体力24(+)

 敏捷14(+)

 腕力28(+)

 魔力 0(+)

 幸運 3(+)

 魅力12(+) 


 所有ポイント0

 



 なるほど……。

 ずいぶんと若々しく見えると思ったが現役の仕事人だったのか。

 50代後半に見えた。


「あの人は、中華料理店を営んでいるんだよ」

「中華料理店って――、もしかして……、モノレール千城台を降りて東金街道に向かって歩いていった左手にある?」

「そうそう――、昔からやっているんだよ」


 入ったことは無かったが遠目から見たことはあった。

 なるほど……、中華料理店の店主は長生きをするとネットで見たことがある。

 今度、行ってみるとしよう。

 

 杵柄さんと人が集まっている部屋に入ると、年齢的には50歳以上の方ばかりが集まっている。

 そして、興味本位気味な視線が俺に向けられてくる。


 その視線は好奇心が大半。

 派遣会社で仕事をしていた俺には馴染みのある視線だ。

 気にせず俺は杵柄さんから距離を取り部屋の片隅に腰を下ろして目を閉じる。

 

 ――所謂、固有結界。その名もマイゾーン。


 電車の中で、席を譲りたくない場合に寝たふりをするアレである。

 ちなみに目を閉じることで、聴覚が鋭くなることは無い。


「それでは、町内会議を始めたいと思う」


 最初に発言したのは、声色からして町内会長の神原。

 

「神原さん、千城台モノレールが廃線になるって話が上がってますが……」

「ただでさえ人口が減っているのに……」

「病院とかどうすれば? バスだけでは……」

「このままでは大宮台みたく過疎待ったなし!」

「大宮台には千葉東金道路がありますから、そこよりも悲惨なことに……」

「神原さん! 千葉都市モノレールはどうなるんでしょうか? それにお店も――」


 目を閉じて聞いていると悲観的な感想しか出てきていない。

 そして具体的な方針や方策もないようだ。

 まぁ、そもそも1つの自治会ごときにどうにかできる案件ではないからな。


「儂は見た! 貝塚ダンジョンの方から光が――、モノレールの高架橋を破壊したのを! 日本ダンジョン探索者協会に責任を取らせるべきなのでは!」

「そうだ! ニュースでは建築物の欠陥とか流れていた! 明らかにおかしい!」

「そうだそうだ!」


 何やら雲行きがおかしくなってきたな……。


「じゃが……、相手はお上じゃぞ? ワシらの話を聞いてもらえるかどうか……」


 まあ、たしかにな……。

 ダンジョンツアーに参加した人間には何らかの補償はするかもしれないと自衛隊が言っていたが、モノレールを破壊したのは俺だからな……。

 事実関係が無関係な時点で日本ダンジョン探索者協会が話を聞く可能性は非常に低いだろう。


「ハンストをすればいいのじゃ!」


 薄目で、ハンストと声を上げた男を「解析LV10」で見る。




 ステータス


 名前 富田(とみた) 源八(げんぱち)

 職業 無職

 年齢 82歳

 身長 151センチ

 体重 55キログラム

 

 レベル1


 HP10/HP10

 MP10/MP10


 体力13(+)

 敏捷 8(+)

 腕力10(+)

 魔力 0(+)

 幸運 3(+)

 魅力 2(+) 


 所有ポイント0




「日本ダンジョン探索者協会の前で! ハンストをすれば話を聞いてくれるのじゃ!」


 また無茶なことを言っているな。

 82歳で断食で抗議とか……それに――、この真冬の12月下旬に青空の下で行ったら死ぬぞ?


「富田さん、落ち着いて! そんなに興奮したら、また病院行きですよ!」

「う、うるさい! 儂を年寄扱いするんじゃない!」





 ――それからも止めどない話が続いたが何1つ解決案も出ないまま、お開きになった。


 もちろん帰りも流れ的に杵柄さんを背負ってアパートに向かって歩いている。


「山岸さん――」

「何でしょうか?」

「今日はすまなかったね。若い人にはつまらない話だったでしょう?」

「――いえ」


 正直、つまらなかったと言いたい。

 だが――、社会人として! それは言ったらいけないだろう。

 ご婦人――、杵柄さんの家に到着した頃には日はとっくに落ちていた。


「今日はありがとうね。何もおもてなしはできないけど上がっていきなさい」


 老婦人の言葉を断る勇気はない。

 佐々木や江原、藤堂からの誘いなら即答で断っていたが。


「失礼します」


 杵柄さんの家は典型的な日本家屋。

 一応、2階建てではあるが所々、埃がある。

 江原が、掃除などしてあげないのだろうか?

 

 畳のある部屋に通されたあと、しばらく待っているとお茶と、お茶請けとしてお煎餅がテーブルの上に置かれる。

 もちろんコタツの中は、温まり始めたばかりだ。

 それにしても、畳のある部屋は落ち着く。


「あれは……」


 仏壇に目が入った瞬間、写真が目に入った。

 

「あれは旦那だよ」

「そうですか……」


 つまり杵柄さんの旦那さんは、すでに鬼籍に入っているということか。


「引っ越し時かね……」


 互いにお茶を啜っているとポツリと杵柄さんが言葉を漏らす。


「ここからは病院に通うにも不便だし……」

「……」


 ご婦人の呟きに答える言葉を俺は持たない。


「うちの旦那と思い出の詰まった家を売るのは忍びないけど……、病院のことを考えると――、娘夫婦にも迷惑が掛かるかも知れないからね」

「杵柄さん……」

「すまないね。年を取ると感傷深くなって仕方ないね。何か作るから――」

「いえ、あまり長居をしてもご迷惑になりますので」

「いいんだよ。気にしなくても――」


 何となく断るのは野暮のような気がして「それではお言葉に甘えまして」と言葉を返す。


 それにしても、孫が近くに居るというのに、どうして広い家で一緒に住まないのか……。

 これではまるで――、孤独そのものではないか。

 それはまるで……。


 一瞬、思い浮かんだ思いを掻き消すように頭を左右に振りながら考える。


「思い出が詰まった場所を売らないといけないというのは――、とても辛いことだな」

 

 杵柄さんに聞こえないように小さく言葉を紡ぐ。

 その理由を作ったのは、他でもない俺なのにだ。

 

「……どんな理由があったとしても俺がモノレールを破壊した事実は変わらないか……なら……」


 ……責任は俺にある。

 それなら俺がすることは、千葉都市モノレールの存続をさせることだ。



 

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