一緒にお風呂
5歳年上の勇ちゃんとはご近所さんと言うこともあってか、とても仲がよかった。
かっこよくて頭がよくてスポーツも得意な彼は、みんなから注目されていた。
そんな彼に恋をしていた子や憧れていた子はたくさんいた。
わたしも勇ちゃんに恋をしていた1人だった。
大学在学中に友達とIT関連の会社を立ちあげて経営はうまく行って、今は若手実業家として世間からの脚光を浴びている。
秘書で妻…と言う、1番近い場所にわたしはいる。
翌朝。
目を覚ますと、わたしの隣に勇ちゃんがいた。
一見するとそう言う風に聞こえるけれど、“そう言うこと”はしていない。
ただ彼と一緒のふとんで寝た――いわゆる、“添い寝”と言うヤツである――だけだ。
寝室は一緒だけど、ふとんは別だった。
それが昨日の夜、
「一緒に寝る?」
勇ちゃんが自分の隣をたたいて、わたしにそこで寝るようにと声をかけてきた。
「えっ、いいの?」
思わぬ展開に聞き返したわたしに、
「本当に、一緒に寝るだけだから…」
勇ちゃんはそう返事をすると、ふとんに入った。
彼のふとんに入って寝るのは、今日が初めてだ。
「お、お邪魔します…」
わたしはそう言うと、勇ちゃんの隣に枕を置くと横になった。
「じゃあ、電気消すぞ」
わたしがふとんに入ったことを確認すると、勇ちゃんは寝室の電気を消した。
昨日の出来事を思い出し、わたしの顔が熱くなっているのがわかった。
そもそもの発端はメッセージの相手を間違えたのがきっかけでこうなったんだよね…。
それにしても…と、わたしは勇ちゃんの寝顔を見つめた。
会社の時はオールバックにしているその髪は下ろしている。
オールバックも好きなんだけど、下ろしてる姿もかわいい感じがしてとても好きなんだよね。
わーっ、まつ毛が長いなあ。
うさぎみたいだと思いながら寝顔を眺めていたら、ピクリとまぶたが動いた。
そっと、まぶたが開かれて三白眼の目がわたしをとらえた。
「――んっ、おはよう…明日美」
寝起きのせいでかすれている声であいさつをした勇ちゃんに、
「おはよう、勇ちゃん」
わたしはあいさつを返した。
その瞬間、ギュッと勇ちゃんに抱きしめられる。
「ゆ、勇ちゃん、会社…」
「もう少し…まだふとんから出たくないんだ」
「――ッ…」
朝から心臓がドキドキと、うるさく鳴っている。
柔軟剤の甘い香りが鼻に入ってきて、そのせいでわたしの心臓は速さとうるささを増した。
いつも使っている柔軟剤だ。
一緒の柔軟剤で洗濯をしているのに、何でこんなにもドキドキするのだろうか…?
「勇ちゃん、もう…わたし、朝ご飯を作らないといけないんだけど…」
わたしが言ったら、
「仕方ない」
勇ちゃんはチュッと額にキスを落としてきた。
「えっ…!?」
い、今のは何!?
まさかの展開に、わたしはただただ戸惑うばかりだ。
「じゃ…じゃあ、勇ちゃんも急いでね?」
わたしは彼に声をかけると、ふとんを出たのだった。
寝室を後にして洗面所へ行くと、
「真っ赤だ…」
わたしの顔は、真っ赤だった。
勇ちゃんにキスをされたから、顔が赤いのだと言うことを知らされる。
と言うか…勇ちゃんって、あんなキャラだったっけ?
