ギコの受難⑥
まず鬼を決めよう、という意見が出たとき、俺はそれほど危機感を感じていなかった。
どうせ俺が強制的に鬼にさせられて、そんでもって三人して一斉に俺に豆をぶつけててきて「いってえ! ちょっ、いてっ! おまっ……ガチで全力投球じゃねえかバカ野郎!」なんて展開になるんだろうなぁ、なんていう幻想を抱いていたくらいだ。
甘かった。
現実ってのは、そんなちんけな予想など余裕でぶち破ってくれるということを、俺はまざまざと見せ付けられたのだ。
断続的に轟く銃声。高らかに響く憎たらしい笑い声。
頼みの綱である木製バリケードに背を預け、ひたすらに身を縮こめるしか今の俺に出来ることはない。
ああそうだ。俺の見通しが甘かったのは事実さ。けど、俺は声を大にしてこう言いたいね。
こんなクレイジィな状況を予め想定しておくなんて、無理に決まってるだろう、と。
理不尽さに苛立つ頭の片隅で、分かっているはずなのに受け入れられない、そんな類いの疑問がぐるぐると渦を巻いていた。
どうしてだ。どうしてこんなことになっちまったんだ……?
「俺が鬼になろう」
兄者はそう言った。
この面子じゃどう考えても損な役割である鬼の役を買って出たことを、俺は意外に思ったのだが特に深く考えることはしなかった。
それよりも、あいつらが取った次の行動にツッコミを入れざるを得なかったからだ。
弟者が持参した鞄からノートパソコンを取り出し、それを受け取った兄者がカタカタとキーボードを鳴らす。小気味良い音を立ててエンターキーが押されると、ウィーンと近未来的な効果音とともに居間の床の一部がスライドして、黒光りする何種類もの銃器が顔を出――。
「うん、ちょっと待とうかキミタチ」
「なんだギコよ、頭など押さえて。頭痛か?」
「必要なら頭痛薬があるぞ?」
「あるのかよ。いや、大丈夫。これは頭痛とかじゃないから。どっからツッコミ入れたらいいか頭ん中を整理してるところだから」
あんまりにも自然な動作で不自然な状況を作り出されたから、タイミングを見失っちまったんだよ。
「っていうか、なにを勝手に人ん家の改造とかしてくれてんですか君らは」
不法侵入って立派な犯罪なんだぞ。まあ、つい数時間前に鬼っ子が一名ほど無断侵入してきたばっかりだけどさ。
大家さんに言って防犯対策を見直してもらおうかな、なんてことを俺が考えていると、兄者はいかにも心外といった風に反論した。
「失敬な。無断改造ではないぞ」
「……は?」
今なんて言った? 無断じゃない?
はっはっは、まさか。俺は許可なんて出してないぞ?
「ちゃんと大家さんに許可を取ったからな」
「はあ!?」
なんですと!?
「いやいやいや! そんな筈……」
無いだろ、と言い切ろうとした俺の脳裏に、大家さんに関するキーワードがいくつか浮かんだ。面白いこと好き。派手好き。割といい加減。豪胆。男前。そして色々とフリーダム。
わお、否定する要素が見当たらないぜ!
「『面白そうだからよし。やったれ!』だそうだ」
「ちょっと大家さーん!?」
人ん家の改造にノリでゴーサイン出さないでくださいよ!!
俺は明日、大家さんを説き伏せて絶対に部屋を元に戻してもらうと心に決めた。
「なあなあ兄者~、このかっちょいい銃は?」
年頃の男子らしい好奇心で、フサがスパイ映画のような置かれ方をしている銃たちの一つを指差す。こいつも、丸っきり他人事だと思って暢気なもんだ。
「うむ、これはな……」
ひょいっとその銃を取り出す兄者。
「ポンプアクション式散豆銃、名付けてショッ豆丸(ズガン)。エアガンを改造して作った、実弾の代わりに大豆を発射する銃なのだよ!」
「自慢げなわりにけっこう普通な読み方だな」
「シンプル イズ ベストの精神だ」
「どっちかっつうと親父ギャグじゃね?」
とりあえず銃刀法には違反しないらしい。
「おぉ~! すっげぇ!」
フサが素直に歓声を上げる。俺も不本意ながら同意した。
「そうだな。確かにすげえよ」
今日この日のためだけにそんなもんを作っちまう、お前ら兄弟の変態的技術力はな。注力する方向性、絶対に間違ってると思う。技術力の無駄遣いはやめてもらいたいところだが、そもそも言って聞く連中なら苦労はしない。
まあそれでも、本気で説得すれば居間も直してくれるだろう。こいつらも、根っから悪い連中じゃないし。
まったく、こんなことを考えるなんて俺の心も広くなったもんだ。
「弟者ぁ! 俺にもああいうかっちょいいやつくれよ!」
「うむ。フサとギコにはこれを渡しておこう」
「これは?」
フサの訴えに応えて弟者が差し出してきたのは、兄者の持つものよりずっと小さい、自動拳銃というやつだった。
「オートマチックのハン豆丸(ズガン)だ」
「あくまでネーミングは統一するんだな」
しかし、こんなものを渡して、この兄弟は一体どうするつもりなんだ?
