第8話:背信者テオフラスを討伐せよ!

「取り逃がしただと!」

 王の間にインビクト王の怒声が響いた。


「申し訳ありません!突如魔族が現れ、必死に追ったのですがあの魔道士が飛竜に乗りながら見た事のない魔法を使い、すんでのところで取り逃がしてしまいました」

 近衛隊長が平謝りに謝っている。


「此度の失態は我が命に代えてでも必ず挽回してみせますので、今一度機会を!」


「当たり前だ!」

 王の怒りは収まらない。


「国王陛下、怒りをお鎮めください」


 そう言って王の間に入ってきたのは鎧兜に身を包めたアポロニオだ。

 サラと魔道士モブランも後に続いている。


「これでテオフラスが魔族と通じているのははっきりしました。まはや私に何の迷いもありません。報告によると奴らはボーダーズにある屋敷を破壊した後に魔界へ向かっていったとか。ならば私たちが今一度魔界に赴き、きゃつめを打ち倒してきましょう」


「おお、行ってくれるか、アポロニオ殿!」

 その言葉に王の表情が一気に明るくなる。


「しかし今回は流石に向こうも我々が追ってくるのを知っているでしょう。おそらく今回は魔王軍との戦争になると思われます。まず我々が先行し、追って軍を送っていただけますか?」


「よかろう、すぐにインビクト軍を差し向けよう。必ずやあの背信者テオフラスを打ち取ってくれ。くれぐれも我が娘、サラのことをよろしく頼みましたぞ」


 王はアポロニオの肩を叩いた。

「今回の遠征が成功した暁には、サラとの婚約の件を進めなくてはな。そのためにもお主の円卓入りも考えておくぞ」


 王の耳打ちにアポロニオは奮い立った。

 インビクト王国の姫君と婚約、そして国の政治を担う円卓への参加、テオを倒せばその二つが一気に手に入るのだ。


「お任せください!このアポロニオ、必ずや裏切り者テオフラスを打ち取ってみせます!」


「あの……アポロニオ様、今一度考えなおしてはいかがでしょうか?」

 後ろにいたサラが恐る恐る訪ねてきた。


「テオフラス様は魔族に着いていったのではなく連れ去られたという者もおります。今一度事態を正しく見極めてからでも遅くないと思うのですが……」


「何をおっしゃる!」

 アポロニオはサラの肩をがっしと掴んだ。


「近衛隊長も言ったではありませんか、奴が魔法を使い魔族と共に遁走したと!」


「し、しかし……」


「それに時間がありません!奴はいかなる手を使ったのか既に魔界に入ったとの知らせもあります。ここから魔王城までは航続距離でグリフォンに勝る飛竜を使っても二週間はかかります。戦力を整えられてしまってからでは遅いのです!」


「そ、それは……」

 しかしアポロニオはサラの言葉など一顧だにしない。


「モブラン!飛竜の準備は出来てるか!」


「は、はい!しかし飛竜調教師ワイバーンテイマーがまだなのでそれを待ってからの方が……」


「そんなもの待っていられん!今すぐ行くぞ!モブラン、君も魔道士として今回の遠征についてくるのだ!」


 アポロニオはそう言ってずかずかと王の間から出ていった。

 サラとモブランも慌てて後に続く。



    ◆



 そしてその晩、三人は王城と魔界との国境の中間ほどの草原で野営をしていた。


「アポロニオ様、やはりこの辺には飛竜の餌となるものはないようです」

 へとへとになりながらモブランが戻ってきた。


 休憩なしで飛び続けたせいで遂に飛竜の体力が尽きてしまい、やむなくこんな何もない草原に野営する事になってしまったのだ。


「クソ!モブラン、君は魔道士なのだろう、飛竜位世話できないのか!?」


「無茶を言わないでください~。私は魔道士と言っても四大精霊専門なんですよ。魔獣の生態や調教は門外漢なんです」


「何を言っている!魔道士たるもの、魔法に関する全般は出来て当たり前ではないか!現にテオフラスは……」


 そこまで言いかけてアポロニオは言葉を止めた。


 前回の魔王討伐では飛竜の世話から餌に使う動物を狩ることまで全てテオフラスが担っていたのだ。

 それに気づき、忌々しそうに舌を鳴らす。


「アポロニオ様、やはり我々は準備が足りなすぎると思います。飛竜も疲れ切っていてこのまま魔界まで行けるかどうか。今からでも遅くはありません、一旦戻ってもう一度準備を整えましょう。」


「サラ殿まで何をおっしゃるのです!ここまで来たのですよ!今更どんな顔をして帰るというのですか!」

 サラの提案も聞こうとはしない。


「さあ、明日も早くから移動しなくてはならない。早く休みましょう」

 アポロニオはそう言ってごろりと横になった。


 もはや人の意見など聞く気はないようだ。

 サラはため息をつき横になった。


 こんな時、テオがいてくれれば理性的に説得できただろうに。




    ◆



「飛竜はどこだーーーー!!!」


 翌朝、サラはアポロニオの怒鳴り声で目を覚ました。

 真っ赤な顔で震えているアポロニオの向いている先にある木に留めていたはずの飛竜が……いなくなっていた。


「……これは……逃げたようですなあ」


 同じように起きてきたモブランがのんきな顔で推測する。

 その他人事のような口調にアポロニオの怒りに油が注がれる。


「モブラン!何をのんきなことを言っている!君が飛竜の係留をいい加減にしたからこんな事になったんだぞ!」


「いえいえ、飛竜を留めたのはアポロニオ様ですよ。私はアポロニオ様の命令で着いてすぐに飛竜の餌を探しに行ったんですから」


 モブランの指摘にアポロニオは言葉を詰まらせる。


 確かにその通りだった。


 モブランに飛竜の餌を探しに行かせた後、サラとの会話で夢中になって手綱を留めるのをおざなりにしていたは記憶にあった。


 それがわかっているだけになおさらやり場のない怒りがアポロニオの体内に積もっていく。


「で、どうします、これから?」

 そんなアポロニオの気持ちを知ってか知らずか、モブランが無邪気に聞いてくる。


 こいつは、人の気も知らないで。

 アポロニオの怒りが更につのる。


「決まっているだろう」

 アポロニオは苛々しながら言った。


「昨日、上空から近くに村があるのが見えた。そこまで徒歩で行って移動手段を確保するのだ。道まででれば馬車が来ることもあるだろう。さあ行くぞ!」


 げっそりした顔のモブランとサラも渋々と後に続く。


 こうなったのも全てあのテオフラスのせいだ。

 自らの失態なのだがアポロニオの怒りはテオフラスへ向かっていた。


 絶対に打ち取ってその首をインビクト王の前に持っていってやる!

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