第26話:ダークロードの屋敷へ

「まあそれは問題ではなかろう」

 硫黄をかけた串焼きをもりもり食べながらルーシーはこともなげに言った。


「ああ見えても奴は我が部下よ。身の処し方位心得ているわ」


「ならば良いのですが……」


「それよりも我々の今後の方針じゃ。そのダークロードとやらが我の魔具を持っていると分かった以上さっさと取り戻しに行くぞ」

 そう言うなり立ち上がる。


「ちょちょちょ、まだ料理が来たばっかなんだぜ。あち、あち」

 慌てて塩焼きを口に頬張り、舌をやけどしながらキツネも立ち上がった。


「まずはあの首輪の複製作りだ。こっちについてこい」

 そう言ってアラムは路地へと入っていった。


 しばらくクネクネと細い道を曲がったのちに五人は金物細工師の集まる路地へやってきた。

 路地の両脇は様々な金物で埋まったお店や屋台でぎっしりと埋められていて、奥からは金づちを振るう音が聞こえてくる。


「これなんかがよく似ていますね」

 テオはアクセサリを扱うお店の店頭に並んでいる首輪の中から一つ取り出した。


「ふむ、確かにこれに多少彫刻を施して宝玉を二、三個付け足せば申し分ないの」


 ルーシーは店員から紙を受け取るとサラサラと絵を描いた。

「おい、これをこのように加工できるか?」


「へえ、意外と絵上手いんだね」

 ヨハンが感心したように感想を述べた。


「ふん、この位ただの手なぐさみよ」

 そう言うルーシーだが、やはり褒められて悪い気はしないようだ。


「お安い御用でさ。三十分ほど待ってくんないかな」


「十五分でやれ。できたなら報酬は弾むぞ。こやつがな」

 そう言ってキツネの肩を掴む。


「はは、もうどうにでもなれだ」

 キツネはやけくそになっている。


「合点でさ!」

 店員はその言葉通り十五分で首輪の改造を終えた。

 修正が施された首輪は遠目で見れば最初にアラムの首にあった魂縛頸輪バインドネックレスと見分けがつかないくらいだ。


「よし、ダークロードの屋敷に向かうぞ!」

 首輪を手に、意気揚々とルーシーが叫んだ。



    ◆



「待て、こ奴らは何者だ!」

 衛兵が叫んだ。


 ここは丘の上の頂上、ダークロードの屋敷の前だ。


 今、アラムは普段と同じように顔を黒布で覆った姿に戻り、テオたち四人はというと手首に枷をはめ、鎖で繋がれた状態だ。


「聞いてないのか。ダークロードに連行するように言われていた奴らだ」

 アラムが衛兵に説明する。


「少し待っていろ」

 そう言って衛兵は奥に引っ込み、しばらくして戻ってきた。


「よし、通れ。ただし他の者も警護につける」


「分かっている。俺の役目はこいつらを連れてくることだけだ」

 アラムは抑揚のない声で頷いた。


 五名ほどの衛兵に連れられ、テオたちは屋敷の奥へと進んでいった。

 屋敷は増改築が施され、でたらめに扉や曲がり角が続いている。


「ふん、小癪にも魔法結界が施されておるようだの」

 歩きながら小声でルーシーが呟く。


「どうやらダークロードはかなり魔法の心得があるようですね。あの像に仕掛けられた魔法結界なんて大したものですよ」

 テオも感心したように相槌を打つ。


「おい、そこ!誰が喋っていいと言った!」

 衛兵がテオたちを怒鳴りつけた。


「ふん、あのような雑魚、捻り上げる価値もないわ」

 ルーシーはたいして腹を立ててもいないようだ。


 そうこうしているうちに一同はひときわ大きな扉の前へと着いた。


 扉の向こうは巨大なホールになっており、奥には玉座がしつらえてある。

 そしてそこには両側に半裸の女性を侍らせ、一人の男が座っていた。


 流れるような金髪にすらりとした浅黒い肌、女性と見紛うような整った顔立ちに横に伸びた耳、双眸は金色に輝いている。