クールでちょっと素っ気ないところもあるんだけど、面倒見がいいお兄ちゃんみたいなところもあって…それが今では、添い寝に誘ったりとかキスしたりとか。
「宛先間違った結果が、これなんだよね…」
次は気をつけようと思いながら、わたしは顔を洗った。
会社では…やはり、勇ちゃんだった。
オールバックにしたその髪は、わたしがよく知っている勇ちゃんの顔だ。
クールでちょっと素っ気ない、面倒見がいい勇ちゃんそのものである。
何か寂しい…。
そう思っていたら、
「どうした?」
勇ちゃんが声をかけてきた。
「えっ…な、何でもないです…」
秘書らしく敬語になってしまった自分に両手で頭を抱えたくなった。
我ながら素っ気ないうえにかわいくない…。
「今日は何もないんだよな?」
そう聞いてきた勇ちゃんに、
「な、何も予定は入ってないです…」
わたしは答えた。
「明日は休みだよな?」
「はい、お休みです」
えーっと、これは何なんだろう?
そう思っていたら、
「じゃあ、大丈夫だな」
勇ちゃんが呟いた。
「えっ?」
その呟きに対して思わず聞き返したら、
「俺が帰るまで、ちゃんといい子に待ってるんだぞ」
勇ちゃんが言った。
えっ、えーっ!?
ここで叫ぶのもあれなので、代わりに心の中で思いっきり叫んだ。
昼休み、わたしは六花と一緒に会社の近くのカフェで昼ご飯を食べていた。
昨日の夜に起こった事件と先ほど社長室で交わした会話を、わたしは六花に全て話した。
「それ、あれだよ」
六花はそう言うと、ピラフを口に入れた。
「あ、あれって…?」
一体何を指差すことなのだろうかと思いながら聞いたら、
「いわゆる、“夜のお誘い”ってヤツかも知れないよ」
と、六花は答えた。
「よ…!?」
時間も時間で場所も場所だったので、どうにかこらえた。
「ま、マジですか…」
「マジに決まってるでしょう」
六花はニッと歯を見せて笑った。
「しかし、あの社長が豹変するとはねえ」
「…わたしが六花に送るメッセージを間違えて彼に送っちゃった結果なんだけどね」
「でも、よかったんじゃない?
後は越えるだけじゃない」
「こ、越えるって…」
何ちゅーことを言ってるんだ…。
「まあ、頑張りなさい。
後で勉強になる動画をメッセージに送っておくから」
楽しみにしててねと、六花はそう言って話を締めた。
仕事を終えて先に家に帰ると、
「えーっと、これか…」
六花がメッセージに送ってくれた“勉強になる動画”を画面に表示させた。
指で画面をタップしたそのとたん、わたしはスマートフォンを落としそうになった。
「えっ、なっ…!?」
画面に映ったのは、男女のベッドシーンだった。
「――あっ、ああっ…!」
ヤバい、音が思っていた以上に大きい…!
と言うか、ダイナミックだな!
喘ぎ声にあたふたしながら、また画面をタップして動画を停止させた。
「べ、勉強になるって…」
いわゆる、AVって呼ばれてるヤツじゃないの!
何ちゅーもんを送ってきたんだ…!
「これを見て勉強しろって、できる訳がないでしょうが!」
ジタバタと畳のうえでのたうちまわっていたら、
「ただいまー」
勇ちゃんが帰ってきた。
「お帰りなさい」
わたしは勇ちゃんを迎えるために玄関へと足を向かわせた。
「明日美」
勇ちゃんの顔が近づいてきたかと思ったら、
「――ッ…」
唇を重ねられた。
触れるだけのキスだったので、すぐに離れる。
「風呂は沸いてる?」
勇ちゃんはネクタイを緩めながら聞いてきた。
「沸いてるよ、先に入る?」
わたしが返事をしたら、勇ちゃんはフッと笑った。
その笑みに見とれていたら、勇ちゃんはわたしの背中に両手を回した。
えっ、何?
「一緒に入る?」
わたしの顔をじっと見つめてきたかと思ったら、勇ちゃんはそんなことを言ってきた。
「えっ、一緒に…!?」
何で急にそんなことを…!?
思いもよらないお誘いに、わたしはただ戸惑うことしかできなかった。
ちょっとちょっと…これは本当に、“夜のお誘い”ですか…?