うひょーぅとかいう喜びの声を上げるフサの横で首を傾げる。
「準備は整った。『THE・MAMEMAKI』を始めようではないか」
「なんか映画のタイトルみたいな発音だな」
ローマ字にすりゃかっこいいってもんじゃないと思うけど。
「さて、今宵は俺が鬼……」
ジャコン!と物騒な音を立てて豆(タマ)を装填した兄者は、銃口をこちらに向けて言った。
「さあ! 力尽くで俺を追い出して見せろ!」
「豆まきってそんなハードな行事だったっけ!?」
引き金にかけた兄者の人差し指に、徐々に力が込められていく。
おい待て! 室内でそんなもんぶっ放す気か!?
「マジかよ!」
咄嗟に俺はテーブルの足を掴み、後ろに飛びのいて盾にした。慌ててそこへフサが滑り込んでくる。と同時に。
ドバゥ!と派手な音が炸裂。複数の硬いものがテーブルにぶつかる音が聞こえてきた。
「危なかった……! 今のはマジで危なかったー!」
「おう、間一髪だったな! ナイス判断だぜ、ギコ!」
簡易バリケードに背を預け、フサが俺の行動を褒める。俺としてはあの一瞬にこんな対応が出来てしまう自分がちょっと悲しいが、経験が役に立ったと考えることにしよう。
今はあのバカを早いとこ黙らせるのが最優先事項だ。
「人ん家でなんてこと始めやがんだあのウルトラバカめ…………うおっつぁい!」
定期的に聞こえるでかい発砲音の合間にテーブルから顔を出してみたが、即座に狙いをつけて発砲してくるのでぶっちゃけめちゃくちゃ怖いです!
「どうしたどうした! そんなことでは俺を追い出すことなど出来んぞ!」
高笑いとともに兄者が挑発してくる。
「なろォ! 調子に乗りやがって!」
フサがバリケードの端から腕を出し、反撃とばかりに豆(タマ)をばら撒いた。
パン! パン! パン! ぺしっ。ぺしっ。ぺしっ。
「…………」
ジャコン。 チャキッ。 ドバゥ!
「全然効かねえし!」
「はっはっは。そんな豆鉄砲で俺は倒せんよ!」
「うっさいわ! 上手いこと言ったつもりか!」
なんだよこの理不尽な戦力差は! 同じ豆(タマ)使ってるのに威力違いすぎだろ!
「おかしいって絶対! この初期戦力の差はありえないと思うんだけどそこんとこどうなの!?」
「なに、鬼は屈強なものと相場が決まっているだろう?」
「それは鬼を過大評価しすぎだー!」
本物はあんなに人畜無害な感じだというのに。それ以前に鬼なら鬼らしく原始的な武器を使えっての!
「っていうか、そんなもんが直撃したら怪我するだろ!」
「大丈夫だ。仮に直撃しても三ミリほど身体にめり込む程度の威力しかないからな」
「それのどこが大丈夫なんだ!?」
充分に痛そうなんですけど!
「おいギコ! この武器じゃ埒が明かねえぞ!」
銃だけを覗かせて、牽制にもならない反撃をしていたフサが声を張った。
「んなこと言ったって、これしか手元にないんじゃしょうがないだろ!」
「そんなあなたにデリバリーサービス」
「うお、弟者!」
「なんでここに!」
そして何故に鞄を頭に乗せて匍匐前進中?
「そんなことはどうでもいいだろう。今日は獲物に差がありすぎてお困りの君達に、新しい装備を持ってきたのだ。という訳でバリケードの中に入れてくれないか。さっきから跳弾が当たって地味に痛いのだ」
そりゃこんな危ない場所にのこのこ来るからだろう。自業自得だと言いたい。
「おうギコよぅ、こいつを人質にしたら勝てるんじゃねえか?」
「お前、それは人としてどうかと思うぞ?」
「なかなか恐ろしい提案が聞こえた気がするが、とりあえず俺は中立だ。こうも一方的では面白くな……もとい、可哀相なので助太刀に来たのだ」
おい、今ちょっと本音が出なかったか?
「なあギコ、やっぱりこいつ盾に使おうぜ」
「まあ落ち着け。俺も出来るならそうしたいけどその方法は倫理的にヤバイと思うからやめとけ」
弟者の額に突きつけられたフサの拳銃を下ろさせ、俺はバリケードの中に弟者を招き入れた。
正直なところ、思わぬ味方が現れてくれて助かった。ここらで八方塞がりな状況を変えたいところだが、はてさて、そう上手くいくだろうか。
憎らしい高笑いはまだ続いている。
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