第3話:インビクト王国への凱旋

「これで……終わりか……」

 ルシファルザスはそう言ってテオを見上げた。


 既にルシファルザスは首だけとなっている。

 体は爆散し、塵へと変換を始めている。


「あなたの負けです」

 テオはそう言った。

 冷たさも嘲りもない、事実だけを告げる声だった。


「そうか……我の負けか……」

 ルシファルザスの声にも怒りや怨嗟はなかった。

 事実としての敗北を受け止めていた。


「魔道士よ、まだ其方の名前を聞いていなかったな」

「私の名はテオフラス・ホーエン、親しいものはテオを呼んでいます」


「なれば我も其方そなたのことはテオと呼ぼう。我らは共に死闘を繰り広げた者同士、既に他人ではあるまい」

 ルシファルザスの言葉にテオは軽くうなずいた。

 闘いの間に二人の間に奇妙な心の交流が生まれていたのはテオも感じていた。


「……貴様が……魔族であれば我らがこうして戦う事もなかったのかも知れぬな」


「あるいはあなたが人間であれば、ね」


「ふっ、所詮は絵空事よ。だが最後に我を倒すのが其方そなたであったのは悪くない」


「そう言ってもらえるのなら光栄です。魔王ルシファルザス、あなたこそまさに魔族の王に相応しい戦いぶりだった」


「ふん、魔王などと呼ばれていたがここ数百年は生きる事に飽きていた。人界と戦っていたのもただの暇つぶしよ。だがテオ、お前との戦いは久しぶりに楽しめたぞ」


「私はもう御免です。こんな戦いは二度としたくない。あとはもうゆっくりと魔法の研究をさせてもらいますよ」


「テオよ、魔王であるこの我を倒し、この後何を目指す?何になるのだ?」


「さあて、とりあえずはあなたとの戦いのために止めてしまっていた研究を続けますよ。その後のことはそれからですね」


「フ、フフフ、フフフフフフ、フハハハハハハハハハ!」


「……何がおかしいのですか?」

 不意に笑い出したルシファルザスをテオは訝し気に聞いた。


「馬鹿め、貴様に幸せな生活などあるものか!貴様はこの我を、魔王ルシファルザスを倒したのだ!のんびりした生活?魔法の研究?そんなものが手に入るものか!」


「我を倒した貴様が辿るのは我の辿った道よ!我を倒し、貴様が我に成り代わるのよ!」


「そんなのなおさら御免ですね。権力なんて全く興味がない、願い下げですよ」


「貴様が望む望まないは関係ない、貴様の行動がその結果を呼ぶのだ。……このようにな!」


 言うなりルシファルザスの目がまばゆい光を放った!


「!?」


 一瞬目のくらんだテオにルシファルザスの額にあった深い緑色の魔晶が撃ち込まれた。


「ぐっ!?……こ、これは?」

 衝撃に胸を押さえてうずくまるテオ。


 そこには先ほどの魔晶が食い込んでいた。

 魔晶を中心に染みのように緑色の紋様が広がっていく。


「な、なんだ?これは一体?」


「クク、クククク、クハハハハハハハハハハ!」

 ルシファルザスが哄笑している。


「それは我の、いや代々魔王が万年の時をかけて蓄えてきた知識の結晶、汎魔録晶ライブラリよ!我を倒した貴様がそれを受け継ぐのだ!」

 笑いながら魔王ルシファルザスの頭が徐々に塵へと変わっていく。


「人がこの魔晶を受け継ぐのは魔界始まって以来初めてのことよ。しかし貴様ならあるいは受け継げるやもしれぬ。貴様が魔界の深淵なる知識を受け継ぎ、どう変貌していくのか楽しみにしているぞ。テオよ、またいずれ会おうぞ」