「嫌?」
何も答えないわたしに、勇ちゃんは首を傾げて聞いてきた。
ううっ…これは、ずるい…。
と言うか、反則過ぎるでしょ…。
自分の顔が熱くなるのを感じながら、
「いいよ」
わたしは答えた。
「一緒に、入ろう…」
そう答えたわたしに、勇ちゃんは嬉しそうに笑った。
バスルームに漂っているのは、いちごミルクの甘い香りだった。
ピンク色のお湯に躰を沈めると、わたしは息を吐いた。
バスソルトのおかげで躰は隠れている…うん、大丈夫だ。
「明日美、いい?」
ドア越しから聞いてきた勇ちゃんに、
「入ってきていいよ」
わたしは返事をすると、窓の方に視線を向けた。
ガラッとドアが開いたかと思ったら、勇ちゃんがバスルームに入ってきた。
ほ、本当に入ってきたよ…!
2人同時に入るのはちょっと恥ずかしかったから、先にわたしから入って後から勇ちゃんが入ってくる…と言う感じにしたのだ。
ちゃぷん…と、湯船が揺れた。
勇ちゃんが脚を湯船の中に入れて、それから躰を沈めてきた。
わたしの向かい側に、勇ちゃんがいる…。
「明日美」
名前を呼ばれて視線を向けると、目の前に勇ちゃんがいた。
濡れた髪と桜色に火照った躰がとても色っぽい…。
「何を恥ずかしがってるんだ?
小さい頃はよく一緒に入ったじゃないか」
色っぽいその姿に見とれていたら、勇ちゃんが言った。
「ち、小さい頃は小さい頃だよ…。
もうわたし、大人なんだから…」
「ああ、そうだったな」
パシャリと、勇ちゃんが動いたせいでお湯が揺れた。
それに驚いて躰を強張らせてしまった自分が恥ずかしい。
「明日美」
勇ちゃんはわたしの顔をじっと見つめると、
「好き」
と、言った。
「えっ、あっ…!?」
そんなことを言われたわたしはどうすればいいのかわからなかった。
と言うか、勇ちゃんってこんなキャラだったっけか…!?
「明日美は?」
パシャとお湯を揺らして、勇ちゃんが近づいてくる。
近い近い近い!
こんなにも近いところに彼がいるのは初めてなので、頭の中が全くと言っていいほどに追いつかない。
「明日美?」
返事をしないわたしに、勇ちゃんが名前を呼んだ。
心臓がドキドキと、早く脈を打っている。
勇ちゃんにこの音を聞かれていないだろうか?
わたしは唇を開くと、
「――好きです…」
と、音を発した。
「勇ちゃんが、好きです…」
そう言ったわたしに、
「うん、いい子だ」
と、勇ちゃんは満足そうに笑った。
勇ちゃんの顔が近づいてきたかと思ったら、
「――んっ…」
頬に唇が落ちてきた。
「――ッ、勇ちゃん…?」
頬の次は額に、
「――ッ…」
次は、唇に勇ちゃんのそれが触れた。
頭がクラクラしてきているのは、逆上せているからなのだろうか?
それとも、勇ちゃんがキスをしてくるせいなのだろうか?
唇が離れて、
「――勇ちゃん…?」
わたしは彼の名前を呼んだ。
勇ちゃんはハッと我に返ったような顔をして目をそらすと、
「――そんな顔、しないでくれよ…」
と、言った。
「えっ…?」
言われたわたしは訳がわからなかった。
「――そんな顔って…?」
それに対して問いかけたら、
「我慢ができなくなる…」
と、勇ちゃんは答えた。
「我慢しなくていいから…」
パシャッとお湯を立てて、勇ちゃんに近づいた。
「勇ちゃんが好きだから、我慢しなくていいから…」
そう言ったわたしの頬を勇ちゃんは挟み込むように両手で触れると、
「――ッ、んっ…」
何度目かのキスを交わした。
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