第30話:珍しい来訪者
翌日の早朝、テオたち一行はロバリーの門の前にいた。
「もう行っちまうのかよ。もっとゆっくりしていって良いんだぜ?」
「そうだよそうだよ。何だったら住んでくれたって構わないんだよ?ダークロードの住んでた屋敷なんてあんたにぴったりだと思うよ!」
「メリサさん、いつでもこの街に来てください!次は絶対に酔いつぶれませんから!」
ロバリーの住人たちが口々に引き留めようとしている。
「ありがとうございます。楽しい街でしたからまた遊びに来ますよ」
「必ずだよ!次は名物の大ムカデの蒸し焼きを食べさせてあげるからね!」
飯屋の女将さんがそう言って豪快に笑う。
「この街にはまだ用があるからの。魔具の件はしかとやるのだぞ」
「了解ですよ!何かわかったら必ず知らせますから!」
ルーシーはいつの間にか街の住人たちとすっかり仲良くなり、尊敬すら勝ち得ているようだ。
これも元魔王ゆえのカリスマだろうか。
「私の可愛い男たち、次来るときはもっと精をしっかりつけておくんだよ。でないと命まで吸ってしまうからね」
「メリサさんに殺されるなら本望です!」
やけにすっきりした顔のメリサの元には若者たちが詰めかけ、おいおいと泣いている。
メリサの足にすがりついている者すらいる。
「それにしてもキツネの奴。またどっかに消えやがって」
ヨハンは相変わらずぶつぶつ言っている。
その言葉の通り、キツネの姿は影も形もない。
「それではそろそろ行きましょうか」
ルーシー、メリサ、ヨハンを促し、テオは門の方を振り返った。
そこには影のようにアラムが立っていた。
相変わらず黒ずくめの服を着、黒い帯を顔に巻いている。
「あなたはこれからどうするんですか?」
テオが尋ねた。
「俺の復讐は終わった」
アラムが呟くように答えた。
「元から暗殺者になるつもりはなかったから育てられた村に帰るつもりはないが、この街にも興味はないから行くあてもない。今までと同じように流れるように生きていくだけだ」
「だったらブレンドロットに来てみませんか?」
テオが提案した。
「この街ほど賑やかではありませんが活気はあるし、私やあなたのような行き場のない人間が数多く住んでいる過ごしやすい街ですよ。しばらくそこで休んでみてはどうですか?」
「ずばりと言ってくれるじゃあないか」
アラムの声には微かに愉快そうな響きが含まれている。
「だが、お前にはまだ返していない借りがある。そのためにもその提案に乗らせてもらおう」
「では、ブレンドロットに帰りますか」
テオは頷くと森へ向かって足を進めた。
◆
「おーい、待ってくれー!」
森に着き、置いてあった絨毯に乗った時、街の方から呼び止める声が聞こえてきた。
キツネだ。
「待ってくれ、待ってくれ、俺を置いていかないでくれ!」
ゼエゼエ息を切らしながら走ってくる。
「なんだよあいつ、この街に残るんじゃなかったのかよ」
ヨハンが呆れたようにため息をついた。
「ごらぁっクソキツネ!待ちやがれ!」
更にその奥から怒号が響いてくる。
巨大なオーガやオーク、ハーピーなど街の住人たちだ。
「てめえ!俺の金貨五枚!ぶっ殺してやる!」
「キツネ!つけを払わずに帰るつもりかい!」
「てめえが絶対に儲かるって言ったから金を出したのに破綻したぞ!責任取るか死ね!」
剣や棍棒を手に口々にキツネをののしりながら追いかけてくる。
「は、早く出してくれ!」
絨毯に転がり乗りながらキツネが叫んだ。
「いいんですか?あなたに用事があるようですよ?」
「いいから!今回俺は頑張ったよな?食事代とか首輪代とか立て替えたよな?だから、早く出してくれと言ったら出してくれ!」
かつてないほどの迫力でテオに詰め寄るキツネ。
「わ、わかりました!」
流石に気圧され、テオは詠唱を始めた。
絨毯が浮き上がり、南へ向かって飛び始める。
「てめえ!次この街にきたら生きて帰れると思うなよ!」
「末代まで呪ってやるからな!いや手前みてえな奴はおめえの代で終わりか!」
「つけは絶対に忘れないよ!メモったからね!」
キツネへの呪詛の声を背に、絨毯は一路ブレンドロットを目指した。
◆
「ふう、酷い目に遭った。もう二度とロバリーへは行かねえぞ」
ため息をつきながらキツネが絨毯から降りた。
ブレンドロットに着いたのは昼になる少し前だった。
「自業自得じゃないか」
ヨハンが呆れている。
「とりあえず湖畔亭で食事にしますか」
テオたちが湖畔亭のある広場に着いた時、広場には人だかりができていた。
「そこだ!決めろ!」
「あー!なんで外すかなあ」
「バカバカ、隙だらけだろ!」
男たちの叫び声が遠く離れたテオたちの耳にも届いてきた。
「おいおい、何の騒ぎだあ?」
キツネはすいすいと人混みの中に入っていった。
テオたちもその後に続いて人混みをかき分けて輪の中心へと体をねじ込んでいった。
そこには二人が対峙していた。
一人はザコーガだ。
既に肩で息をしていて、裸になった上半身からは湯気が立ち上り、顔が赤黒く腫れ上がっている。
劣勢なのは火を見るよりも明らかだ。
「うおおおっ!」
雄たけびをあげて殴り掛かるザコーガ。
しかし相手に簡単にいなされ、上体が大きく流れる。
そこに間髪入れずザコーガの脇腹に相手の肘がめり込んだ。
「んぐっ」
声にならない声をあげ、ザコーガが地面に崩れ落ちた。
「すげえ、これで二十人抜きだぜ!」
「他に誰かいないのか!?勝てばあの姉ちゃんを一晩自由にできるんだぞ!」
「しかしとんでもなく強え姉ちゃんだぜ。あのザコーガが手も足も出ねえなんて」
そう、オークのザコーガを一蹴していたのは女性だった。
二十人に勝ったというのに髪の毛一つ乱れてはいない。
「他にあたしとやろうってのはいないのかいっ!?あたしに勝てば一晩付き合ってやるよ!その代わりあたしが勝ったら銀貨十枚だ!」
振り返ったその眼は切れ長で美しいネコ科の獣のようだ。
その眼、その黒い髪、その特徴的な東方国の民族服にテオは見覚えがあった。
「フォン、どうしてあなたがここに?」
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