2-3
それからハロルドは、エディをどうするべきか真剣に考えはじめた。
気づかないふりをしたまま、彼女を次の国王に推すのは絶対に無理だった。国王が一生独身でいることなどできないのだから、結婚適齢期になれば間違いなく彼女の秘密は暴かれる。
ハロルドの行動次第で、彼女は罪に問われ、極刑になることもあり得た。
時間が経つほど、彼女自身の責任が大きくなるはずだ。
考えあぐねていた誕生日の十日前。エディは執務中に倒れ、完全に意識を失った。
「疲労による貧血なんてものじゃないだろう? ……医者に……」
執務室のソファに彼女を寝かせてから医者を呼ぼうとして、ハロルドはためらう。
王宮の医者の診察を受ければ、彼女の秘密を隠すのは不可能だ。おそらく、第一王子付きの女官に言えば、事情を知っている医者が診るのだろう。
実際に、彼女は診察を受けて、薬を処方されているのだから。
「薬……?」
なぜこんなにわかりやすい症状だというのに、改善されるどころか、悪化しているのか。
そもそも医者は、本気で彼女を治療する気があるのだろうか。
仕えている者たちは、エディが王女であるという事実が発覚しないことだけを優先しているのではないか。
そんな疑念を抱いたハロルドは、エディの薬をこっそり栄養剤にすり替え、侯爵家お抱えの医者に依頼し、成分を確かめさせた。
――結果、悪い予想が当たってしまった。
(毒か……)
それは、普通の人間なら死なない程度の毒だった。けれど、栄養不足で体力のないエディに毎日与えたら、いつかは死に至るものだった。
王妃やエディの秘密を知る者たちは、もうそろそろ彼女の性別が隠し通せなくなることを見越して、病死に見せかけて殺害しようとしているのだ。
なぜいつか必ず破綻するような嘘をついて、その罪を我が子に背負わすのか。ハロルドはいくら考えても理解できなかった。
ハロルドが、絶対に王位を継承できない第一王子に肩入れしても、きっと損をするだけだ。
それでも彼女を放っておくことは、もう不可能だった。
「あなたは……薬がどういうものなのか、ご存じなのでは?」
彼女を守るため、四六時中そばにいることを選んだハロルドは、眠っているエディに問いかけた。
起床時間の少し前に部屋を訪れて、新たに薬が処方されていないか確認し、食事の様子を見守る必要があるのだ。
おそらく賢い少女は、自分の心を守るために積極的に知ろうとしないだけで、近い将来に起こりうることを察している。
だから弟に対し、視野の広い立派な王族になってほしいと望んでいたのだ。
ハロルドにも、遠回しな言い方でジェイラスにつくように促していた。
急激に症状が悪化している理由が薬のせいだと、飲んだ本人ならわかるはず。少しもよくならない薬を、毎朝飲み続けていたのはどうしてか。
考えるまでもなく、彼女の意図がわかってしまう。
ハロルドは二十五歳の成人した男だった。
けれど、泣きごとを言わない――頼れる人すら周りにいない小さな少女を想って、不覚にも涙がこぼれた。
最後に泣いたのは十代の頃のはずだから、本当に久しぶりだった。
眠っているエディを起こさないように注意しながら薬の確認を終えたハロルドは、薄暗い室内で不用意にチェストの上に置かれていた小物入れに触れてしまった。
肘が当たり、乾いた音を立てて木製の箱が床に落ちる。
幸いにして、その箱が壊れることはなかったが、中に入っていたものが床に散らばった。
「これは……リボン?」
おそらく贈り物に添えられていたものだろう。
ハロルドの知っている第一王子は、そんなものを好む人物ではなかった。本当のエディは可愛らしいものが好きなのだろうか。
王子として振る舞っているエディが密かに集められるものが、包装に使われているリボンくらいしかないから、こんなふうに大切に取っておいたのだろうか。
ハロルドの中にあるのは、尊敬と同情だ。それがとにかく彼女を守らなければという使命感に変わっていく。
彼女の命を救うだけならば、メイスフィールド侯爵家の当主としての国政への影響力を最大限利用すればなんとかなる。
けれどそれだけでは意味がない。
できることならば、彼女を幸せにしてあげたい――そう考えるのは驕りだろうか。
そして訪れた彼女の誕生日、ハロルドはエディに贈り物を用意した。
ウサギのぬいぐるみと包装用のリボンに腹を立てたのは第一王子。しっかりと抱きかかえたまま眠ったのはエディという名の少女だ。
彼女は、可愛らしい贈り物に文句を言いながらも結局それを離さない。贈り物が正解だったとハロルドが確信した瞬間だった。
一度女性だと認識すると、ふとしたところで彼女の本心が見え隠れしているのに気がつく。
ただのエディの表情を見つけるたびに、彼女を死なせたくない、死んだように生きる道も選んでほしくない、という思いがハロルドの中で強くなっていく。
願いが叶うという幸福のウサギに、彼女はなにを願ったのだろう。
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