 まるで演劇のワンシーンのような光景だった。

 彼こそがこの街の新たな支配者、ダークロードに他ならないだろう。


「控えよ」

 男が口を開いた。

 その言葉にアラムが膝をつく。

 テオたちも衛兵に小突かれ、言われるままに床に膝をつけた。


「そいつらか、私のことを嗅ぎまわっているのは」

 声は人を魅了するバリトンだ。


 女性はもちろん男性ですらこの男には魅了され、進んで従ってしまうような雰囲気を漂わせている。

 しかしテオたちは全く別の所に注目していた。


「ねえ、あれって……」

 テオの横でヨハンがひそひそと呟く。


「ええ、恐らくそうだとは思っていましたが……」

 テオが呆れたように苦笑した。


「ふん、そうだと思っておったわ」

 ルーシーが得意げに鼻を鳴らす。


 テオたちが見ていたのはダークロードの玉座の横にいる半裸の女性だ。

 それは捉えられていたはずのメリサだった。

 まるでずっと前からそこにいるかのような雰囲気でダークロードにしなだれかかっている。


「あやつは美男子に目がないからの」


「何か策がある、という訳じゃなさそうですね」


「まあなかろうな。単にあやつの精が吸いたいだけであろう」


「おい、さっきから何をこそこそ喋っている」


 自分にお構いなしに会話をしているテオたちに苛々したようにダークロードが割って入ってきた。


「一つお聞きしたいのですが、なぜ我々を捕まえたのですか?どうやって私たちがこの街に来ることを知ったのですか?」

 テオが尋ねた。


「ふっ、貴様らが私の魔具を狙っていることは既に私の耳に入っていたのだ。私の目と耳は遥か遠くを見渡し、聞き分けるのだ。」


「つまり、ブレンドロットにあなたのスパイが潜り込んでいたということですか」


「私を脅かすもの、私の財産を狙う者はどこにでもいるからな。その位当然の備えだ」

 ダークロードはテオの問いに涼しげな顔で言い放った。


「そして、裏切り者もな」

 そう言うなり剣をアラムに投げつける。

 床に膝をついていたアラムは横っ飛びにそれをかわした。


「分かっていたのか」

 懐から短剣を取り出し、身構えながらアラムは言った。


「ふ、貴様につけた魂縛頸輪バインドネックレスが偽物に変わっていることは貴様らがここに来るまでの間に知っていた」


「分かっていたうえで敢えて呼び寄せたという訳ですか」

 テオが立ち上がった。

 手枷は既に外れている。


「何故私の魔具を狙うのか、貴様らの背後にいるものを知る必要があるからな。言っておくが隠しても無駄だ。私の魔法の前には誰も抗えない」


「背後?我の魔具を盗んでおいてその言い草、盗人猛々しいとはまさに貴様のことだな」

 ルーシーがそれを嘲笑する。


「ほう?このような美しい少女が一緒だったとはな。よかろう、お前は私の側に侍ることを許してやろう」

 ルーシーを見るダークロードの目が下品に歪む。


 口元まで緩み、今にも舌なめずりをしそうだ。

 端正な顔とは裏腹な下卑た性格が顔をのぞかせている。


「もうよい」

 呆れたようにルーシーが言った。


「テオよ、これ以上の議論は無駄だ。さっさとこいつを殺して魔具を取り戻すぞ」


「殺す?今この私を殺すと言ったか?」

 その言葉にダークロードの目が座った。

 全身から殺気がみなぎっている。


「我が魔具を盗んだ罪人にはふさわしい罰だ」

 ルーシーは意に介さず涼しい顔で言い放った。


「面白い、やれるものならやってみよ!」

 玉座から立ち上がり、ダークロードが咆哮した。

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