 そう言い残し、魔王は消えた。


 魔王がいた場所には魔族が体内に宿す赤く輝く核晶だけが残されていた。


「……何故、私が……」

 テオは一人呟き、魔王の核晶を取り上げ、懐にしまった。



「……ん……」

 フォンが目を覚ますと目の前にテオがいた。

 魔王の放った魔力弾で服があらかた弾け飛んでしまっていたが今はテオのローブがかかっている。

「良かった。目を覚ましましたね」


「……その様子だと、終わったんだな?」

「ええ、魔王は死に、塵となりました」

 テオに手を貸してもらい、立ち上がる。

 どうやらテオが回復魔法をかけてくれたらしく体の怪我はすっかり治っている。

 闘いのさなかに吹き飛んでいたテオの右手も既に復元されている。


「あんただったらやると思っていたよ」


「ありがとうございます。これもフォンさんのおかげです」

 二人は肩を貸しあいながら立ち上がった。


 お互いボロボロだが生きている。

 それが何より大事だった。



「……う、うむ……」

 部屋の隅でうめき声がし、勇者アポロニオが目を覚ました。


 燃えるような真っ赤な赤毛の下の端正な眉をひそめながら辺りを見渡す。

 鎧に隠された大理石の英雄像のような肉体に負った深い傷も自己回復能力で既に塞がり、体力も回復しつつある。


「目を覚ましましたか」


「魔王は倒したぜ」


 テオとフォンがアポロニオに近寄る。

 この調子ならサラもいずれ目を覚ますだろう。


「……魔王を、倒した?」


「ええ、我々の勝利です」


 自体を把握しきれていなかったアポロニオだが、辺りの状況を見て魔王がいなくなっていることを確認し、状況を理解したようだ。


「そうか、魔王を倒したのか、俺たちが!俺たちの力で、魔王を屠ったのか!」

「まあテオのおかげだけどね」

 フォンの苦笑交じりの訂正もアポロニオには届いていなかった。


「サラ!サラ!目を覚ますんだ!俺たちはやったんだ!魔王を倒したぞ!」

 アポロニオが勝利の雄たけびをあげながら傍らに横たわっていたサラを起こす。


 柔らかくウェーブのかかった黄金のような髪が揺れ、バラの花弁のような唇から微かに息を漏らしてサラが目を覚ました。


「……ん、んん……、ここは?アポロニオ?」


 サファイアのような青く透き通った瞳がアポロニオを見つめる。


「魔王は死んだ!俺たちが国を救ったんだ!これで帰れるぞ!」


「ああ、アポロニオ、本当なの?本当に魔王を倒したの?」


「ああ!本当だとも!我々の完全勝利だ!」

 二人は勝利を確信ししっかりと抱き合った。


 それを見つめるテオの胸がチクリと痛む。


「いいのかい?魔王を倒したのはあんたなのに。あいつすっかり自分が倒したと決め込んでるよ?」


「……いいんだ。ここまで来られたのもみんなのおかげだ。これはみんなの勝利だよ」

 テオはそう言って微笑み、さあ帰る準備をしようと振り返った。


「全く、欲がないんだから。ま、それがあんたの良いところだけどね!さっきの約束忘れんじゃないよ!」

 フォンは呆れたように笑うとテオの肩に手をまわした。

 魔王に勝利したが、生きて帰るという旅はこれからなのだ。




 そして魔族の襲撃をかわしつつ王国へ帰るという苦難の旅を乗り越え、四人は無事にインビクト王国へと凱旋したのだった。




 魔王一行が魔王を討伐したという話は人界全土に響き渡り、四人が王城へ帰還した時は国を挙げて盛大に祝賀され、それは一か月間続いた。


 勇者アポロニオ、魔王を倒す!

 サラ姫、僧侶となり勇者アポロニオを手助けする!


 国中その話でもちきりになり、恩赦として犯罪者は釈放され、税金も免除された。

 救国の英雄、勇者アポロニオとサラ姫の魔王討伐は芝居になり、観劇を求める平民が長蛇の列を作った。

 平民たちの間では勇者アポロニオとサラ姫が婚約するのではないかという噂でもちきりだった。


 むろんテオとフォンも勇者一行として名を連ねてはいたが、あくまでおまけとしてだった。

 芝居の中でのテオはへまをしては勇者に助けられるおっちょこちょいな魔道士、フォンに至っては魔族にすぐに騙される腕っぷしだけが頼りの髭面の乱暴者になっていた。

 この改変にフォンは怒髪天を突くほど怒っていたがテオはそんなフォンをなだめつつさほど悔しがっていなかった。


 そう、テオにとって自分がどういう評価を得るかは問題ではなかった。

 テオにとって重要なのは今回の達成で何を得るか、それだけが重要であり、それは果たされたからだ。


 今回の魔王討伐で勇者一行が褒美として得たものは以下の通り。


 勇者アポロニオ・ゼナス:インビクト王国で最も豊かといわれる草原地帯の領土と金貨一万枚


 僧侶サラ・インビクト:湖沼地帯の隣にあるインビクト王国で最も美しいと言われる湖沼地帯の領土と金貨一万枚


 格闘家フォン・レン:インビクト王国に自由に立ち入ることができ、一切の通行税が免除される通航制限免除エグゼンプションと金貨千枚


 魔道士テオフラス・ホーエン:魔界との国境沿いの街ボーダーズにある屋敷一棟と金貨千枚

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