第2話 俺たちの日常
俺たちの中身が入れ替わってしまったのは一か月ほど前のことだった。
桜が散り、クラス替え後の教室の雰囲気にも慣れ始めた頃。
教室の片隅で俺は弁当を頬張っていた。
「今日はどこ行くよ」
春陽が暇そうに俺に声をかけてきた。
「別にどこでもいいけど」
俺と春陽はよく、放課後にぶらぶらと商店街を歩いていた。特に決まった行先などない。
目についた場所に行き、特になにか買うでもなく話しながら歩いているだけ。
「そろそろ商店街も飽きてきたしなぁ……」
「あんたらそんなに暇なら、私のとこ来ない?」
不意に声がかかる。声の方を向くと、長髪で猫を思わせるような目つきの女生徒がいた。
「葵の家? 今日人足りねえの?」
彼女は倉橋葵。同じクラスで、春陽の幼馴染だ。
サバサバした性格で男女分け隔てなく接する性格のためか、友人は多い。
家が喫茶店をやっていて、よく手伝いでバイトしているらしい。俺と春陽も時々手伝っている。
「そうなのよ。お父さんが風邪ひいちゃってね……」
「俺はいいぜ。どうせ暇だしなぁ。遥もいいだろ?」
「ああ」
春陽と俺は二つ返事で承諾した。
「助かるわ。じゃあ放課後よろしくね」
葵はそういうと教室から出ていった。
「んで、お前はいつ告白すんのよ?」
葵が教室を出たのを確認してから、春陽がにやけ顔で俺を見た。
「なっ……」
顔が熱くなる。俺が葵のことを好きなのは春陽に言ってはいたが、告白なんて考えていなかった。
「ぼーっとしてたら他のやつに取られちまうぜ?」
春陽の言うことももっともだ。先ほども説明した通り、葵は男女共に友人が多い。
その誰かと付き合うことだって考えられる。
「そうだけど……」
「ま、葵が誰かと付き合うなんて考えられねえけどな。あいつ、そういうのに疎いし」
春陽は呆れ顔で肩を竦めた。
「そういうお前はどうなんだよ」
春陽はモテる。休み時間なんていつも女生徒が取り囲んでいるくらいだ。今日は珍しく一人もようで、俺の後ろで寝ていたが。
「俺? 俺はそういうの興味ねえもん。モテて悪い気はしないけどな」
意地悪く春陽が笑った。俺はモテた経験などないので、春陽の気持ちはわからない。
そして来る放課後。俺は春陽と昇降口で葵を待っていた。
「ごめんね。お待たせ」
葵は速足で靴を履き替え、俺たちに駆け寄ってきた。
「そんな待ってねえから気にすんなって」
「うん、じゃあ行こっか」
葵は速足のまま家へと歩き出し、俺たちはそれに続いた。
「遥くんに春陽くん。いらっしゃい」
葵の家に着くと、葵の母親が声をかけてきた。
「どもっすー。親父さん風邪で寝てるって聞いたんで、遥と手伝いに来ましたー」
「あらあら。ありがとうね」
「気にしないでください! バイト代、期待してます!」
春陽は悪びれもなくそう言って、店の奥へ向かう。俺も春陽について行った。
喫茶店の制服に着替え、俺たちはフロアに出る。客はまだ少ないが、ここから少しずつ増えていくだろう。
「まだ少し暇だと思うから、ゆっくりしてていいよ」
葵の母が笑いながら厨房の方へ消えた。
「すみませーん。注文いいですかー?」
客から声がかかる。俺が行こうとすると、春陽は俺を手で制して小走りで注文を取りにいった。
「遥は厨房でお母さんの方手伝って。フロアは私と春陽でやるから」
葵が制服から着替えて出てきた。
「わかった」
俺は厨房に向かった。葵の母は料理をしたり、皿を洗ったり忙しそうに歩き回っていた。
「皿洗い、俺がやりますよ。フロアは春陽と葵がやってくれてるんで」
俺は後ろから声をかけ、まだ洗い切れていない食器を手に取った。
「ああ、ありがとう。それじゃあそっちは任せるわね」
葵の母はそう言って料理の方に集中し始める。俺は皿洗い係としてバイトを終えた。
「今日は二人ともありがとう。ホントに助かったわ。これ、今日のバイト代ね」
俺たちは葵の母親から封筒を受け取った。
「また人手が足りなかったら呼んでください!」
春陽は笑いながら言って、封筒をカバンの中にしまった。
「それじゃ、帰るか」
俺と春陽は店から出てお互いの家へ歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます